008 フェリヌーンエルフ戦争 魔城vs狂獣コーティレル
ロギは城壁の上から迫りくる巨大な敵を見据える。
「狂獣コーティレル。聞かぬ名だ」
ロギは『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』で似たモンスターが居たか思い出そうとする。発狂したエルフの諸勢力が繰り出す最終兵器ブラッドトレントと類似性が高い。ロギはコーティレルがそれのネームドモンスターだろうと推論する。コーティレルがブラッドトレントの額に埋まっている女エルフの事だと露ほども考えない。
「ルジャールは西へ退いたか」
ロギの横で片膝をついているシャドーエルフの伝令が少し頭を上げるも、すぐに下げる。ルジャールは魔城に度重なる戦力追加を頼んでおり、シャドーエルフの伝令が輪番で魔城に控えている。伝令の男は、もし魔城がルジャールに「狂獣相手に戦え」と言えば、それを伝えるべきか迷う。ロギはまるで狂獣の脅威が分かっていないかの様に薄ら笑いを浮かべている。あの狂獣だけでホープエンドとイスフェリアは簡単に壊滅し、絶望の関門すら抜かれる可能性がある。そんな化物にシャドーエルフがぶつかれば全滅は必至だ。伝令は道中行方不明になればルジャールの責任は無くなると考える。シャドーエルフのために魔城とルジャールを裏切る覚悟を決める伝令の心配をよそに、ロギは真逆の事を言う。
「ルジャールに伝令。邪魔だから近づくな」
「は? ……必ずや伝えます!」
伝令は一瞬何を聞いたのか理解出来ずに放心する。そしてロギの気が変わる前に伝令を伝えに走ろうと考える。
「おお、そうだ!」
しかし伝令が動けるより前にロギが話を続ける。
「エルフの本拠地は丸裸のはずだと追加で伝えよ」
「はっ! それだけで?」
「ルジャールの判断を信じる」
ロギはルジャールを持ち上げたつもりだったが、伝令はルジャールへの死刑宣告と取る。これを聞いたルジャールも同じく。これほどの醜態をさらし、「判断を信じる」と言われた日には毒酒をあおり憤死するしかない。
「世界樹は良い素材だ。出来るだけ良い塊で回収してくれ」
シャドーエルフがそんな事を考えているとは知らずにロギは追加で希望を言う。ロギがエルフ討伐を認めた理由の八割が世界樹の素材としての価値だ。魔城は内政と外交が出来ない。そんな魔城に取って植物由来の天然素材としては頂点近くの世界樹は破壊する価値が大いにある。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では世界樹の枝から削り出した木刀は人の作った大半の武器より攻撃力が高く設定されている。アリシアの様な魔将がフルパワーで振り回せばすぐに壊れる。しかし正体が振るえば長く持つ。
「なんと寛大な処置! 命に代えてもルジャール様に伝えます!」
これを助命の条件だと勘違いした伝令が深々と礼をする。そしてロギが意味を問える前に全速力で走り出す。一刻も早くルジャールの下にはせ参じ、シャドーエルフの命運はまだ消えていないと伝えなければならない。
(なんだったんだ?)
困惑したロギが小さくなるシャドーエルフの背中を見る。後で確認すれば良いかと思い直し、ロギは玉座の間へ転移する。城壁の上からでも問題無くコーティレルと戦える。ただロギは形から入るのが好きだ。魔城なら玉座の間で敵を迎え撃ってこそだ。ただしロギには一つの確信がある。
(入って来ないだろうな)
コーティレルの大きさからして、西側にある魔城の正門から攻め込む事はない。となると城壁越しから枝で攻撃をする事になる。枝の一撃と魔城の魔法障壁の戦いになる。そしてコーティレルの能力値を見る限り、魔法障壁は突破出来ない。この世の終わりみたいな顔をしていたシャドーエルフには悪いと思いつつも、コーティレルとの戦いは魔城の勝利で終わるのが分かっていたので、ロギは気が楽だ。ルジャールが下手に頑張って、コーティレルが魔城以外を攻撃対象に選ぶ方が面倒だった。
(何せ動けないからな!)
魔城は不動だ。コーティレルが攻めてこなければ、魔城が出来る事は少ない。出来る限りバリスタゴーレムの攻撃が遠方に届くようにするのが関の山だ。ロギはコーティレルが他を攻撃している間に自己回復を繰り返し、そのせいで魔城が魔法障壁を張るのに使うリソースが無駄に消費される事を嫌った。ロギはそのためにルジャールにシャドーエルフが美味しいと思える獲物を提示した。そしてロギがレーダーで見る限り、ルジャールはエルフの本拠地を目指して東進する。
(アリシアを呼べれば最高だが……今は無理か)
ロギはホープエンドに居るアリシアの方に注意を向ける。現在ホープエンドはイスフェリアに攻められて風前の灯火だ。アリシアとダアガスのおかげで辛うじて持っているが、勇者とダンピールのコンビ相手にやや劣勢に陥っている。イスフェリアはそれだけでホープエンド相手に優位に立てる。ただ一気に押し切れるほど圧倒的ではない。ロギは彼が差し向けた二人のシャドーエルフの働き次第で戦況が動くと考える。ただ、それは今日ではない。なのでロギはコーティレルに全神経を集中する。アリシアの大事をこんな独活の大木のせいで見逃すわけにはいかない。
ドガァァァン!
コーティレルの枝が魔城の魔法障壁に当たる。小さな枝が降り注ぐも、魔法障壁は揺らがない。コーティレルは何回も殴打するが、目立った効果は無い。
「ほう、一撃で魔法障壁を一厘持って行くか」
ロギは冷静に敵の攻撃を分析する。敵の攻撃は一厘。次の敵の攻撃が来るまでに魔法障壁は八毛ほど自動回復する。ロギが余剰のマナを使えば魔法障壁は瞬時に全回復する。コーティレルの攻撃が変わらなければ百年でも二百年でも戦える。
「バリスタゴーレム、放て!」
声を出さずとも良いのだが、ロギは気分の問題で攻撃を叫ぶ。コーティレルの進行方向に合わせて南東の城壁に移動させた二十体のバリスタゴーレムがバリスタ矢を放つ。本来ならば十回放って一回当たれば良い計算のバリスタ矢が全部コーティレルを捉える。巨大すぎる体が至近距離で暴れている。激しく動いている枝を狙わなければ放てば当たる。
「私の美しい身体に傷を! 許さぬ!!」
ロギには女性の声が聞こえる。だが前世で近所に住んでいたヒステリーババァを思い出す金切り声だったので耳を塞ぐ。敵が何を言おうと聞くだけ無駄だ。例え相手が降伏しようとしても、魔城の外交が使用不可なため、降伏を受け入れることが出来ない。ロギが手動で降伏を受理すれば可能だが、ロギ自身がそれに気付いていない。
「下手に知能があるタイプは面倒だ」
ロギはそう語るも、何か変える事はしない。コーティレルは効かぬ攻撃を繰り返し、勝手に消耗している。定期的に放たれるバリスタ矢が更にコーティレルを追いつめる。このまま同じ事を繰り返せば勝てる段階まで来た。だがロギはこれで終わると油断しない。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では体力が一定以下になると行動パターンが変わるネームドモンスターが多い。
「許さぬ! 許さぬと言っている!!」
半狂乱になったコーティレルが枝を両腕の様にして魔法障壁を滅茶苦茶に叩く。明らかにコーティレルの方がダメージを受けているが、彼女は痛みを感じていないのかもしれない。
「一発で三厘! 次の一撃までに回復が一厘二毛。ダメージ効率は上がっているが……」
ロギが見ているコーティレルのステータスでは、彼女がこの攻撃をするために彼女自身にダメージが入っている。強い攻撃を放つ代償で自分がダメージを受ける攻撃はそれほど珍しくない。そしてそう言う攻撃は見た目以上に効果が薄い。
「私の腕がぁぁぁ!!」
やっと痛みを感じたのか、コーティレルの悲鳴が轟く。レーダーを見るとエルフの本拠地を攻めているルジャールの動きが一瞬止まる。ロギはあそこまで響いたのかと内心驚く。
「おっと! 攻撃チャンス!!」
女性の上半身を狙ったバリスタ矢は常に阻まれていた。しかし両腕を失った今となれば、通るに違いない。一縷の望みに賭けてロギは虎の子のドワーフ製のバリスタ矢を一本配備する。そしてそのバリスタゴーレムが自壊する程の強化魔法を掛ける。ロギのバックアップを受けて真っ赤に輝き出したバリスタゴーレムがコーティレル自身を狙う。
「ぎゃあああ!!」
放たれたバリスタ矢はコーティレルを守ろうと動くしなる枝を三本貫通して見事コーティレルの胸の間に深く突き刺さる。
「ちっ! ダメージが少ない」
コーティレルの悲鳴から致命傷に感じるが、実際には体力が一割減った程度だ。ロギはあの女性の上半身が疑似餌の様な役割を担っていたと割り切る。
「ふしゃあああ!!」
もはや人の言葉を忘れたのか、それとも幹から声が出ているのか、人が理解できない様な言葉と共に根で魔法障壁を蹴る。
「無駄……ん? ほぅ、巻きつくか!」
ロギは敵が蛇の様に巻き付いて魔城を押しつぶそうとしている様に感じる。もし西門から根を入れて来たらロギは対処に苦慮する。そうなればホープエンドを見捨ててアリシアを強制召喚するしかない。しかし疑似餌に致命傷を与えた事が良かったのか、コーティレルはそんな行動を取る素振りすらない。
根が幾重にも魔法障壁の周りを巻き、幹が魔法障壁の上にのしかかる。これには流石の魔法障壁でも無効化出来ず、大小のヒビが入り出す。このまま行けば魔法障壁が割れ、コーティレルが玉座の上に倒れ込む。そうなればロギ、そして魔城は滅び去るだろう。
「ありがとう。これでエンドだ」
ロギはコーティレルが密着した事を喜ぶ。魔城の最強攻撃は射程が零だ。本来は防御用に使う魔法でこんな大物を倒すのは『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』では絶技とされる。
「フレイムウォール!!」
「ぎゃあああ!!」
ロギの叫びと共に魔城の外壁が高温になり、流れるマグマの様になる。それがコーティレルの幹と根に絡み彼女の体を容赦なく燃やす。コーティレルは左右に身体を強請って必死に逃れようとする。しかし幾重にも巻いた自分の根がそれを許さない。もしコーティレルがエルフと共闘していれば結果は変わっていたかもしれない。ヤーラスほどの実力者なら根だけ切り落とし、幹が安全圏に逃れる支援が出来た。
「ゴーレムアーチャー! 火矢を放て!!」
これまで効果が薄いと温存していたゴーレムアーチャーに火属性の駄目押しをする。
「ジャイアントストーンゴーレム、出番だ!」
ロギが指を鳴らすと二体のジャイアントストーンゴーレムがコーティレルの後ろに召喚される。魔城の支配領域なら何処にでもモンスターを召喚できる。その支配領域そのものが狭いので敵の背後を取る使い方は中々出来ない。二体のジャイアントストーンゴーレムはエルフの本拠地で蹴り殺された鬱憤を晴らすかのように容赦ない攻撃を繰り返す。
「折角私が相手をしているのだ! もう少しガッツを見せてみろ!!」
ロギが叫ぶ。しかし敵からは弱い悲鳴しか聞こえない。ロギは無意識にルジャールの強訴で死にかけたストレスのはけ口を求めていた。そこにちょうど良いサンドバッグならぬウッドブロックが来た。ロギは否応が無く期待していた。前世で勇者に攻め込まれた最終決戦を彷彿させるひりつくようなバトルが体験できると信じていた。しかし蓋を開けてみれば魔城だけで完封勝ち出来る程度の敵でしか無かった。
「もう良い」
ロギが吐き捨てるのとコーティレルが絶命して崩れ落ちるのはほぼ同時だった。有用な素材となるコーティレルを魔城に回収させて、玉座でため息をつく。勝利は勝利でも不完全燃焼だ。
ロギは不満だったが、シャドーエルフは崩れ落ちるコーティレルを見て拍手喝采を送る。コーティレルならシャドーエルフを倒せると間違った期待に縋りついていたエルフ最後の抵抗勢力は崩れ落ちる。そして崩れ落ちる傍からシャドーエルフに狩られる。ルジャールは彼特有のオーバーアクションで魔城の凄さを声高に叫ぶ。彼の内心を伺い知れるシャドーエルフはいない。ただルジャールの発言を額面通りには受け取れないと感じる。
その夜にはエルフの本拠地に残っていたエルフは狩りつくされる。そしてシャドーエルフはロギの命令通りに世界樹を伐採せんと斧を振る。
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