007 勇者レイオス戦 後処理
魔城ロギ・アルスヴァータと勇者レイオスの戦いはロギの勝利で終わる。ロギはダアガスの不可解な行動に首を傾げるが、戦後処理を優先させる。
(アムとベルフラウは生存している。レイオスの仲間三人の命はまだある)
「ルジャール! 残った女の中から一人を褒美としてやる。それを持って凱旋するが良い」
「おお! なんと寛大な処置!!」
ロギはルジャールが眼前で人間を解体するのを見たくない一心で彼に殺すべき三人の一人を下げ渡す。ルジャールは弱く抵抗している盲目の魔法使いを見る。それから片腕を失い出血多量で死にそうな狩人を見る。最後に壁にぶつけられた衝撃で失禁して臭いエミリーを見る。
「なればこの女を頂きましょう」
「き、貴様の玩具になるぐ……ぐら……」
「長く楽しむための麻痺毒だ。三日後には自分から死を望むようになる。その時が楽しみだ」
ルジャールは体を必死に振るわせながら抵抗できない魔法使いを荷物の様に担ぎ上げ、玉座の間を出る。出る前に優雅に一礼するのを忘れない辺り、ルジャールはかなり余裕を残してこの戦いを終えている。ルジャールは意気揚々とシャドーエルフの同胞、否、家臣が待つ拠点へと向かう。エルフ殲滅戦の最後の最後でコーティレルなる狂人に邪魔されてルジャールの名声は地に落ちかけていた。
しかし勇者レイオスとの戦いに唯一選ばれたシャドーエルフとして彼の名声は上向きになった。勇者レイオスに勝利し、そのパーティーメンバーの一人を生きたまま下賜されたとあれば、ルジャールの名声は天元突破する。彼は狩人の方が拷問し甲斐があると考えたが、魔法使いの方が長く生きると冷酷に判断した。それに狩人は片腕になっている。シャドーエルフは「勝利した戦闘で下賜された生きている五体満足の敵」を下賜される物の中で最高ランクに分類する。狩人の腕をくっつけて下賜しても魔法使いほどは喜ばれない。
(魔法使いの知識は惜しいが……他のを狙うか)
ロギは立ち去ったルジャールの行動を考える。魔城に食わせる事で貴重な魔法使い系のモンスターを生み出せる可能性が潰えたのを惜しいと考える。だがルジャールの働きに報いずケチな褒美を与える方が胃に悪い。
「二人を部屋に運べ」
ロギは魔城の力で治療したアムとベルフラウを部屋に運ぶようにゴーレムに命じる。ロギが生き残れたのはアムのおかげだ。相応に報いる必要がある。しかし獣人の女性が何を好むのかいまいち分からない。
(乙女ゲームじゃないんだぞ!)
ロギは頭を抱える。褒美一つで好感度が上下し、それがロギの生存に直結する。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では俸禄はオート処理され、褒美を取らせる必要は無かった。同じ感覚で行動したらシャドーエルフの強訴が発生した。シャドーエルフは本心を隠すのが好きだが、その行動自体は読みやすい。簡単に言うとエルフを殺して安定した生活圏が欲しいになる。なので勇者レイオス戦までは期待できる戦力だった。エルフが滅び、脅威が無くなったシャドーエルフが外に目を向けるかは疑問だ。ルジャールがレイオスとの戦いで積極的に戦ったのも、この戦いが大きい功績を稼げる最後の戦いと言う確信があったのが大きい。
(レグの発言を額面通りに受け取れるか?)
レグは獣人の国と言っていたが、ロギがそれを認める事に獣人が価値を認めるか怪しい。切り取って良い領域を伝えてあるし、それが成功する様に援助はしている。レグも今は大人しく基本方針に従っている。獣人の国が出来るまではこの関係は続けられる。しかし国が出来てからロギの事を完全に無視するかもしれない。ロギは無視出来ないメリットを与えている。獣人以外の知的生命体ならそうだと認める。
(自滅前提の弱肉強食だからなぁ……)
獣人に自滅する意志は無い。ただその社会制度は一定規模に達すると自滅する。そしてその一定規模が獣人の王の個人的才覚に依るので始末に悪い。レグなら城塞都市イスフェリアを中心として辺り一帯を押さえられる。しかしレグを殺して次のリーダーになる若者がレグに匹敵する器かは不明だ。個人の戦闘能力と個人の王の器には関係が無い。両方が高い基準で揃っているレグが一種の突然変異だ。
(魔城の力で強化すれば更に安定するが……)
ロギは強化したアムにその事をそれとなく問うた事がある。アムは「兄は望まない」と素っ気ない答えを返した。なのでロギはレグの強化を諦めた。アムの頑張りに答える形でレグを強化するのは少しおかしいが、アムが獣人社会で一定の地位を得るにはレグかレグの息子が強くあらねばならない。アムが強化に積極的だったのはそれだけ彼女の社会的立場が悪い事に起因する。
(本人に聞こう!)
ロギは投げやりな答えに辿り着く。望まぬ褒美を渡す気はない。下手に苦しめる気もない。内々で何らかの合意に達し、皆の前で盛大なセレモニーを執り行えば問題無いと結論付ける。ロギを除いて魔城に滞在しているのはアムとベルフラウだけなのでやりやすい。数百人の部下の目があればこうはいかない。魔城の勢力が未だ小規模な恩恵と言える。ただし、小規模と言う事は大規模な敵軍に対処できない裏返しだ。ロギはアムの褒美が片付けば拡大に舵を切る事を余儀なくされる。
(ベルフラウに褒美……役に立ったのか?)
ロギはベルフラウの戦いを振り返るが、最終的にはダアガスを抑えきれず、ロギは死を覚悟した。かと言って何も渡さないのは問題だ。最初から忠誠心の欠片も無い女だ。不満が貯まればロギが仕えるに値しない器だと判断するだろう。自由意思で去れるのならまだ良いが、ベルフラウはアザンディオスの命令で参戦している。ロギが死なない限り自由にはなれない。
(積極的に妨害はしないだろうが、勇者レイオスの二の舞はごめんだ)
ベルフラウが意図的に手引きしたわけではない。ロギとしてはいっそベルフラウが意図的に手引きしていた方がやりやすい。味方は分かる。敵も分かる。しかし味方のフリをする敵は分かり辛い。
(病的なファザコンだからアザンディオスに任せたいが、そうすると今度はアザンディオスが……)
ロギは四面楚歌だ。
「勝利の割には浮かない顔だな、友よ」
突然後ろから声が掛かる。
「アザンディオスか。薄氷の勝利だ」
「然り。ただ勝利は勝利だ」
「そうだな。もう少し喜ぶとしよう!」
ロギは必死に虚勢を張る。勝利には浮かれている。ただ後処理の事を考えるとその喜びが吹っ飛ぶ。
「食わせるのであろう?」
「勇者の聖剣と身分が分かる物以外はな」
ロギが指パッチンすると玉座の間から触手が沸き上がり勇者レイオスと狩人を闇に引き摺り込む。ロギにしか見えない画面にはレイオスは大量のマナとしか交換できない。狩人の方はそこそこのマナか狩人系のスキルが選択肢に出る。
(死んだ勇者まで特別なのか! 勇者の死体から勇者の事がもっと分かると思ったのに残念だ)
こうなっては前世のドラマで見た死亡解剖でもするしかない。それを出来るモンスターを揃えるためのコストを考えると諦めるしかない。ロギはレイオスをマナにする。狩人の方は何か特別なモンスターを産む素材になるかと期待するも、新しいモンスターはリストに追加されない。なので狩人もマナに返る。スキルは惜しいが代替が無いわけではない。
(ゴーレムとクラウンガーディアンも回収したか)
ゴーレムはいつもの様に処理し、クラウンガーディアンを見る。そこにステータスには乗っていなかった当たらなスキルがあるのを見つける。「鳳凰のエーギル」と表示されたそれがクラウンガーディアンが本来持たない再生能力を与えた何かだと瞬時に理解する。
(こいつを取り出すか? そうなるとこのクラウンガーディアンは廃棄だ。転生からずっと私を守って来た忠臣だが……)
ロギは「鳳凰のエーギル」を選ぶ。クラウンガーディアンが蓄積した経験、そして勇者レイオス対策で付与したスキル群が全て消滅する。クラウンガーディアンを復活させる選択もあり得た。しかしロギはそれを選べない。
(一生ここで暮らすならこのクラウンガーディアンと一緒で良い。だが私は世界征服をせねばならない魔城だ。守りに特化した存在にこのスキルは無駄だ)
魔城は攻めなければならない。それならアリシアの様に最前線で戦うモンスターにこそ「鳳凰のエーギル」が輝く。そんなモンスターを選べるのがいつか分からないが、次の国を攻め落とす前に必要になると考える。
「ん? ドラゴニアンの方は食えないのか?」
「ドラゴニアンの呪いだ。面倒な事を」
アザンディオスが知っている風に言う。
「それはなんだ?」
「血の掛かった場所に強力な回復阻害の力が働く」
(回復阻害!? アリシアの石像の修復を開始出来るのが300年後だと!?)
ロギは余りの事に驚いて固まる。莫大なマナを投入する事で修復開始時間を短縮できる。ただ、それにリソースを投入する事は出来ない。リターンが余りに少ない。
『アリシア! アリシア! 聞こえるか!?』
ロギはアリシアに念話を飛ばすが返事は無い。繋がっている気はするが、確信は得られない。
(異常事態だ! 誰かを派遣せねば!)
「石像が壊れた程度で魔将は動じぬ」
「はっ! そうだな。当たり前だ」
ロギはアザンディオスの台詞で我に返る。繋がりが薄くなった。だが繋がりはある。下手に騒ぎ立ててはそれこそ異常があると認めるようなものだ。
「この死体は数日で崩れ落ち、呪いのみが残ろう」
「玉座の間にドラゴニアンの腐乱死体があったら大問題だ」
「然り」
「ああそう言えば。一人残っているな」
「……」
「どうした?」
ロギはアザンディオスなら「もう殺した」と答えると思っていた。しかしアザンディオスが無言だ。
「あの少女の姉とは少々縁があってな」
「ベルフラウも何か言っていたな」
ベルフラウは自分の活躍を三割増しでロギに語っていた。当然エミリーとその姉の話もあった。
「あれの処分を任せてくれぬか?」
「アザンディオスが望むのなら構わないが……」
ロギはセコイと思われたくない。しかしアザンディオスが何を出すのか分からぬ状況では頷き辛い。
「こいつは帝国の公爵家の娘だ。グラースエヴァン王国を掣肘させる」
「……任せる」
ロギは魔城が出来ない外交をアザンディオスがやると聞いて驚く。
「しばし待たれよ」
その時、ケーレニオンの石像から声がする。
「ケーレニオン? 珍しいな」
ロギが手紙を受け取った時ですら声を出さなかったケーレニオンが動く。
「また友を厄介ごとに巻き込む気か!」
アザンディオスが不機嫌そうに言う。
「巻き込むとは酷い。魔城が復活したのはこのケーレニオンのおかげ」
「貴様の使った術式を考案したのが我だと忘れたか?」
「発想が行き過ぎていて、この大天才ですら理解するのに数年は要した。常人が理解出来るのに何百年掛かるか」
ケーレニオンが言う常人とは有史以来数人しか到達出来ていない魔法の極みに触れた者達だ。それらを遥かに超越した理論を扱えるアザンディオスはまさしく神が如し力に触れている。
「止めよ。口喧嘩するために来たわけではあるまい?」
ロギが二人を止める。
「おお、そうでした! これを」
ロギの前に一冊の古い本と何らかのエンブレムが落ちる。
「これは?」
拾いあげたアザンディオスが興味深そうに見る。
「これは現帝国皇帝の叔父がこのダンジョンに挑んで死んだ時に回収された日記です」
「これの事をあれを通じて帝国に、か?」
「小娘一人では足りないでしょう」
アザンディオスとケーレニオンが政治的なやり取りを続ける。ロギは分かっているふりをして相槌を打つ。
「くくく、これは面白くなりそうだ。友よ、我は行く」
「うむ」
アザンディオスは新しい玩具を見つけた喜びで素早く離脱する。
(ベルフラウに会って行けよ……。目覚めたらまたヒスを起こしそうだ)
ロギは顔を引きつらせながら考える。
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