第50話「復讐の理由」
奏は慎吾の対面に座ると店員が注文用のタブレットを持ってやってくる。
2人が注文を終えると店員が去っていく。厨房からは度々食器が鳴る音が響き、少人数の客たちがのんびりとコーヒーを飲んでいる。
「ここは俺のお気に入りでな、客もあんまり来ないから情報交換をする上ではうってつけの穴場だ。君にやつらの事を話す前にいくつか確認しておきたい事がある」
「確認ですか?」
「そうだ。君は八武崎真の姉か?」
「はい、弟がお世話になったようで」
「どういった経緯でお前が俺を知っていたかは知らんが、まずは俺たちのやり取りは外に漏らさないと約束してもらいたい。真君にも既に約束はさせた。無論、奏さんにもだ」
「それは構いませんけど」
メールをこっそり見ていたなんて……言えないな。
慎吾は張り詰めた糸の上を歩くように奏にいくつか確認を済ませた後、安心しきったのか黒杉家との因縁を話し始める。
「俺は居酒屋を営んでいた両親の下に生まれた。うちは平和に常連たちと楽しく騒ぎながら商売をしていた。だがそんな時だった。黒杉財閥の連中がうちへやってきたんだ」
「黒杉財閥の連中ですか?」
「ああ、さっき君を連れ去ろうとした黒杉政悟の父親にして現総理大臣、黒杉政次だ。うちは立地条件が良かった事もあって奴らはそこに目をつけてきた。奴らは俺の親父に土地を高値で買い取らせてほしいと言ってきた。だが親父は断った。最初はニコニコしていた黒杉政次はそれで機嫌を損ねたのか、店に嫌がらせをするようになってきた。奴らの手先であるモンスタークレーマーを店に常駐させたり、ネガティブキャンペーンを行って客が遠のいた。うちはあっという間に借金を抱える事になって、借金のかたに店を黒杉財閥に奪われる事になった」
「そんな……酷い」
「酷いなんてもんじゃないさ。それで俺の両親はノイローゼになって……ある日ビルの屋上から一緒に身を投げた」
「!」
突然の展開に奏は口を開けて驚いた。
しかし慎吾は奏を気にする事なくコーヒーを飲みながら話を続ける。
「俺はまだ小学生だったが、あの日の事はよく覚えている。俺は黒杉財閥への『復讐』を誓った。一刻も早く奴らを治世を終わらせなければ、また誰かが悲しむ事に――」
「うっ、ううっ!」
「!」
慎吾が気づくと奏は目から大粒の涙を流して啜り泣きしていた。
「おいおい、いい大人が泣くなよ」
まさか泣くとは思っていなかったためか、慎吾が冷静さを崩さぬまま不器用ながら彼女を慰めようとする。しかし彼女の涙はしばらくの間止まらなかった。
「両親が健在のお前が何故そこまで共感する?」
「そりゃ……突然両親を失った時の事なんて、想像もつきません。でもっ――大切な人を失ったら悲しいって事くらい分かりますっ!」
「!」
奏は涙脆いところがあり、相手の不運な過去を聞くと泣いてしまう純情なところがある。
それは相手に対する同情などではなく、心からの悲しみである。
「黒杉財閥がそんな事をしていたなんて――」
「奴らはそういう連中だ。目的のためなら何だってやる。俺は両親の仇である黒杉財閥を必ず潰す。この命に代えてもな。もう二度と……俺のような犠牲者は出したくないんだ」
「それでジャーナリストになったんですか?」
「ああ、俺は『株式会社レジスタンス新聞』の編集長をしている。全国各地から黒杉財閥を憎む者たちを集めて情報収集をさせている。どうやらお前たちは黒杉家と距離が近いようだ。情報提供のために奏さんも俺とメアド交換をしてくれないか?」
「はい、分かりました」
奏と慎吾はメアドを交換する。
これにより奏までもが慎吾の復讐に巻き込まれる事となる。
「話は以上だ。もしまた黒杉政悟に狙われる事があったら俺に連絡しろ」
「は、はい」
慎吾は目的を達成すると、目の前に置いてあるコーヒーを飲み干して去っていく。
奏は1人の男の闇を知ってしまった。どちらかと言えば恵まれている立場であった奏にとってはショックの大きい出来事であった。
真には社会勉強しろなんて言っておきながら……社会勉強できてなかったのはあたしの方じゃないか。あたしが知っているのはみんなが知っているような部分だけ。
他の人が知らない事を知らないと、社会を知ったとは言えない。
奏はそんな事を考えながら1人でコーヒーを飲み、そのままカフェを去っていく。
午後5時過ぎ、太陽がオレンジ色に染まった頃に奏は帰宅する。
玄関から靴を脱いで上がるとうがいと手洗いを済ませ、2階にある自分の部屋へと行き一息つく。
奏の部屋のドアを指で鳴らす音が聞こえる。
「良いぞー」
入ってきたのは心配そうな顔をしている真だった。
「どうしたんだよ? 自分の家なんだからドアくらいそのまま開けても良いんだぞ」
「姉さん、政悟さんに襲われたって本当なの?」
「大丈夫だ。襲われてないよ。もしかして樹から連絡が来たのか?」
「うん、凄く慌ててる様子だったよ。何があったか教えてよ」
「離すと長くなるぞ」
「それでも良いから」
彼女は詳細まで話して良いか迷っていた。
慎吾の話は約束通り避け、婚活イベントだけを話す事にするのだった。
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