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001 玉座のロギ

5章開始です。


この章でフェリヌーン隷国関係が終わり、外の世界が動き出します。


ロギ・アルスヴァータは玉座の間で目を瞑る。護衛用のゴーレム数体が無言で佇む。ここ最近はエルフ殲滅から獣人の受け入れ、そしてベルフラウの合流と忙しい日々が続いた。勇者レイオス一行が迫る慌ただしい中でここまで上手く捌けたのは奇跡だとロギは考える。そんなレイオス一行が魔城に到着するのは三日後だ。何かをゆっくり考え、新たな仕込みをするのは今日が最後になる。ロギはレイオスを倒した前提で次の一手を探る。負けたらそこで全てが終わりなので負けた場合の事を考える必要が無いだけ気が楽だ。


(考えるべきは獣人、アリシア、そしてシャドーエルフか)


 アムを始めとした獣人の女子供を魔城に入れ治療を施した。ヴィアラが突破した洞窟からフェリヌーン隷国に入ってからは食糧を惜しまず提供した甲斐があって瘦せ細っていた女子供はかなり肉付きが良くなっている。今は獣人達に与えた北西のキャンプ地にゴブリンが紛れ込んでも爪で八つ裂きに出来る。勇者レイオスとの戦いに参加はしないし、レイオスもここを狙いはしまい。彼女たちの今後はレグ次第だ。


 そして獣人の国を欲したレグはロギの命令通りに動いている。ロギの認識できる限り、イスフェリアに逃げ帰っている敗残兵と接敵するのは明日だ。レグは愚かにも西へ追撃したいと言ったが、ロギが許さなかった。敗残兵より早くイスフェリアへ向かい、西から攻める様に厳命した。イスフェリアの民は自軍が殺される様を手をこまねいて見守るしか出来ない。敗残兵はイスフェリアから獣人が来たと知れば故郷が落ちたと考え戦意を保てない。敗残兵になり逃げ帰るためだけに団体行動をしている。幾ら獣人の数が少なかろうとも鎧袖一触になる。


 敗残兵は来た道を戻ろうとするだろう。しかしそこにはホープエンドから出た追討部隊が居るはずだ。居てくれなくては困る。ホープエンド領主フランク・ガルダーソンは平均的な田舎領主だ。ロギはイスフェリアとの戦争で冒険者ギルドマスターのウェスが死んでいなければもう少し安心出来たが、ウェスが生き残った方が面倒だったとも考える。アリシアはフランクが兵を率いて西へ出たと言っている。大きな道は一本なので迷う事は無い。道中にシャドーエルフの小隊を一つも配置出来ていない事が悔やまれる。


 レグと獣人はイスフェリアとホープエンドの違いなど分からない。ロギも教える気はない。レグはイスフェリアの敗残兵を潰し、そのままホープエンドの追討部隊を潰す。フランク・ガルダーソンを討ち取れたら最高だが、期待し過ぎないようにしている。上手くいけばフェリヌーン隷国にある二大都市の上層部は全滅する。


 指導者を失った大都市が機能を維持できない。中から自滅するのは時間の問題だ。特にイスフェリアが備蓄している食糧はロギの想定している十分の一だ。既に一部では数日飯抜きで凌いでいる市民が居る。そんな所に飢えた敗残兵が近づいても城門が開かれるかは分からない。ロギは獣人が敗残兵を倒す事でイスフェリアにダメージを与えると考えたが、敗残兵が無事に帰還出来た方がイスフェリアは深刻な事態に見舞われていた。


(レグが城塞都市を攻められるとは思えないから援軍を用意するとして……)


 イスフェリアは落とす。それは既に決定事項だ。イスフェリアの西にある絶望の関門は閉じられるのか? 関門を超えた先のグラースエヴァン王国はどう動く? 王国は関門を突破させまいと戦力を集中する。そして戦力が集中出来る前にイスフェリアが落ちないように援助をする。そしてロギは王国がそう動く前提で基本戦略を立てる。


(魔城の力を持ってすれば山脈など幾らでも崩せる)


 人類は西の山脈が人類を魔城から守る防波堤だと錯覚している。ロギからすれば、あの山脈は魔城の力で作られたものだ。魔城が人類から身を護るための防波堤だ。そして絶望の関門と呼ばれる抜け道は勇者が魔城を倒すために山脈をぶち抜いた結果でしかない。アリシアなら同じ事が出来る。ただし、アリシアが「出来る」と思い込まねば不可能だ。ロギは未だアリシアに眠っている勇者と魔将の潜在能力を引き出す術を知らない。


 ロギは山脈を崩す気はない。王国が管理する関門がもっと強固にならないか日々祈るほどだ。なので獣人にイスフェリアを与えた後は獣人と王国には小競り合いを続けて貰う算段だ。そしてその隙にレイオスの洞窟と呼ばれている勇者レイオスが切り開いた新たな密輸洞窟を越える。先方を務めるのは勇者アリシアだ。


(ダアガスが学園に送ると言っていたが、こちらにも都合が良い)


 ロギは一人ほくそ笑む。これから起こる事をアリシアに見せないで済む。優しいアリシアはホープエンドとイスフェリアが灰燼に帰す様を見ていられない。そうしなければロギが滅びると伝えても、アリシアの躊躇は消えない。ならばしばし遠方に送った方がお互いのためだ。数年後にアリシアが帰って来る頃にはフェリヌーン隷国、そしてもう一国くらいは征服し終えている。ロギも一息付ける。戦争し続ける宿命を持つ魔城はその武威を世界に示し、未だ揃わぬ魔将はこぞって魔城に集まるはずだ。


(それにアリシアが外に一歩出れば、そこは敵だらけだ)


 アリシアの祖母は旧ティファーニア農国を滅ぼしたとされる女王だ。ロギがこれまで調べ上げた限り「王配への愛で滅ぼした」という単純な理由ではない。しかしわずか半年で亡国への道を転げ落ちたティファーニア農国の最期は謎だらけだ。イスフェリアとホープエンドのサキュバスから強奪した資料に何か載っているかもしれないが、それを解読出来る人員に余裕が無い。


 ただ一つだけ確実な事がある。グラースエヴァン王国の一部はアリシアの生存を容認出来ない。必ずアリシアを殺すために動く。彼らが非道な手を使えば使うほどアリシアは人類に絶望する。その絶望が一定値を越えればアリシアは身も心も魔将となる。ロギはアリシアがそうなる様にお膳立てするのは簡単だ。イスフェリアとホープエンドを滅亡一歩手前まで追い詰めた手腕を発揮すれば容易い。しかしロギはそんな事をしない。彼は味方にはただ甘であり、アリシアを悲しませる様な事を主導する気は毛頭ない。愚かな人間がアリシアを悲しませ、アリシアがそんな愚かな人間に絶望するのが大事だ。ロギはアリシアがピンチになれば力を貸すだけだ。


(ホープエンドの奴隷や残った民の問題は棚上げするしかない)


 棚上げとは死と同義だ。ロギは彼らに思い入れが無い。アリシアにあろうとも、肝心のアリシアは遠方に行く。ロギはアリシアがどう動くか見守る事にした。アリシアがダダをこねれば十数人は一緒に西へ連れて行けるだろう。連れて行けてもアリシア抜きで生存は厳しい。大半の人間ならまだ生活が出来ると思い込んでいるホープエンドから動くのを断る。


(ホープエンドの人間はシャドーエルフに任せられたら楽になるが……)


 ロギはアリシアの事に一区切りつけて、シャドーエルフの今後に思いを馳せる。ロギが目覚めた最初期には頼れる種族だった。エルフと言う共通の敵が居た。ロギはシャドーエルフに力と民を与え、シャドーエルフはロギでは作り出せない自立行動が出来る小隊長を提供した。この蜜月が続くのなら世界を征服するその日が続けても良かった。しかし魔城とシャドーエルフの道は違えようとしている。ロギ、そしてシャドーエルフの王を僭称するルジャールの決断一つで両者は全滅戦争に向けてひた走る。


(今は世界樹を切り落とす作業で忙しいのが救いか)


 シャドーエルフはエルフ殲滅をロギ抜きでやろうとした。しかし最後の最後で暴走したエルフ巫女長コーティレルが目覚めさせたブラッディトレントと言う狂獣に蹂躙された。ルジャールに取ってそれはシャドーエルフ族最大の汚点として記録されている。その恥を少しでも雪ぐべく、シャドーエルフ総動員で世界樹を切り落としている。作業は難航しているが、ルジャールが助けを求める事は無い。


(ルジャールを王にして南東を与えるのが最善か)


 ロギは難しい顔をして顎を摩る。エルフの領地をそっくりそのまま与える事に異論はない。ただそれは魔城の大戦略に一切寄与しない悪手だ。ロギはシャドーエルフにホープエンドとイスフェリアを与える予定だった。獣人が来たのでイスフェリアは獣人に与える事で決着がついた。それでも西のホープエンドが完全な浮き駒と化したままだ。


 魔城を滅ぼす敵の進軍経路は絶望の関門を越えてイスフェリアを落とし、ホープエンドを経由して魔城に至る。ホープエンドには魔城に忠誠を誓い後が無い種族を入れるのが上策だ。潜在敵の人間に任せるなどもってのほかだ。シャドーエルフの本拠地が魔城の南東になるとホープエンドの防衛に命を賭けない。それでは駄目だ。ロギは任せられる種族がいない事に頭を悩ます。


「魔城様に報告します!」


 玉座の間に通じる大扉の向こうからヴィアラの声が聞こえる。


「入れ」


 大扉は一人でに開き、シャドーエルフのヴィアラが入室して部屋の中央で片膝をつく。


「勇者レイオス一行が最寄りの廃村に今日中に到着します」


「ついに来たか」


 ロギは覚悟を決めて頷く。


「いつ攻めれば?」


「手を出す事はならん」


「し、しかし!」


「ヴィアラの心配は嬉しい。しかし私自らが勇者と決着を付けねばならない」


 ロギは内心でアザンディオスの助力を断った自分に怒る。勇者は人間以外の存在に対して圧倒的な強さを持つ。人間相手にも圧倒的な強さを持つが、人間は勇者を殺し得る。人間以外で勇者を殺せる存在は恐ろしく少ない。ロギの知る範囲で神獣、狂獣、勇者そして魔将なら勇者を殺せる。レイオスと戦う魔将はロギ一人。分が悪いを通り越して自殺行為だ。それでもロギはレイオスに挑む。自分が魔城であると世界に証明するには勝たねばならない戦いだと本能が訴えている。


「はっ!」


「シャドーエルフに一つ命を与える。勇者レイオス一行にメッセージを届けてくれ」


「お任せを!」


 ヴィアラはメッセージの内容に驚くも、その大任を自身でこなすと決める。本来ならルジャールに相談すべき案件だが、ヴィアラはルジャールとその一党にこれ以上功績を渡す気がない。同じシャドーエルフでも事実上村八分状態のヴィアラはもはや魔城以外に頼れる後ろ盾がいない。そんな中でルジャールがこれ以上強くなるのを避ける事が彼女に取っての最優先だ。あわよくばルジャールが勇者との野戦で事故死する事を期待したが、そんな浅はかな作戦はロギに見破られたと錯覚した。魔城に捨てられるわけにはいけない一心でヴィアラは困難なメッセンジャーの役目に向かう。


 ヴィアラとすれ違う様にベルフラウが我が物顔で玉座の間に入る。最初に魔城へ訪れた時の弱弱しいダンピールの面影は無く、強力なヴァンパイアの雰囲気を身に纏う。そんなベルフラウを警戒して、大半のシャドーエルフは距離を取る。ヴィアラもそんな一人だが、他のシャドーエルフよりは率先して友好的な関係を築こうとしている。シャドーエルフの中で唯一「少し本気」のアリシアを見て、世界との付き合い方を変える必要性に気付いた故の行動だ。


「ロギ様、良かったの?」


 ベルフラウはヴィアラの内心を見抜いたかのように問う。


「構わん。それより体の調子はどうだ?」


 ロギはベルフラウの言っている事が分からず、話題を強引に変える。


「ええ、素晴らしいわ! 流石お父様が選んだ素材! もはや勇者だって縊り殺して見せるわ!!」


 上機嫌のベルフラウを前に「それは無理だ」と言うのを控える。


「もうすぐレイオスが来る」


「ついに決着を付けられるのね!」


 ベルフラウは笑顔で言う。レイオスをここまで連れて来た事をすっかり考慮してない。


「アムの方はどうだ?」


「エミリー……勇者パーティーのヒーラーよりは強くしたけど、それ以上は期待できないわよ?」


「十分だ」


 ロギはレイオスとの決戦を控えルジャール、ベルフラウ、そしてアムに持てる余剰マナの全てを注ぎ込み強化している。そして獣人の優れた身体能力を持つも、実戦経験が乏しいアムにはベルフラウを臨時講師として付けた。強敵と戦うだけならアムよりレグの方が適している。前線から一時引き抜き強化した方がリターンは大きい。しかしロギはレグを使う事を早々と諦めていた。


(レイオスとの戦いに勝つには「言う事を聞く」人材で固めるのが最適だ)


 レグは強い。戦闘能力、精神力、そして野心。強化さえすれば勇者と戦うに必要な水準に達する。しかしパーティー戦にもっとも必要な協調性だけが無い。レグならレイオスが強いと言うだけで突進し、一撃で斬り殺されて終わる。勇者の正しい殺し方を伝えても獣人の本能がそれを聞き入れない。そんなレグを使うのなら、カレンティーナ(・・・・・・・)の選んだアムの方がまだ期待できる。


「ルジャールとアムには魔城で待機する様に伝えよ! 勇者を討つ!!」


 ロギは力強く宣言する。ロギが魔城となって半年近く。ついに魔城の天敵である勇者と相まみえる!


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