第51話「女の葛藤」
奏の部屋の奥の方にはパソコンと机と椅子がある。
彼女は椅子に座り、真はその近くにあるベッドに座る。
奏は机の上にあるパソコンの電源を入れ、黒杉財閥にまつわる情報を探しながら真に今日の婚活イベントの話をする。樹たちと偶然会った事や、政悟に連れていかれそうになった時に慎吾に助けられた話である。
「じゃあ、話をまとめると、姉さんは30代限定編で政悟さんに気に入られて、それを断ろうと立花さんたちと話すようになったけど、それで誰ともロクに話せなかった。そして誰ともカップリングしない選択をして送信したのに政悟さんとカップリングして危うく一夜を過ごす事になったところを赤羽さんに助けられたっていう事で良いのかな?」
「そうだな。黒杉財閥の連中はかなりの人たらしみたいだ。みんなの前では良い人を演じるが、2人きりとかになると本性を現す」
「黒杉家主催の婚活イベントに行くのはやめとく?」
「いや、あいつと会わないようにすれば良いだけの話だし、なるべく人の多いところにいれば安全だから大丈夫だ。心配すんな」
「うん、何かあったら姉さんは僕が守るよ」
「!」
奏は顔を赤らめてパソコンを動かしていた手の動きを止める。
今まではずっと弟を守るように面倒を見ていた姉が、まさか自分が守られる立場である事を示唆する言葉を言われるとは微塵も思っていなかった。
彼女は愛する弟の進歩に驚嘆すると共に嬉しくなる。
しかし彼が自立してしまうともう面倒を見る相手がいなくなるため、それに対する危機感も同時に持っていた――。
「あたしを守れるくらい強くなったなら、もう独り立ちしても良い頃だな」
「ええっ!? 何でそうなるんだよっ!?」
真は突然の発言の驚く。一瞬もう見離されたと感じたのだ。
「ふふっ、冗談だ」
奏はクスッと笑いながら真をいじる。真っ直ぐで純粋な真を見ているとついからかいたくなってしまうのが彼女の性である。
彼はそれが冗談だと気づくまで危機感を抱く。
面倒見の良い姉からいつかは独立しないといけないと心のどこかで思っている。弱点を執拗に攻めるようにそこを突かれるのが、彼には地味に傷つく行為なのだ。
「冗談きついよ。姉さんが結婚するまでは離れないから」
「じゃああたしが結婚したら離れるのか?」
「――当分先だと思ってるから別に良いよ」
「どーゆー意味だよ?」
奏は眉間にしわを寄せ、目をギラッとさせていつもより声を低くしながら尋問するように真の肩にポンッと手を置き睨みつけて問いただす。
「姉さんは他の男からは強い女だと思われてるから、あんまり守ってあげたいと思わないっていうか、それで結婚から遠ざかってるというか、ちょっと男っぽいなって思う時あるし」
「……」
奏は一瞬青ざめた表情になり、すぐに落ち込み気味の真顔になり黙ってしまう。
そもそも男っぽいと思われている時点で女を捨てているのではないか。
彼女はそんな風に感じながら弟からの無自覚で無神経な言葉に傷つく。しかしそれをひた隠しにしながら彼女は再び真に背を向けパソコンと睨めっこを始める。
「姉さん?」
「同じ事を同僚にも言われたよ」
「同僚って、姫香さんとか真凛さんとか?」
「ああ、もしかしたら……あたしは半分男かもしれないな。あははは」
奏は後ろ向きのまま顔だけ真の方を向けて愛想笑いをする。
「でも姉さんが好きだっていう人はきっといるから大丈夫だよ」
「……そうかもしれないな。真にはスミちゃんがいるもんな」
「い、いや、スミちゃんは幼馴染だからっ!」
「結婚式に乗り込んで奪い返したんだ。彼女も真の事を少なからず意識してるはずだぞ。女ってのは自分を助けた男の事は忘れないんだよ」
「そういうもんかなー?」
真は顔を赤らめながら菫の事を思い出す。
あのウェディングドレス姿……すっごく可愛かったなー。両肩も出てたし、またあんな姿を見られるのかな?
いやいや、何考えてんだ僕は? あんな事はもうあっちゃいけないよ!
今度はスミちゃんが納得する道を歩ませてあげたい。
彼はそんな事を考えながらデレデレした顔になる。
「ほんっとうに分かりやすいな」
「えっ、分かりやすい?」
「スミちゃんの事考えてただろ?」
「姉さんってエスパーなの?」
「エスパーじゃなくても分かるよ。何年あんたの姉やってると思ってんだ?」
「実はその、またスミちゃんとデートする事が決まったんだよね」
「ホントかっ!?」
「う、うん、本当だよ。じゃ、じゃあ僕戻るから」
真は慌てて逃げるように自分の部屋へと戻る。とは言っても真の部屋はすぐ隣である。
1人になった彼女は部屋の鍵を閉めてベッドに座る。
男っぽい……か。あたしはずっと強い子になれって親から言われてきたからなー。
今は女も稼がないと生きていけないし……真を守っていくにはどうしても強くならないといけない……そうなると……どうしても……男っぽくならないといけないよな?
奏が顔を下に向けていると、ズボンに水滴が落ちている事に気づく。彼女の目からは涙が出ていた。
強くなるにはどうしても男っぽいたくましさが必要である。
しかし男っぽくなればなるほど結婚からは遠ざかっていく。そして相手からは男として見られなくなっていく。
彼女はそんな自分との葛藤に苦しみ、心を痛めるのであった。
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