表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/100

第100話「勇気のプロポーズ」

 それからの経緯(いきさつ)はあっけないものだった。


 京子は急いで病院へと運ばれ、救急車には真が同伴する。政次は銃刀法違反と殺人未遂の現行犯で気絶したまま逮捕された。


 樹はしばらくの間事情聴取を受けたのち、他のレジスタンス新聞の者たちと共に釈放される事となった。レジスタンス新聞の者たちは野党の人たちと共に喜びを分かち合う。


 樹はこの事を真っ先に奏に伝える。


「――ここは?」

「京子さん、気がついたんですね」


 彼女が目を開けたのは病院のベッドの上である。この時、太陽は既に沈んでおり、代わりに出てきた月の光が真たちを照らしている。


「真さん――痛っ!」

「まだ動いたら駄目ですよ。手術が終わったばかりなんですから」

「手術……あたし、お父様に撃たれたんですよね。てっきり死んだものかと思っていました」

「それがそうでもなかったんですよ。ほら」


 真がポケットから穴の開いた『USBメモリ』を取り出す。


「!」

「京子さんの服にこれが入っていたおかげで、傷が浅くて済んだんです。手術後の傷痕も残らないそうですよ。本当に良かったです。京子さんが無事で」

「あたしも――真さんに守られていたんですね」

「普通はすぐに捨てる物だと思っていましたけど、まさか使い捨てだと思っていた道具に救われるとは思わなかったです」

「捨てるなんてもったいないですよ。これ結構使えるんですよ」

「ふふっ、確かにそうですね。世の中を変えたり、お守りになったり」

「京子さん、今までお世話になりました。命懸けで僕を守ってくれた事も、京子さんが素敵な人だという事も、ずっと忘れませんから。じゃあ、僕はこれで」


 真は京子の無事を確認すると満面の笑みで病室を去っていく。


 彼が去った後、京子はもう二度と彼に会えないのだと思いながら人知れず涙を流す。


 京子はもっと真と一緒にいたかった。振られてもなおずっと持ち続けていたその恋心がより一層彼女の心を痛めつける。それは彼女にとって、銃弾よりもはるかに苦痛と言えるものであった。


 婚活法が始まってから1年の時が過ぎる――。


 国会では黒杉内閣が崩壊して政権交代が行われていた。婚活法は全会一致で『廃止』となり、ようやく全国民が自由の身となった。婚活に縛られていた者たちはそれぞれの道へと一歩を踏み出した。


 真は菫をデートに誘い、ドリームランドを一緒に回っていた。菫の腹部は以前より大きくなっており、出産の日が一刻一刻と近づいていた。


「マコ君、ここのベンチに行こうよ。ちょっと休みたい」

「うん、分かった……あれっ、スミちゃんは座らないの?」

「マコ君、私、必ずマコ君の事を幸せにします……だから……その……」

「!」


 真も菫も緊張がピークに達する。そして菫は最後の勇気を振り絞る。


「私と結婚してください」


 菫はここにきてようやく真の覚悟を確かめるべくプロポーズをする。


「……僕で良ければ……よろしくお願いします」

「……はい」


 菫はあまりの嬉しさに涙する。それを見た真がベンチから立ち上がり、慌てて菫を抱いてなだめようとする。真は最後の最後まで自らアプローチをする事はなかった。だが菫にはそれが可愛いとすら思えるのである。ありのままの彼を愛する覚悟が彼女にはできていた。


 真はそんな彼女の心境を知ってか知らずか唇を近づける。


 2人は愛を誓いあうように口づけを交わす。もはや何の躊躇いもなかった。2人は結婚の約束をした後でドリームランドの中をひたすら歩いていた。


「ただいまー」

「おかえり。真もスミちゃんも疲れただろ。早く手洗いとうがいを済ませろよ」

「おっ、今日は随分と早いな」

「そりゃそうですよ。今日は結婚記念日ですから」

「あー、婚姻届けを出したんだな。結婚おめでとう。スミちゃんはもう母親になるんだよな。て事は奏は伯母になるって事だな」

「樹だって伯父になるかもしれないんだからお互い様だろ」

「そうだな」

「立花さんも子供を持つようになったら、色々教えてあげますね」

「スミちゃんも言うようになったな」

「結婚式はしませんけど、婚姻届けを出したこの日に、ここで結婚記念パーティをやる事に決めていたんです。楽しみだなー」


 真と菫は結婚前から同居するようになり、奏も樹と約束通り恋人同士となった。樹はレジスタンス新聞を辞めた後で再び就職し、奏と同居する事となった。


 4人共既に気の知れた仲となっていたためか、同じ屋根の下であっても全く気にする事はなかった。菫と樹はお互いにとって、異性に悩んだ時の良き相談相手となっていた。


 数ヵ月後――。


「スミちゃんっ、遅れてごめん。ずっと記事を書いてたら遅れて――」

「シーッ、子供が起きちゃう」

「あっ、ごめんごめん。うわぁ……可愛い」


 菫が寝ているベッドのすぐ横には生まれたばかりの赤ちゃんがスヤスヤと眠っている。


「ふふっ、目元がスミちゃんに似てるね」

「口元はマコ君に似てるよ」

「きっと良い子に育つよ。あっ、そうだ。スミちゃんにもう1つ嬉しい知らせがあるよ」

「嬉しい知らせ?」

「姉さんが妊娠したんだ」

「えっ! じゃあ昨日具合が悪かったのはそのためだったんだ!」

「うん、でも姉さんは子供を持ってからもずっと働き続けるだろうね」

「そりゃそうだよ。奏さんはそういう人だもん」


 いつかは話さないといけない。僕らが結ばれたきっかけが、あの忌々しい婚活法であった事を、そして色んな人が婚活法によって苦しめられた事を。


 あの時の教訓を忘れてはいけない。


 真はそんな事を考えながら我が子を見つめる。婚活法が施行されていたあの1年間は暗黒の年と呼ばれていた。皮肉にもその年の婚姻率と出生率は過去最低であった。黒杉財閥は株の暴落によってただの大企業と化し、その権威は地に落ちていた。


 数ヵ月後――。


 無事に退院した菫が八武崎家へと戻ってくる。


 真は菫と子供と一緒に過ごした幸せな日々をブログの記事にしたり、今までの冒険の話を動画にしたりしており、そのいずれもが好評を博していた。


 真は最も成功したアフィリエイターとしてテレビでも取り上げられるようになっていた。彼は家にお金を入れるばかりか、実家に十分な費用の仕送りさえできるようになっていた。数々の挫折が彼を強くしたのだ。


 婚活法の爪痕は所々に残ってはいたが、それでも人々は力強く生き続ける。


 結婚はあくまでも、人を幸せにする手段の1つでしかないのだから。

今回で最終回となります。

ここまで読んでいただいた方ありがとうございます。

これからもっと傑作を書けるよう精進します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ