人はいろんな理由でロバに乗る
ぽっくりぽっくり。
私の足元から可愛らしい足音が聞こえてくる。
たまに嘶く声は大地に響く神々しいものではなく、ブヒンッと不細工なくしゃみみたいな嘶き。
ぽっくりぽっくり。
私は今、草原へと続く街道を、駆けるというよりは揺られている。
残念!ロバでは風になれませんでした!
おかしいな。
予定だと今頃、人馬一体となって、失われた者を惜しみながらそれでも明日を目指して大草原を疾駆しているはずだったんだけど……。
目にも止まらぬ速さで過ぎていくはずの景色はのんびり緩やかに流れている。
あまりに遅くて……あっ、また!
私の髪に虫が!虫が止まった!!
それもこれもうちが軍部を牛耳る家柄で厩舎にいるほとんどが軍馬なのが悪い。
愛馬ジュスティーヌ号だけでもいれば良かったのに。
ちなみに何故ロバがいたかというと、私の兄様の奥さんであるアルミラさんが輿入れのとき、乗り入れてきたのだそうだ。
アルミラさんは、国境近くで小競り合いがあったとき、兄様が遠征におもむいた先でお世話になった猫耳種マーオ族の族長の娘だ。
兄様が王都帰還後、兄様恋しさにロバ一匹、革袋一つで追いかけてきた異種族の少女だ。
まさに押しかけ女房、しかも猫耳つき。
始め会ったときは習慣や文化の違いからびっくりすることが多かった。
猫耳だったし。
でも彼女は私たちの文化を受け入れ、私たちの言葉も貴族のマナーも一生懸命学んでくれた。
お祖父様あたりは「マーオ族は身体能力も高いという、今までにない武人が生まれるやもしれん」と不穏なことを考えているようだが、私もお母様もアルミラさんが一つ言葉を覚える度に素直に喜んだ。
それにお兄様に似た猫耳の子は絶対かわいい。
このロバに乗ってアルミラさんはどんな気持ちで兄様のもとへと向かったんだろう。
不安はあった?
それとも兄様への愛でいっぱいだった?
それに比べて私ときたら。
好きだった人に婚約破棄されて傷心のまま風にもなれてない。
同じロバに乗ってるのに雲泥の差だ。
かたや愛のために異国の地を一人進み、かたや愛なんてなくぽっくりぽっくり揺られているだけ。
せめてもう少しこのロバくんが速く走ってくれれば……。
一応馬用のムチは持ってきていたけれど体格も違うこの子にふるっていいものなのか躊躇われる。
うーん、でもどうやったら速く走ってくれるのかわからない。
ムチじゃなくて餌を持ってきた方が良かったかも。目の前にぶら下げて走らせるとか。
しばらく走れ〜とか言いながら首を叩いてみたり腹のあたりを鐙で小突いてみたりした。
と、タテガミを引っ張ったときだ。急にロバが走り出した。
「う、うひゃああ」
それまでマイペースにもっさり動いていたので体勢を崩して落ちそうになる。
タテガミ引っ張るのは不味かったかぁ。
痛かった?ごめんよぉぉ。
なんとか前傾姿勢を取り、振り落とされるのだけは回避する。
がむしゃらに走るので上下の揺れがひどい。
あ、でもちょっと、ちょっとだけ髪がなびき風を感じてる!
さっきまでの虫も止まるような淀んだ空気が押し流されてる!
うわーい!走ってる走ってる!
私は素直に喜んだ。
全然走ってくれないロバを走らせたことでなんか妙に自信が出てきた。
どんな停滞した状況も気分も何とかしてやれる!みたいな?
でも、また新たな試練が出てきたのも事実で……。
これ、どうやって止まるおおおお!!!
走り出してから全く速度が落ちてないよ!疲れたら止まる?止まるよね?
それまでにしがみついてる体力あるかな!
思わぬところでロバvs令嬢の体力バトル勃発だよ!
これだけならまだ良かった。しかし神様は泣きっ面に蜂な私にさらに追い討ちをかける。
「ちょっ!こんなところに人?!」
ロバと通る道に馬に乗った人らしき影が現れたのだ。
だんだんと近づく影。
しかしロバは一直線だ。
「やだ!ぶつかる!お願い避けて!!」




