第98話「秘密暴露」
翌日、昼を迎えると樹が八武崎家へとやってくる。
理由は真を守るため。京子がスパイである事が分かった今、京子が接触していた人間全員がいつ逮捕されてもおかしくない状態になっていたのだ。
奏は会社へ行き、何かあればいつでも帰宅できるようにしていた。菫は病院を退院して自宅へと戻っていたが、真への心配が拭えなかった。
「そうですか。京子さんがスパイだって事、ばれちゃったんですね」
「ああ、京子さんは今、レジスタンス新聞の廃ビルで保護されている。俺たちに協力してくれている野党の連中も国会への出席を禁止されているから、みんな一緒にいるってわけだ」
「まさか立花さんが僕を守るために来てくれるとは思いませんでした」
「真は俺たちにとって最後の希望だからな。国家機密を誰かに記事にしてもらう際、絶対に裏切らない人である必要があったんだ。お前は人との信頼を必ず守るって知ってたからさ、それでお前を利用する格好になっちまったけど、悪く思わないでくれ」
「はい。国家機密を暴露したら、どうなるんですか?」
「国中、いや、世界中が大騒ぎになるだろうな」
「――そうですか」
緊迫した状況が続く中、時間は午後8時を迎えようとしていた。
奏は既に帰宅しており、真を2人で見守りながら談笑する。
「真があの記事を公開すれば、間違いなく国家反逆罪で捕らえに来るはずだ。でも野党の人たちは、自分たちが与党になったら国家反逆罪を取り消すって言ってたから、それまでは逃げ続けるしかない」
「海外に高飛びでもさせるつもりか?」
「それも良いかもな。でもしばらくはここに待機だ」
「もうすぐ8時だよ」
「「!」」
午後8時、デモ活動の開始と共に国家機密暴露の記事が投下される。
真は呟きサイトにもブログの記事更新の知らせを掲載する。しばらくするとネット上が大騒ぎとなり、数多くの反響に見舞われる。
黒杉内閣には数多くの批判が殺到し、普段は大人しかったはずの一般市民までもがデモ隊に加わり、デモはいつしか暴動へと姿を変えていた。
「おい! 核兵器の極秘開発ってどういう事だよ?」
「そうだそうだ、そんな暴挙が許されて良いはずがないだろー!」
「黒杉政次は総理を辞めろー」
「「「「「黒杉政次は総理を辞めろー」」」」」
数多くのデモ隊が国会議事堂の前に押し寄せる。
その頃国会では政次が説明に追われているところであった。
「総理、これはどういう事ですか? これは明らかに国民を裏切ってますよ」
「その記事は我々を良く思わないものの仕業です。直ちにその記事を書いた者を逮捕いたします。これは政府に対する挑戦であります」
「しかし総理、この国家機密漏洩の記事と共に、前官房長官の日誌や、政府の会計帳簿までもが公開されており、今なお拡散されています」
「何だとっ!?」
八武崎家に警察が到着するも、既に真と樹はいなくなっており、奏が時間稼ぎのためだけに残っていた。彼女は事情聴取を受けるも常に知らないふりを貫き通し、ようやく警察たちが帰っていく。
「ふぅ……真、樹、もう出てきて良いぞ」
「やっと事情聴取が終わったね」
「警察には外へ逃げていったと言っておいたから、さっき樹が言った通り、もうこの場所が疑われる事はないだろう。真、当分は居留守を使って窓も絶対開けないようにしろよ」
「う、うん」
「昼間は俺が真の面倒を見るから心配すんな。奏はいつも通り会社へ行け。真はしばらくSNSで発信ができない状態だから広告収入もない。だからまた奏が稼いでくれないとな」
「はぁ~、やっと真が自立してくれたかと思いきや、また振り出しか」
「振り出しじゃないよ」
真が自信満々の笑みで答える。
彼にはいつか必ず復帰できるだけの自信と根拠があった。
「これを見てよ。他の動画配信者たちも、みんな僕を支持してくれているんだ。動画を凍結されるのを覚悟で国家機密の暴露を拡散してくれている。僕は政権が変わるまでは発信できないけど、その間は他の人たちが頑張ってくれるはずだよ。若い人たちはみんな黒杉内閣に反発しているからね」
「だと良いけどな」
1ヵ月後――。
「あっ、奏さん」
「スミちゃん、久しぶりだな」
奏の会社の前まで来ていた菫が奏に声をかける。
菫は真に会いたくて仕方なかった。会えない時間が長くなればなるほどに会いたいという気持ちばかりが募っていく。
「ちょっとお話しても良いですか?」
「ああ、じゃあそこにあるカフェまで行くか」
奏と菫は近くのカフェで対面するように座る。
すぐにアイスコーヒーが2人分運ばれ、店員が去ったところで奏が口を開く。
「真の事だろ?」
「はい……ずっと心配だったので。今、政府に追われてるんですよね?」
「ああ、あたしもどこにいるか分からないんだ」
「私、マコ君の子供を妊娠してるんです」
「えっ!?」
「マコ君に会ったら伝えてください。私も子供も元気だから心配しないでほしいって」
「スミちゃんは真が心配なのに、よく真には心配するなって言えたもんだな」
「誰かを心配するのって、凄く辛いんですよ。だから、マコ君には同じ思いをさせたくないんです。この子もきっとそれを望んでいると思います」
「今度真と会ったら説教だな」
「ふふっ、あまり怒らないで上げてくださいね。私も好きで産もうとしていますから。でもこの子が成人する時には、婚活法が廃止されていると嬉しいです」
菫は自分が受けた痛みを相手には味わってほしくないと願っていた。それ相手の痛みが分かるほどの高い共感性を持つ彼女ならではの考え方であった。奏は菫の身を案じつつも誰もいない八武崎家へと帰宅する。
菫は外の風景を眺め、真の事を思い出しながら彼の身を案じるのだった。
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