第七章 永久(とわ)03
僕はいつだって、自分についての取扱説明書が欲しかった。それはなぜと聞かれると、説明が出来なくなる。すべてのものに無関心に生きて来た僕には、単発的な記憶しか残っていない。それは目が悪かったせいで、仕方がないこととずっと思っていた。その先へ進もうとすると、決まって僕は頭が痛くなる。そして眠りに就くんだ。全てが消去され、何もなかった様に日常が始まる。そう、僕には何一つ思い出がない。思い出がないんだ。
試験管の中で分裂をし始めた細胞を、采沢は目を細め見つめていた。
深い深い眠りの中、僕は闇の中を漂うだけの生命体。
幾度となく見せられた青く美しい地球。
「この子は私の子ね」
「佳代、その子は君の子じゃない」
「嘘。お願い、この子を私に返して。私ならきちんとこの子を育てられる」
「佳代、その子は君の手には負えない。やがてこの子に君の命を奪われてしまう可能性だってあるんだ」
佳代のやつれた顔がガラスケースに押し当てられる。
「そんなのは知っているわ。この地球は滅ぶ。それが観測されたのは20年前。政府は極秘に動き、私を作った。そうでしょ?」
愛おしい目で浮かぶ胎児を見ながら言う。
采沢は言葉が出なかった。
「私はあなたたちの実験に耐えられる身体じゃなかった。この研究所の記憶を消され、あなたは私を外へ抛り出した。まさか私が、ここに舞い戻って来るとは、思わなかったんでしょ?」
振り返り言う佳代の口元が緩む。
狂っているものとばかり思われていたが、そうではなかった。
凍り付く采沢の首に手を回した佳代が囁く。
「あなたは研究に没頭するあまり、周りが見えていないようね」
気泡が僕の子守歌だった。
ガラスの向こう側、くぐもった声が聞こえていた。
僕らはすべてを知っていた。
……僕は誰?
大きな気泡が弾け、外が慌ただしくなる。
僕たちは本当のことがしたかっただけ。
「私、瑠羅」
どこから聞こえてきているのか分からないその声に、僕は反応した。
くすくすと笑う声。
闇に覆われていた僕の視界に、一筋の光が差し込もうとしていた。
「怖がらなくても大丈夫。私が一緒にいてあげる」
……僕を呼ぶのは誰?
カーテン越し、柔らかい日差しが僕の足元まで伸びて来ていた。
手を誰かに握られ、ぬくもりが伝わって来ていた。
「もう怖がり屋さんね」
ゆっくり僕は瞼を上げて行く。
青白い顔をした少女が、僕の顔を覗き込んでいた。
これは決まり事。
どこからともなく聞こえてくる生活音。
そのすべてが泡となり、やがて弾けて消えて行く。
後ろに手を組んだ少女が、前を歩いて行く。
「待って、僕、知りたいことが沢山なるんだ」
少女は笑い声だけを残し、光の中へと消えて行った。
ハッとした僕は辺りを見回す。
「今のは……」
ずっと知りたくなかった現実。
僕は前にもこんな光景に出合っていた気がする。
遠い遠い昔。何億光年もの先の光だったなのかもしれない。
これ、何だろう?
頬に伝わる冷たいものを拭い、僕は首を傾げる。
宇宙に漂う船は当てもなくそこに浮かんでいた。
エネルギー源となった僕らは、カプセルの中で眠り続けるだけ。いつか目を覚まさせてくれる人が、現れるまで。




