練習
「これで、完成っと」
干した大根を桶に並べ、塩を混ぜた米ぬかを隙間に入れた。大根と米ぬかをミルフィーユ状に重ねて山から拾ってきた石を重石代わりに置いた。これでたくあんの仕込みが完了だ。冬が来て水分が上がれば、食べられるようになるだろう。
蒔いた麦が芽吹き出した頃、冬に向けての準備を続けていた。まだ途中だったキャベツと白菜を収穫して小屋に運んだ。畑には二個ずつ野菜を残しておいて、来年の春に花を咲かせて種を採る予定だ。収穫し終わった場所は軽く耕し、春まで休ませておく。
「今年もありがとうな」
トントンと畑に手を置いて労った。
何も植えなかった場所には貝殻肥料とたい肥を撒き、畝を作って準備する。そこには貰った玉ねぎの苗を植える。畝に一定間隔で1本ずつ植えた。玉ねぎも麦と同様に雪の下で春を待つことになる。一時的に葉は潰されるが、暖かくなり追肥をすれば元気な葉を伸ばし、立派な実を膨らませる。
「まだまだー!」
誰も居ない畑で1人、雄たけびにも似た声を上げた。
玉ねぎを植えた奥側にも、貝殻肥料、たい肥、市販の肥料を撒き耕し、同じように畝を3本作った。この時には腰に疲れを覚えていたが、誰にも文句を言われず仕事をこなす楽しさが優に上回っている。この畝には、3種類の葉物野菜を蒔いた。余っている木片に水菜、ほうれん草、小松菜と書いて畝に刺し、目印を付けた。これも土の中で冬を越えて甘くなり美味しく食べられるだろう。
1日すべてをかけてこの作業を終え、冬へ向けて畑の準備は整っていった。
「ただいまー」
家に戻って手を洗い、忘れない内にノートを開き書き込む。もう日常に溶け込んだ俺の習慣になっていた。
「大体終わったけど、明日は雪囲いだな……」
鉛筆をノートの端に押し当てていると、ご飯が出来たと父に呼ばれノートを閉じた。
雪囲い、それは雪が降る地域で秋に行われる恒例行事だ。「あの家もう雪囲いを始めた」なんて会話はよく耳にした。その目的はいくつかあるが、屋根雪から家を守ったり、頭に雪が直接落ちてこないようにも出来る。今回俺も小屋に雪囲いを設置するが、小屋の出入り口に雪が積もって出入りが難しくなる事を防ぐ。また、ドアも凍ってしまっては大変だ。冬の間も食料を取りに来たり、出荷の予定もあるため頻繁に出入りするので必須だろう。
準備を整え外に出ると昨日の雨で冷えた空気が体にまとわりついた。
「さむー」
手を擦り白い息を吹きながら畑に向かって居ると、何度も見た事のある馬車が近づいてくる。間違いなくロットだ。
ロットは数メートル先に居るにもかかわらず、大きく手を上げ力任せに手を振っている。目の前に来て俺が挨拶をする前に大きな声で言った。
「馬、乗ろうぜ!」
ロットは俺の手をぎゅっと力いっぱい握り、親指を立てながら笑った。
「なぁロット、ほんとに大丈夫なのか? 急に走り出したり……」
「大丈夫だって、持ってるから」
俺は初めて1人で馬の背に跨っている。いつもみんなで笑いあった井戸のある広い敷地。馬の首の近くにロットが居て、手綱を握ってはいるが安心はできなかった。
「ほら、しっかり握って、合図出してみな」
「どどど、どうすれば……」
「足でトンっとすればいいんだ」
足で良いのだろうか……? なんて少し疑いながらも軽く足を動かし、馬のお腹に当てる。すると馬はゆっくりと歩き出した。
「お、おぉー!」
「どうだ? 気持ちいいだろう」
「うん!」
馬からの景色は普段とはまるで違った。目線は高く、心地のいい揺れ。空気がいつもより美味しい気がした。遠くの山も今日だけは背が低く見えた。
「よし、次は自分で行きたいところに行ってみるか」
「えぇ! ロット、それはさすがに早いって、離さないでくれよ!」
ロットに何とか視線で訴えるが、ロットには通用しなかった。
「アグリが緊張してると馬の方も緊張するんだ。落ち着いて、馬と話しながら進めばいい」
「そんなの分かんないよ!」
この子は俺が乗っているからか、少し落ち着きがないように見えて余計に不安が募る。
ロットは笑いながら、今にも手を放しそうだった。頼むからそんな無茶は言わないでくれと叫ぶが、ロットは「馬を信じてあげろ」と言うだけだった。
「大丈夫、アグリなら出来るさ。しっかり手綱を握って、目線を下さないでまっすぐ前を見て!」
俺は何とか言われた通りに手綱を握り、目をしっかり開ける。心臓の脈は段々と大きく早くなっている事が分かった。それでも、馬を信じ、手綱を握った。
気付けば隣にロットは居なかった。馬が俺を乗せて楽しそうに駆けて行く。馬の動きに合わせ俺も一緒に揺れ、止まりたいと思えば止まってくれ、曲がりたいと思えば曲がってくれる。俺は今日、馬に乗る事が出来たのだ。
「どう? 調子は」
「あぁ! 良い感じだ!」
馬に乗ったロットが隣に来て並んで歩いている。ロットはツーリング仲間でも出来たように感じたのか、とても嬉しそうだ。俺も同じくらい馬に乗れて嬉しかった。
「ちょっと走ろうぜ!」
「ゆっくり頼む!」
ロットは馬に合図を出し、駆け足になった。俺も真似をして合図を出すとロットの後に付いて行った。
青い空の下、澄んだ空気が馬の鬣をなびかせる。本当なのか自分でも分からないが、馬が話してくれているように感じた。「俺はお前と走るのは楽しい」と言ってくれた気がする。
「俺も楽しいよ!」
2人で村を見渡せる低くめの山に登ってきた。ロットは笑顔で振り向く。
「どうだ? 楽しいか?」
「うん! ありがとうなロット!」
「お安い御用だよ」
2人で山を下りながら、そこから見える村を眺めた。前の世界では、自分の事さえ変えようとしなかった俺が、この村を変えられるだろうか。そんな考えが頭に浮かんだ。
「アグリ?」
前を見るとロットのずっと後ろを歩いていた事に気が付いた。
「ごめん!」
急いでロットに近づく。
「なに、不安そうな顔になってんだよ。アグリは1人じゃないだろ! この俺が居るんだからな!」
大きく太い声で笑う顔に俺の不安は吹き飛ばされた。この世界での違い、それはもう1人じゃないという事だった。それだけで十分の気合が入る。
「よし! 悩むなら、やってみてからだな!」
自分に言い聞かせて、馬の首を撫でて合図を送った。
「お先、失礼!」
「あぁ! 待てー!」
この日、俺たちは仕事の事なんて忘れて、村のいろんな場所に走り回った。その後ロットがロズベルトさんに怒られたのは言うまでもない。
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