泊まり込み
「忘れ物は無いか?」
「うん! 何度も確かめたよ」
「気を付けてな、ルツの事も頼んだぞ」
「任せて!」と胸を張って父に手を振った。待っていてくれたロット達の馬車に乗り込み、荷物を置いた。
「じゃあ、出発!」
ロットの元気な掛け声と共に、馬車は勢いよく走り出した。
ルツの冬休みが始まる数日前。俺は孤児院での仕事をするために計画を立てた。ルツが帰ってくるまで孤児院で泊まり込んで仕事をするのだ。最終日にアリアの店で待ち合わせて、家に帰る計画だ。この事は少し前に手紙を送って伝えてある。
「ルツちゃん元気かしら」
曇り空の下、馬車に揺られながらジュリが言った。母からの頼まれごとがあるそうで、今日だけ付いて来る事になった。帰りはロットと帰る事になっている。何か展開があれば良いなと心のどこかで思ったりしている。
「うん、そうだと良いけどね」
ジュリの質問に自信を持って答える事は出来なかった。その理由はもちろんあの魔石だ。
「大丈夫?」
ルツの事を考えると、思わず下を向いてしまう。そんな俺を覗き込んでいるジュリに、笑顔を返した。上手く作れているだろうかと心配しながら。
「少し寒いわね」
席に戻ったジュリは、手を胸の前で擦りながら言った。馬車の外は枯れかけた木に冷たい風が吹きつけている。暖かいとはけして言えない服を身に纏っている3人。腕や首元から入って来る風が体を冷やし、もうすぐ一年も終わる事を伝えてきた。そんなテベトの季節。
「アグリ! 奥に毛布があるから渡してやってくれ」
ロットの大きな声に従い、毛布を探した。
「ここか」と呟きながら馬車の奥の引き出しを開けると、白色の毛布があった。
「ジュリ、これ羽織っときな」
「ありがとう、2人とも」
羽毛だろうか。この世界であんなに暖かそうな毛布は初めて見た。多分かなり高価で貴重な物なのだろう事は触った瞬間に分かった。ふわふわで軽く暖かそうな毛布は、道中しっかりジュリを暖めてくれていた。
「ありがとうロット! 助かったよ」
「あぁ、頑張れよ。約束した日、アリアちゃんの所だな」
「うん、頼んだ!」
「気を付けてね、アグリ」
畑予定地の近くに、リユンから購入した柵の材料と、リユンに借りた道具を馬車から下ろした。手伝ってくれたロットとジュリにお礼を言って手を振った。それは2人の乗った馬車が見えなくなるまで続いたのだった。
リユンの勧めの通り、柵の背丈は高めになっている。俺はそれを地面に打ち込み釘を打って行くだけの作業だ。
「アグリさん、ありがとうございます。これで子供たちも安心です」
院から出てきたのは、綺麗な服を着たダリアさんだった。子供たちには内緒でダリアさんとメリスさんにも服をプレゼントしたのだが、気に入ってくれたみたいで良かった。前の事は、もう何も気にしていそうになかったので安心だ。
「はい! 明後日には完成させます!」
「何かお手伝いは出来ますか?」
ダリアさんにそう尋ねられ「なら」と呟き、下ろした荷物の中を探す。お目当ての物が見つかり、畑に運んだ。
「これを畑に撒いてもらえますか?」
「これは?」
「たい肥と牛糞です。土つくりのためですね」
「分かりました!」と楽しそうに言ったダリアさんは、着替えるため院に戻っていった。
ダリアさんの後姿を見ると何だか申し訳ない気がしてくる。仕事を頼みすぎなのではと思ってしまうのだ。でも、仕事を割り当てなかったらそれはそれで、信頼していないように思われてしまうかもしれない、そう感じる自分も居る。ただ今は楽しそうに働いてくれるため、仕事を手伝ってもらうのも良いだろう。将来、人が増えるかもしれないし、その練習だと思って。
「さてっ! やりますか!」
冬のキリっとした空気を思い切り吸い込んで気合を入れた。柵の材料とリユンが丁寧に書いてくれた設計図を見比べる。
「リユンって本当にすごいな、見やすい」
リユンは、どの木がどのパーツなのかが一目で分かるようにしておいてくれた。設計図に書かれてあるマークが、木にも書かれてあり、すぐに理解することが出来たのだ。さらに、そのマークは木が重なり、釘を打つ場所に書かれてあるため、完成すれば見えなくなるようだ。よく考えられていた。
設計図に従い、地面に打つ杭を予定の場所に並べて木槌を握った。俺が畑をロープで囲った杭を目印に柵の場所が決まっているため、迷うことなく1本目の杭を打った。杭にはここまで打てと言わんばかりに印がしてあり、強度も考えられているのだろう。
杭同士の幅は杭の一本分。なんとも分かりやすい。
時に命を守るものとなるので、丁寧に作業を続けていると、ダリアさんの元に子供たちが集まっていることに気が付いた。振り向くと、元気に遊ぶ子供たちの服がすでに泥んこになっていて笑ってしまった。
耳を澄ましていると、子供たちがダリアさんに質問をしていて困っていた。
「どうしてこれを撒くの?」
「土作りだって」
「どうして土があるのに土を作るの?」
「えーっと……」
正直、俺も分かんない。しなければいけない事ととしか思っていなかったからだ。しかも、前の世界の肥料は万能で、何でも手に入ったので、農業するのはこの世界の方が難しいと感じた。
「ねぇねぇ、どうしてなの?」
俺の元に来たのはアビヤ。歳は六歳で綺麗な髪を腰まで伸ばした女の子だ。
「そうだなぁ。アビヤはふかふかのベッドは好き?」
「うん!」
「野菜も同じなんだ。ふかふかの土の方が大きくなるんだよ。アビヤみたいにね?」
「私のベッド、カチカチだよ?」
正論カウンターをぶつけられ何も声が出なかった。それに何か触れては行けない物に触れてしまったようでぐうの音も出ない。失敗した。出来れば年若いうちから、農業への興味が湧いてくれればと思ったが、これでは無理だ。それからはアビヤの目線がとても痛かった。
土づくり、今回はこの時期に土を混ぜた。初めて野菜を作ろうとする場所だからだ。雪が解けてからでも遅くは無いとも思ったが、科学が無いこの世界、土の様子は見た目と実る物でしか判断できない。何の成分が多く含まれていて、何が少ないのかも分からない。これは自然の力を借りるしかないだろう。冬の間も微生物や草に土作りをお願いするのだ。
春どうなってるか見てみないと分からないが、雪解け水をたくさん含んで良い土になっている事を願った。
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