第64話「対照的な女たち」
菫は迷っていた。このまま彼と解散して良いものかと。
大人同士とはいえ、夜まで一緒に過ごす事には慣れていない2人。一度泊まった時にもお互いの心は緊張でいっぱいだった事を菫は思い出す。
「もう夕方だね。じゃあ僕はこれで」
「待って!」
菫がどこか思いつめた顔で真を呼ぶ。
何事かと思いながら真は後ろを振り返る。このまま帰りたくないと顔で訴えかけてくる彼女の顔に、真はどうしたものかと困ってしまう。
「じゃ、じゃあ、夕食でも行く?」
「うんっ!」
菫はまるで子供のように両腕をグーにしながら胸元まで持ってきて頷く。
「あっ、もしかして真さんですか?」
「真凛さん」
「その子は?」
「僕の幼馴染で元同級生です」
「長月菫です」
「元同級生って――私より年上じゃないですか。失礼しました」
真凛はドジっ子のようにぺこりと頭を下げる。
「いえいえ、大丈夫ですよ。彼とは知り合いなんですか?」
「はい。私は多摩真凛と言います。真さんのお姉さんと同じ職場で、街コンの時に会った事があるんですよぉ~。それでぇ~、メアドも交換してぇ~、あんな事やこんな事まで――」
「してません」
「てへっ」
真凛が調子に乗って意味深な言葉を織り交ぜながら真と街コンで会った事を話そうとするが、途中で真にツッコミを入れられる。
彼女は初対面の人が相手でもついからかってしまう悪癖があるのだ。
しかしほとんどの場合は持ち前のルックスやスタイルのおかげで許されてきたために、今でもこれを維持している。
だが仕事ではまずやらないと決めている。
「どこかへ向かう途中じゃないんですか?」
「いえ、今街コンを抜け出してきたところなんでちょ~暇ですよぉ~」
「街コンって抜けだしたら駄目じゃないんですか?」
「始まってからもう2時間以上経ってる場合は途中で抜けてもオッケーなんですよー。もしかして街コン出た事ないんですか?」
「は、はい。いつも人数の少ない婚活イベントにばかり出ているので、街コンはまず出ないです。人混みの中にいると疲れちゃうので」
「それじゃ駄目ですよ。菫さんは可愛いんですから、もっと自分をアピールしていかないともったいないですよ」
「も、もったいないと言われましても、私、男性が怖いんです」
「男性恐怖症とは困りましたねー。ばれたら逮捕されちゃうかもしれませんねぇ~」
真凛がニヤついた顔になりながら菫をからかう。
「ええっ!?」
すると、菫が突如青ざめた表情で顔が震え涙目になり嫌な汗が出る。
「あははっ、冗談ですよぉ~」
「真凛さん、スミちゃんはプレッシャーに弱いんですから」
「はーい。でも困ったのは本当ですよ。そのままだと50歳を迎えるまでずっと婚活をする事になるので、かなりの婚活費用を負担する事になりますよ」
「じゃあカップリングすれば――」
「カップリングしても結婚しない限りずっと婚活させられますよ。菫さんはかなり恵まれた立場にいるんですから、一緒に婚活頑張りましょーよ」
「……分かりましたっ! 色々教えてください、先輩っ!」
真凛の真っ当な指摘に菫は思わず彼女に取り入る。
「先輩はやめてくださいよぉ~。真凛で良いですよ」
真はため息をつきながら2人の様子を見守りつつもスマホで飲食店を探す。近くにある飲食店の中から空いている店をAIで探す。
「今空いてるの黒杉しかないよ」
「居酒屋――私お酒飲めないんだけど」
「いやいや、お酒は別に義務じゃないから大丈夫だよ」
「あの、私もこれから夕食なんですけど、良かったら一緒に行きませんか?」
「構いませんけど、真凛さんは居酒屋とか行くんですか?」
「たまに同僚と行く事ありますよ。多摩だけに、ふふふっ」
「「……」」
この人、見た目はギャルっぽいけど……中身はおじさんな気がする。
真凛さんがルックスもスタイルも良いのに婚活をし続けてるのって、これが理由なんじゃないかなー。でもこの様子だともう何人かカップリングしてそう。
「じゃ、じゃあ行きましょうか。えへへへ」
完全にすべったギャグを誤魔化すように真凛がその場を仕切りだす。3人はそのまま居酒屋黒杉へ向かって歩いていく。
「真凛さんはカップリングとかしてるんですか?」
スミちゃん、ナイス質問。
「カップリングはしてませんけどー、今はキープ君が3人いまーす」
それ、自慢できる事じゃないよね?
「キープ君?」
「はい、カップリングはしてないんですけど、度々奢ってもらったり、貢いだりしてもらっている男たちです。まあ簡単に言うと私の資金源ですね」
「それって金ずるじゃないんですか?」
「違います。資金源です」
「でも完全にお金だけ見てますよね?」
「資金源ですっ。ふふっ」
真凛さん、笑顔でずっと資金源の一点張りだけど、目の奥が怒ってる。何かこれ以上は聞くなって言われてるみたいだし。や、やめとこう。
居酒屋黒杉の特徴である木製の引き戸を真が開けると、後から菫と真凛の2人が彼に続いて入る。そこはほとんど客がいないがらーんとした印象の店内だった。
「いらっしゃい」
「3人なんですけど」
「はい、好きな所にお座りください」
「なーんかめっちゃ空いてるねー」
「だっ、駄目ですよ、そんな事言っちゃ」
「良いんですよ。本当の事ですから」
テーブル席に3人分の水とおしぼりが置かれると、3人共揃ってメニューを見る。
「うわぁ、いっぱいメニューがある。これ全部置いてるの?」
「置いてなきゃ書かないよ」
「こんなにあると、どれを頼んだら良いか迷っちゃうなー」
「本当に初めてなんですね。そんな時は、ここに書いてある今日のお勧めセットを注文すると良いですよ。基本的に余ったものが出てくるので、値段も安めになってるんですよ」
「詳しいですね」
「受け売りですよ。始めて来た時、真さんのお姉さんに教えてもらったんです」
「奏さんだったんですね」
姉さんだったんだ。何だか姉さんと関わった女性がみんなおじさんっぽく見えるような気がしたけど、そういう事だったんだ。
真たちはメニューを注文すると笑いながら雑談を始める。
その空間は、真凛にとって数少ない安らぎの一時であった。
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