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レッドアイ  作者: kikuna
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第一章 予兆07

 一旦家に戻った僕をタクシーが待ち構えていた。

 どうやら苗代の差し金らしい。

 携帯の電源を落としていたのが、余程お気に召さなかったようだ。

 車中、恐る恐る携帯の電源を入れる。

 僕は顔を顰めずにいられなかった。

 尋常じゃない数の着歴である。

 つくづく苗代の性格に嫌気がさす。僕を誘ってきたときもそうだったが、苗代は何をするにもしつっこいのだ。本人に言わせると、巳年だから仕方ないらしいが、有難迷惑な話だ。いっそのこと逃亡でも図ってやろうかと、僕はふと思う。

 僕はやれやれと首を振る。

 無駄なことだ。疲れることはやめておこう。所詮元の木阿弥。すべて泡のように消えて行くもの。

 門の前、人影が見えて、僕はがっくり肩を落とす。 

 「何で、こんな用意周到なことしてるんですか」

 事務所のドアを開けた途端、僕は口を尖らせる。

 「さぞかし山歩きでお疲れだろうと、上司である僕ちゃんとしては最上級のおもてなしをしただけで、それが気に入らないと言うのなら、もう一度、自宅へ戻って、一からやり直すか? すいません運転手さん、このバカをもう一度」

 「はいはい。もうすいません、僕が悪うございました」

 「分かればよろしい」

 勝ち誇ったように笑う苗代を、僕は腹立たしく思う。

 「僕ちゃん、良い上司。君、悪い部下。二つ揃って普通だ。君と僕とで普通だ」

 上機嫌で鼻歌を歌い出す苗代を、本気で僕はぶっ飛ばしたくなる。

 「さてと、心の広い上司が、話、聞いてあげようじゃないか」

 リヴィングに入るなり、振り向き様に苗代が言う。

 どうやら仕事スイッチが入ったらしく、いたって真面目な顔をしている苗代に僕は、取りあえず預かっていた封筒を差し出す。

 口笛をひと付記した苗代が、中身を見て目を細める。

 「さすが柊歌、仕事早いね。良いプランだ。早速これを明日にでも、なっ」

 曖昧な笑みを浮かべる僕を見て、苗代がニヤリとする。

 「何だその顔は? 何か不満でもあるのか」

 言っても無駄。やり返すなんて主義に反している。でもこの時の僕は、どこかおかしかった。

 僕は自分の携帯をテーブルへ抛り出す。

 苗代の眉が寄せられ、僕はブスッとした顔で睨んだ。

 「何?」

 「自由になりたい」

 「は?」

 「僕はあなたの操り人形になるのはもう嫌だ」

 苗代がまじまじと顔を見てくる。 

 「あっそ。じゃあロボットに昇格させてやるよ」

 「だから」 

 「報告書、今日中に30枚と言いたいところだけど、10枚に負けてやるよ。俺は小菊で一杯ひっかけて来るから、その間に済ませろ。いいか、これは上司命令だ。サボんなよ」

 「ええー。今からですか」

 時計はとっくに9時を回っていた。

 「お仕事お仕事。残業だね。1.5倍払うから頑張ってね~」

 そう言い残すと、苗代は鼻歌交じりに部屋を出て行ってしまった。

 無性に腹が立った。

 一日中歩き回っていた僕は、食事を摂るタイミングを逃していた。

 あまり食欲はなかったが、目の前のレポート用紙を眺め、これも書く気になれず、仕方なくキッチンからカップラーメンを持って来た僕は、半分食べて、決心を固める。

 今日の出来事を、書く気には、どうしてもなれなかった。


 それに……。


 生まれてしまった衝動を、僕には止めることが出来なかった。

 理由を挙げれば、きりがない。

 とにかく、この場を離れなければと、頭の中がいっぱいになっていた。


 立派過ぎる部屋を見回し、苗代から借りたスーツをハンガーに掛け、自分の洋服に着替えた僕は、ため息を吐く。

 ここは、僕の居場所じゃない。

 

 斜向かいにある小菊の看板に向かって、僕は一礼する。

 もうここには、戻って来るつもりはなかった。

 急ぎ足で駅の方向へ歩き出す。


 書けないものは書けない。仕事放棄します。クビならクビで結構。お世話になりました。辞めさせてもらいます。

 采沢柊歌うねざわしゅうた


 書置きを見た苗代の怒る顔が、目に浮かぶ。

 駅まで歩いても行ける距離だが、都合よくバスが来るのが見え、僕は小走りしてバス停から乗り込む。

 座席に着いた僕は、苦笑してしまう。

 夜景に、ぼんやり今日会った女性の姿が浮かぶ。

 不思議な感覚だった。ツーンと鼻の奥が痛くなり、僕は自分の目に涙があふれているのに気が付き、慌てて腕で拭い取る。

 二つ停留場を飛ばし、バスが駅に着く。

 丁度苗代が指定した時間になっていた。

 携帯が騒がないのは、了解されたとみなし、ホッとしながら改札を抜けずに、そのままタクシーを拾って家に帰った。

  

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