第七章 永久(とわ)05
怜美が仕込だ罠に、僕はわざとはまった。
兵藤の手で捻じ曲げられてしまった怜美の心は、殺人兵器でしか過ぎなかった。
おばあさんが僕に生きて行くための物と言って手渡してくれたもの。
それは、何もない僕の世界に色を添えてくれる記憶装置。
僕は記憶障害の病気を抱えているせいで、こんな自分になっていると、おばあさんに教えられていた。
僕用のインターフェース。
他の誰かが使おうとすると、破滅へと導く死への行進曲が流れ出す。
怜美はこれを使ってしまった。
記憶を消された振りをして、僕を油断させてこのマイクロチップの秘密を知ろうと、自らあの家へ足を踏み入れた。
一足遅かった優奈の前で、怜美はこと切れていた。
優奈と手この事実を何も知らずにいる。
僕はそう信じたかった。
時間が経つのを恐れていた僕だけど、秒針が刻む音は悪くない。
僕は耳に押し当てる。
これはこうやって使う物なんだよ。
両方が揃わなければ、僕でも怜美と同じ運命を辿るだろう。
僕らは全員、運命共同体。
そうだ僕は、鹿野剛司だ。
「今までのことは全部忘れなさい。それを望んで、あの子はここにあなたを寄こした」
震える僕の手を握ったおばあさんのぬくもり。
囲炉裏の臭い。
土埃を上げる道。
「どれも僕の記憶にするの。あなたは恐ろしいへいきでも、救世主でもなくていい。よく覚えて。あなたはここで生まれた。私が育てた可愛い孫」
おばあさんの声は僕の空っぽの世界を埋め尽くし、消えてしまった。
そして、僕は采沢柊歌に成りすまし東京へ戻った。
藏下佳代が事前に用意してくれたマンションだった。
おばあさんが、教えてくれた記憶。やがて僕の未来に続くドアを開けに来る人物がいる。
「忘れないで、あなたは愛されて生まれてきた。栄えられないものがあるなら、その能力がわずかな望みを与えるというなら、迷うことなくお行きなさい」
おばあさんの目に光るものがあった。
僕の顔を愛おしく撫でるおばあさんの手の皺や、声が僕の暴走を抑える薬となっていたことは間違いない。
「さぁそれまですべて忘れて安らかに、過ごしなさい」
「嫌だ。僕はここにいる。おばあさんとずっとこのままで」
「ごめんなさい」
僕は何度も首を振り、おばあさんの傍に居たいと訴えた。
冷たくなって幾おばあさんを抱え、僕は何日も泣き続けた。
そして自動タイマーがその時を教える。
おばあさんと過ごした日々がゆっくり消去されていく記憶。
僕は寂しく笑う。
心のどこかでこの日を迎えることは分かっていた。
だから僕は無意識のまま瑠羅を呼び、記憶を預けていた。
この世は無常。
苗代にひっそり潜む瑠羅が僕に告げた言葉だった。
「この世界に、いったい、何人の人がいると思うんだ?」
拒む僕に、苗代が顔を歪ん背ながら言う。
「全員なんてどう考えても救えない。救うにしても時間が足りない。20年以上かけても出来ることなんて、たかが知れていた。なら、人類を絶滅させない方法を考えるしかないだろ?」
言っている意味は分かっていた。だけど、僕が選ぶことによって、確実に死んで行かなければならない人々がいる。それを考えるのが恐かった。
「頼む。お前にしか出来ない仕事なんだ」
僕の目に光が差し込むのはほんのわずか。ほとんどの物がモノトーンに映っている。それでも色を持つものもあったりして、それがどいう法則なのか、判別が浸かられないまま僕はその能力を否定し続けた。
僕の気持ちと反比例して、能力は次第に強まって来ていた。
触れなければ分からなかったことも、すれ違うだけで分かるようになり、見るだけでその人のすべてが分かるようにまでなっていた。
「あなたに隠し事は無用ね」
水沢はそう言って僕に握手を求めた。
多く語る必要はない。もしかしたら仕事の依頼が来た時から、僕は分かっていたのかもしれない。
「耳を塞いでいたのは、瑠羅、君だね」
ふんわりとスカートの裾を揺らした瑠羅が、いたずらに笑い僕の目の前を通り過ぎて行く。
「横川って、苗代さん、あなたでしょ?」
のんびり煙草を吸う苗代に、僕が訊いたのは苗代庸一が亡くなったコテージのバルコニーだった。
「あん?」
「瑠羅の出て来るタイミングが良すぎる」
「流石、レッドアイ」
「ふざけないでください」
「ああそうだ俺だ。これ以上、子供がモルモットにされるのはごめんと思った。地球は確実に滅びる。永遠の命などないという証しだ。だけど人間はおろかな生き物。何とか生き長られる方法を探そうとしていた。大勢の人々がそれによって死を選ばされて行く。矛盾しているよな。それでも、俺等はしなければならない。この地球人としての誇りをかけて、一人でも多くの人類を残すためにな。わー、僕ちゃん真面目。ちょっとドラマかなんかに使えちゃうんじゃない?」
「ほぼ神に近いバカですね」
そんな皮肉を言う僕を、苗代は抱き寄せた。
「後は、頼んだ」
耳元で囁かれた言葉が、一連の行動に繋がる。
地球は青くて美しい。
あの光輝く星の中で、様々な生命が生まれては死んで行く。認めたくない現実。出来るなら、全てが夢であって欲しい。
「いたたた。ああ青あざになっているよ」
その声に振り返った僕は微笑む。
「僕を騙そうとするからですよ」
「計画は丸つぶれだ。ここじゃ煙草も吸えないじゃないか。ほれ、これ怜美からの預かり物だ」
眉を顰める僕に、苗代は手にしていた小型カプセルを手渡すと、すぐに部屋を出て行ってしまう。
僕は目を閉じ、神経を集中させた。




