鴨肉のオレンジソース掛けを作ることを禁ず
私、アンゼリカ=ノアラードはノアラード公爵家の第三子にしてコルテリア帝国第二皇子ロビリオ=ザイア=コルテリアの婚約者だった。
……さっきまでね。
このままだと元婚約者になるわけだけどね。
確かに私とロビリオの婚約は政略的なものだった。
皇家の血筋存続のため、政治的繋がりをより強固にするため。
だから恋愛感情がなくても成立するし、ロビリオが私のことを何とも思ってなくても結婚して、共に家を支えるそれなりの家庭を築いていくのだと思っていた。
私はそれで充分だった。
今の治世、反乱分子もなく皇家は安定している。
他にも皇子はいるが健康でめちゃくちゃ有能な皇太子がいるから後継問題もなく兄弟仲も良い。
私が皇后になることはないけど、嫁ぎ先としては超優良物件だ。
そして何よりも私はロビリオが好きだった。
それが今、足元から崩れ去ろうとしている。
「あの、今、何て?」
そうだ、そういう冒頭で始まる物語を最近読んだんだ、とかそんな話題かもしれない。
よく二人で読んだ小説の感想を言い合っているし。
しかしロビリオはちょっと呆れた顔で
「一度しか言わないと言っただろ」
と、言ってくる。
「だから、好きな人ができたから君とは婚約破棄をする」
申し訳なさそうな声音だったけど、ロビリオの母譲りの金髪と琥珀の瞳はきらきらと輝いていた。
「えっと、一時的に、よね?」
二回、婚約破棄という言葉を聞いたが私にはまだ信じられなかった。
だって生まれたときからずっと私はロビリオの婚約者だったのだ。
それが急に出てきた好きな人とかいうふざけた存在に奪われそうになっている。
冗談じゃない。
私は皇家に相応しい嫁になるため、一年で三回くらい内乱がおきる面倒臭い国の五百年分の歴史と、近隣の『うぃ』という単語だけで七通りの発音と意味のある理解しがたい言語を血の滲むような努力で習得したのに!
「僕の彼女に対する愛は永遠だ!」
いや、そんなムッとした顔されても!
怒りたいのはこっちだよ!
でも、これが決定打になってしまった。
いつでもそばにいたからこそわかる。ロビリオは本気だ。
どこかふわふわした態度と、綺麗だけど頼りなさそうな見た目に反して、ロビリオは根は頑固だ。
つまり私は婚約破棄の道を辿らざる得ないらしい。
私はロビリオから目を逸らし外を見た。
睡蓮の花が遠くで咲いている。
ピンクと白の淡くふわふわとした夢のように綺麗な光景。
ここから見る睡蓮の池が好きだったんだけどなぁ。
多分これから毎年この光景を見るたびに今日のことを思い出すのだ。
一気に睡蓮の花が嫌いになりそう。
この窓、板を打ち付けて開かずの窓にしてやろうかしら。
「婚約破棄をしたらこうやって君と食事することもなくなるだろうね」
しんみりと言うロビリオ。
そうだ、鴨肉のオレンジソース掛けも今後一切作るの禁止って料理長に言わなくちゃ。
さっきまであんなに美味しかったのになぁ。




