護衛? ちゃんといますよ?
「ぶっはははははっっっ!!」
ええっ? 急に大爆笑? なんで?!
私が網の使用権を要求すると突然デューギルは笑い出した。
「ああ、いや悪い。暴走ロバに乗って止まらなくなった大マヌケな令嬢にそんな要求されるとは思わなかったから、つい」
「……」
それは私も何も言えないわ。残念ながら事実だし。
「網の件は、そうだな考えておこう。まだどこにも情報が漏れてはいないだろうから優先的に回すことは可能だろう」
ふふふ、良い話になりそうだ。ロバに振り回された甲斐がある。
私が込み上げてくる笑いを押し殺していると、デューギルもわたしの格好とロバを眺め回し、何か言おうと口を開いた。
「それで、君はなに」
「で、高貴な身分であるはずの皇太子様がこんな野原に一人で何をなさっているのかしら?」
おっと、なんで私がこんな所で暴走ロバに乗っていたかは質問させないよ?
まだ「あんたの弟に振られた」とか言うには心の準備が出来てないからね?
だって絶対、ロバ以上に爆笑されそうだし。
わたしは咄嗟に出てきた質問を投げかけた。
「まさかこの網の性能見るだけのために野駆けをしてたわけではないのでしょう?」
咄嗟とはいえ疑問に思ったのは事実だ。
見れば護衛の影もない。デューギル一人、馬一頭だけである。
一国の世継ぎが単騎、というのは無防備すぎる。
「網は、まぁ、ついでだな。本当は面倒事から逃げてきたってのが正しいんだが……っと」
するとデューギルは後ろを振り返った。
「あ、やべぇ。あいつら引き離しちまったか」
「誰もいないことに気づいてなかったんですの?」
「んー、誰がいようがいまいが気にしてなかった、かな」
「護衛のしがいもない皇太子様ですこと」
「まあ、慣れた連中だしな。その辺りは分かってるだろ」
慣れた連中……ということは一緒にいたのは近衛隊の誰かということかしら。
「それに」
と、唐突にデューギルが、にやりと何かいたずらを考えている子どもみたいな顔で笑った。
空を指差し、くるくると回す仕草をする。
「護衛がいないとは言ってねぇだろ」
私はデューギルの指の先を見た。
あーなるほどね。
指の先、遥か上空では一羽の鳥がデューギルの指の動きに合わせるように旋回していた。
鴉か……いや、もうちょっと大きい。鷹か鷲か。
先ほどの網を出現させた青銅の門を考えると、鷲だろう。
多分アレだ。
護衛は上空にいた、ということだ。
上からというのは狙う側も想定しない場合が多いから、理にかなってはいるわね。
「そういう公爵令嬢様も護衛をお見かけしませんが如何されました?」
私が飛んでる鷲の羽毛の色が白か黒かはたまた茶色か確認しようと目を細めていると、今度はデューギルから質問してきた。
私の護衛?
それこそあまり考えたことなかったわね。
「あら、護衛がいないなんて申しましたかしら? 公爵は公爵でも、こう見えてノアラード家ですのよ?」
私の背後で何もないはずの空間が、陽炎が立つかのごとく揺らめいた。
うちの連中も相手が小さい頃から知っている皇子ということもあって少しからかったようだ。
彼らが本気を出せば陽炎すら立たない。
「おっと、そうだったな。今のは戯言だ」
デューギルが目を凝らし、どんな小さな音でも拾おうとするように耳に手を当てる。
「全然わかんねぇな。護衛……何人だ? 普通は光魔術で迷彩を施していても粗がでたり、音がしたりするもんなんだがな」
「さぁ、何人でしょう?」
先ほど陽炎の揺らめきから使い手の輪郭を予測し護衛が何人か当てることなんて簡単なんだけど、教えてあげない。
向こうも護衛を地上に呼び寄せて紹介してもらってないし。
「さすがは前王朝の壊滅の一因となった暗殺集団、黒牙十二団を子飼いにする公爵家、護衛がいないわけねぇか」
「暗殺集団なんて物騒ね。今はほとんど暗殺なんてしませんわ。現在の仕事は、やっても要人の警護や密偵くらいですのよ」
まぁ、「ほとんどない」ってことは零ではないってことでもあるんだけどね。
陽炎たちも私と同じことを思ったのか、後ろの方でまた笑うように空気が揺れた。




