第三章 幻覚02
砂嵐が目の前でチラついていた。
今、自分に起こっている事態を、把握出来ないでいる。目隠しでもされているのだろうか、視界がはっきりしなかった。こういう時の僕は至って冷静で、開けても仕方ないと一度開けかけた目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。
今まで以上にガードを固め、寝ているふりをし続ける。
「……采沢さん。采沢さん」
耳元で誰かに呼ばれている声が聞こえ、僕はそっと目を開けた。
「気が付かれましたか?」
その声の主の顔を見て、ハッとなり起き上がる。
頭に鋭い痛みが走り、手を当ててみると、ぼっこりと盛り上がった部分があった。
「いたたた」
情けない声を上げ痛がる僕を、心配そうに女性が顔を覗き込んで来る。
「驚きましたよ。急に倒れちゃうから」
一瞬、誰か分からなかったが、徐々に僕の記憶は鮮明に映し出されていた。
水沢亜紀?
胸元の名札で確認した僕は、改めて、彼女の顔を見る。
僕はソファーに寝かされていて、目の前には白衣姿の水沢が、起き上がろうとしている僕の躰を押し返す。
「まだ寝ていた方が良いわ」
ぐずぐずしている場合じゃない。ここに長居は無用ってことは、直感的に分かっていた。
「いたたた。僕、一体どうしちゃったんです?」
大袈裟に痛がり、僕は様子伺いをする。
手順は知っている。
いつのころから身に付いたのだろう?
気が付くと僕はその術で、幾度も切り抜けてきた実績があった。
逃げ出すタイミングを計る。
無駄なこと、止めて置け。
思考回路が混戦を起こしたのかと、僕は目を見開く。
平然とした水沢が、首を傾げ、僕を見ていた。
「何を考えているんです?」
「それは私が訊きたいです。横川君を紹介しようと連れて来たら、急に止せとか言い出して、踵を返したかと思ったら、あそこの柱に自分で頭をぶつけてしまって、倒れちゃったの」
「マジすか」
「マジです」
微笑んだ水沢が、頷く。
「こんな状況だけど、ウチのシステムを説明をしても良いかしら」
上目使いで、僕は水沢の顔色を伺ってから、また大袈裟に痛みを訴える。
「スイマセン。僕、今日はこれで帰ります」
「でも、そう言うわけにはいかないのよ」
「大丈夫です。僕、まだ何も見ていませんから。病院も行きたいですし」
「何も……」
水沢の声のトーンが変わり、後ろに立っていた横川に目配せをする。
羽交い絞めしてきた横川の手を振り払い、水沢に体当たりをした僕は扉の前で、一瞬、戸惑う。
「無駄よ。ここは全部セキュリティ配備されているのよ。あなたのは、認証されていないわ。ここから、あなたは出られないわ。もう観念しなさい」
僕は、壁際に追い詰められていた。水沢が不敵の笑みを浮かべ、手にした銃口を、僕に向けられている。
「あまり、手荒な真似は、したくはなかったんだけどね」
そう言って引き金を水沢が引き、それと同時に僕は目を瞑った。
気が付くと、僕はホームに立っていた。
意味が分からなかった。
ホームに入って来た電車に乗り、ドアに凭れかかる。
ポケットの中で携帯のバイブルが騒ぎだし、受話器を耳に押し当てる。
「今、どこだ?」
苗代だった。
この状況をどう説明して良いのか、僕には分からなかった。




