第19話:王都からの嫌味な監査官。精神攻撃の成果と、青い閃光による愛の証明!?
ペンダントの誤作動(という名の好きバレ発光)事件から、数日後。
その日、辺境の城に王都から『監査官』を名乗る中年の子爵がやってきた。
執務で少し遅れるヴァルター様に代わり、私が応接室で彼のお茶の相手をすることになったのだ。
「ふん。没落寸前の実家から押し付けられたそうですが、死神公爵の『飾りの妻』の居心地はいかがかな?」
ソファーにふんぞり返った子爵は、私を小馬鹿にしたように鼻で笑った。
以前の私なら、身分の高い貴族からの嫌味に萎縮して、震えて俯いていただろう。
だが。
(……なんだろう。全然、怖くないわ)
毎日のように『氷の死神』から放たれる実戦レベルの覇気や、逃げ場のない至近距離での顔面攻撃を浴び続けている私にとって。
子爵のねちっこい嫌味など、そよ風以下のノーダメージだった。
「ご心配には及びませんわ。とても充実した、刺激的な毎日を送っております」
私が堂々と微笑んで紅茶を飲むと、子爵は面白くなさそうに顔を歪めた。
「強がるのもいい加減にしたまえ! どうせ夜な夜な公爵閣下に怯え、部屋の隅で泣いているだけだろう! お前のような無能な令嬢が――」
ドンッ! と。
子爵が声を荒げ、テーブルを強く叩いて身を乗り出してきた。
その瞬間。
(懐に入られた!)
毎日五百回木剣を振り、組み手特訓で身体に染み付いた反射神経が、無意識に作動した。
私はスッ……と椅子から滑るように立ち上がり、極限まで重心を低く沈め。
手に持っていたティーカップのソーサー(受け皿)を、身を乗り出した子爵の喉元の急所ギリギリで、ピタリと止めた。
「なっ……!?」
「……お茶が、こぼれてしまいますよ? 子爵様」
完全なる無意識の反撃体勢。
もし私が短剣を持っていれば、彼の喉笛は一瞬で切り裂かれていただろう。
その確かな『死の気配』を感じ取ったのか、子爵は顔面蒼白になり、ガチガチと歯を鳴らして完全に固まってしまった。
そこに。
「――俺の妻に、何をしている」
応接室の重い扉が開き、ヴァルター様が絶対零度の声と共に現れた。
「ひぃっ!? こ、公爵閣下! 私は何も!!」
ヴァルター様は怯える子爵を一瞥もせず、真っ直ぐに私のもとへ歩み寄った。
そして、私の手からソーサーを優しく取り上げると、そのまま私を腕の中へとギュッと引き寄せた。
「ルナリア、すまない。俺が遅れたせいで、こんな輩の相手をさせてしまったな」
「し、師匠! 大丈夫です、私は何も……っ」
「無理をして強がるな。こいつに暴言を吐かれて、さぞ怖かっただろう」
(いや、震えていたのは完全に子爵の方なんですけど!)
だが、ヴァルター様は私を過保護に抱きしめ、大きな手で私の背中を優しく撫でてくれる。
私を庇い、慈しむような甘い声。
密着した胸板から伝わる、圧倒的な安心感。
ドクンッ!!!! ドクンッ!!!!
私の心臓が、本日最大音量で警鐘を鳴らす。
『ピカァァァァァァァァッ!!!!』
私の胸元のサファイアが、目を開けていられないほどの眩い青い閃光を放った。
「なっ!? 警報だと!? 貴様、俺の妻にどんな危害を加えた!!」
ヴァルター様が子爵を凄まじい剣幕で睨みつける。
「ひ、ヒィィィッ!! 危害なんて加えていません! そ、それにその光は!!」
子爵は腰を抜かして床にへたり込みながら、私の胸元の光を見て絶叫した。
「そ、それは王都でも限られた者しか手に入れられない『永遠の愛を誓う蒼の宝玉』! 着けた者の『愛の昂り』に反応して光るという……! ま、まさか、あの血も涙もない死神公爵のことを、目が潰れるほど熱烈に愛しているというのか……っ! な、何という常軌を逸した令嬢だ! お、恐れ入りましたぁぁぁっ!!」
子爵は完全に戦意を喪失し(というよりドン引きして)、脱兎のごとく応接室から逃げ出していった。
「……逃げたか。意味不明なことを喚いていたが、やはりあいつは、お前を狙う暗殺者だったようだな」
ヴァルター様は大真面目な顔で頷いている。
(ち、違います! ただ私の『愛の昂ぶり』に恐れをなして逃げていっただけです!)
私は顔から火を噴きそうになりながらも、必死に誤魔化すための理論をひねり出した。
「そ、そうです! きっとあの男、訳の分からない戯言で私たちを混乱させようとした、高度な精神攻撃の使い手だったんです! 騙されてはいけません!」
「なるほど……『愛』などという、お前が最も動揺しそうな言葉をあえて選び、隙を作ろうとしたわけか。卑劣な奴め。だが、よく耐えたな」
師匠は完全に納得した様子で深く頷いた。
よかった、誤魔化せた……!
「だが、警報の光がまだ収まっていない。やはり精神的ダメージを受けたのだろう。念のため、部屋で身体を隈なく確認させてくれ」
「ダメージなんて一切ありません!! これはただの魔力詰まりです! お気遣いなく!」
「遠慮するな。俺に身体を預けろ」
「だから! それ以上近寄らないでくださいぃぃっ! 光が、光がもっと強くなっちゃいますぅぅ!!」
……廊下で控えていたメイド長のマーサが、「(あの子爵、まさか王都の貴族界に『氷の死神の妻は、夫を光り輝くほど熱烈に愛している』という真実を広めるという、極めて有能な働きをして帰っていくとは……)」「(そして当の公爵閣下は、ギミックの真実を告げられてもなお『妻が暗殺者に狙われて心拍数が上がっている』と大真面目に勘違いしておられる……)」と、青い光が漏れ出す応接室の扉を見つめながら、満足そうに頷いていたことなど。
必死に師匠から逃げ回りながら茹でダコになっている私が、気づくはずもなかった。




