↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/144

007 フェリヌーンエルフ戦争 エルフの生贄

 エルフの本拠地はパニックに陥っていた。世界樹の力で強化された外壁が敵の侵入を許した事はない。エルフは過去に外の拠点をモンスターに破壊された事がある。今回も同じ様に本拠地だけ残り、しばらくすればまた外に広がれば良いと考えていた。エルフたちは失念していた。戦っている相手が野良モンスターでは無く、知性を持った種族だと言う事を。過去に大陸を支配していたエルフをこんな僻地に追いやった人間と同じように知恵と工夫で敵だと言う事を。


「魔法を使える者はツリーハウスの壁を盾に戦いなさい!」


 魔法長イスナーが一人でも多くのシャドーエルフを殺さんと檄を飛ばす。エルフの魔法使いはシャドーエルフが捕虜を取らないのを知っている。故に死に物狂いで魔法を放ち続ける。


「この魔法攻撃の中では前進出来ない!」


 シャドーエルフの小隊長が悲鳴を上げる。エルフを殺せるのなら死すら恐れないが、無駄死には価値を見出せない。


「大丈夫だ! やっと来たぞ!」


 後方を監視していたシャドーエルフの小隊長が笑顔で叫ぶ。彼が見ている先にはノロノロと迫る多くのグールが見える。


「鈍足だが、この場ではありがたい!」


 グールを生きた盾にして攻め上がる。室内戦になれば魔法使いのエルフより軽戦士のシャドーエルフが強い。グールの小隊に任せても良いが、それだと時間が掛かる。それにエルフの死体は綺麗な方が魔城に価値があると聞かされている。自分の趣味を満たしながら綺麗な死体を作れるチャンスをグールなどに渡すシャドーエルフはいない。


「前進! エルフの魔法使いを殺せ!!」


 ダークエルフの小隊長はグールの小隊を突っ込ませる。エルフの魔法使いは必死に応戦するも、グールの数が多すぎる。最初の家にグールが辿り着いた段階で戦いはただの屠殺となる。


「だ、誰か助け……」


 エルフが助けを求めた同僚はグールに首を嚙み切られ力なく床に落ちている。


「グールめ、もっと綺麗に殺せ!」


 そんなグールを遅れて来たシャドーエルフが叱責する。


「き、貴様ら!」


 エルフはシャドーエルフを見て怒りが沸々と湧き上がる。怒り任せに杖を振り上げるが、次の瞬間に切り伏せられる。


「時間があればじっくり拷問するんだが……」


 シャドーエルフは残念そうに言う。


「略奪をする暇はないか」


 違うシャドーエルフが言う。


「そうだな……おかしいぞ」


 私物を漁っていたシャドーエルフが何かに気付く。


「どうした?」


「この落書きを見ろ」


 シャドーエルフから見ればただの落書きだが、人間なら芸術の天才ともてはやすほどの出来だ。


「こんなのに意味があるのか?」


 もっと実用的な物は無いのかと呆れるシャドーエルフ。


「これには女と男と子供が描いてある」


「女と男はあの死体か」


 そこで初めてこの落書きがこの家の住人だと気付く。


「子供は何処だ?」


「隠れているのか!?」


「グール!」


「グ?」


 グールは一通り部屋の中を嗅ぐが、生きているエルフは発見出来ない。


「グールでは分からない。余程上手く隠れているか……」


「ここにはいないか」


「だが何処に?」


「中央、世界樹の麓に多くの気配がある」


「そこに避難したのか? 殺されるだけなのに愚かな」


「しょせんはエルフだ」


「違いない」


 シャドーエルフが笑いながら次の家を目指す。今日がエルフの命日となるだけに上機嫌だ。


***


「急ぎなさい!」


 エルフの巫女長コーティレルがヒステリックに叫ぶ。世界樹の声が聞こえる彼女はこの本拠地が滅亡の危機にあるのが分かる。それ故に動きが遅いエルフにイラつく。既に自分を守る専属のエルフを防衛戦に供出している。それは彼らなら少しでも時間を稼げると期待しての事。それなのに守るべきエルフがこの様ではコーティレルの怒りは自明の理だ。


「や……止めるんじゃ」


 コーティレルに致命傷を負わされた老座長が壁に寄りかかりながら訴える。その手には世界樹を切り落とすべく代々座長に伝わって来た斧が握られている。


「まだ邪魔をするか、大罪人!」


「世界樹が民の地を求める時……それが世界樹を滅ぼす時……コーティレル、巫女長よ、それを一番良く分かっているのは其方だ!!」


「知らぬ! 知っていても認めるものか!!」


「ヤーラス……其方の腕なら……」


 座長はコーティレルに従い作業をしている大隊長ヤーラスに問いかける。


「座長、私はこのまま滅びるのなら世界樹様に賭けます!」


「愚かな……」


 座長はここまで自分の命を支えた力が急速に減じるのを感じる。ヤーラスに斧を託せればまだエルフは滅びないで済むかもしれない。そう思ってここまで這って来た。座長はエルフの落日をその目で見ないで済むのだけが救いだと思い、最後の息を取る。


「そのゴミを片付けよ! 生贄の子供たちはまだか!!」


「何人かの母親が抵抗していますが、もうすぐ斬り殺しが終わります」


「良くやった! やはり最後に頼れるのは大隊長よ!」


 既に正気を失ったかのような会話をさも当然の様に続けるコーティレルとヤーラス。本拠地に残っている子供たちを捧げれば、エルフが再興するために必要な若手が枯渇する。出生率が低い残った大人が必死に子供を増やせたとして、二百年は掛かる。そしてそれだけの時間があればフェリヌーン隷国の人間はエルフの支配領域に足を踏み入れる。無論、魔城と言う最悪の存在が近くに鎮座しているため生贄の儀式が成功してもエルフの未来は暗い。


 座長はせめて子供たちだけでも南の山脈に逃がしたかった。古き盟約を守るドワーフが住んでいるはずだ。彼らがどんなにエルフ嫌いだとしても、エルフの子供を害する事は無いと信じられた。自分を守るために子供の生贄を求める世界樹より期待出来た。戦士長シィーミスか魔法長イスナーがこの場に居れば違ったかもしれない。しかしコーティレルはこの二人が反対すると知っており、シャドーエルフ相手に死ぬ場所へ送り出した。


「ぐす……」


 木製の鎖に繋がれ、裸に剥かれたエルフの子供百人が鞭を打たれながら進み出る。


「やっと来たか!」


 それを見てヤーラスは安堵のため息を漏らす。これでシャドーエルフを撃退できる。再建は難しかろうが、コーティレルを孕ませれば二人の子供がエルフ王として君臨出来る。そうすればエルフの黄金時代が再び訪れる。もはやエルフの子供でも浸らない妄想にどっぷり浸かったヤーラスがにやける。その姿を親が殺された子供の様に睨んでいるコーティレルに気付かない。コーティレルはヤーラスを説得するために色目を使った事を恥じている。世界樹のためだから恥を忍んで行動した。シャドーエルフを撃退すればまずはヤーラスを粛清する。いっそ、生贄の儀式が終われば最初にヤーラスを粛清すべきだとすら考える。


「儀式を始める! 餓鬼ども! 偉大なる世界樹様の役に立てることを喜んでその命を捧げよ!」


 コーティレルが一つの大木の前に立ち、必死に呪文を唱えだす。それに合わせてヤーラスが手ずから子供たちの頭を落とす。生贄の血が大地に染みる事で世界樹の守り手が目を覚ます。血に飢えし狂った鮮血のトレントが目覚めればエルフの勝利は間違いない。コーティレルに従うエルフはそれを全身全霊で信じ、エルフの同胞すらそのために殺した。


「目覚めよ! 目覚めよぉぉぉ!!」


 コーティレルの呪文が終わる直前に矢が飛来する。


「させん!」


 ヤーラスが剣でそれを斬り落とす。


「エルフども、追いつめたぞ!! 死ね!」


 シャドーエルフが儀式の場になだれ込む。


「応戦しろ! 儀式はもうすぐ完成する!」


 ヤーラスが最後の防衛戦を始める。


「グールを突っ込ませろ! ゴーレムはまだか?」


「ゴーレムはまだ城壁辺りです!」


「何か分からんが嫌な予感がする。急げ!!」


 シャドーエルフは異様な雰囲気を感じ、犠牲を無視して激しい攻勢に出る。エルフとシャドーエルフの死体が重なり合う悲惨な地獄絵図となる。それでも残ったエルフは己の全てを掛けてシャドーエルフを止める。もはやエルフだとか再建などどうでも良かった。シャドーエルフを殺せればそれで十分だった。そして鮮血のトレントが目覚めればそれが叶う。


「皆殺しだ!」


「皆殺しだ!」


 エルフとシャドーエルフが同じセリフを吐いて殺し合う。


「あはは! 目覚めた、目覚めたわ!!」


 コーティレルの狂った笑い声と共に彼女の前の大木が蠢く。表面にある洞の二つが赤く光る。ゴゴゴと地面を揺らしながら根が地上に露出する。


「我らエルフの勝利だ! コーティレル、一気に……」


 トレントの根がヤーラスを貫く。ヤーラスは信じられない様なものを見る眼でコーティレルを見る。


「ご苦労。もう貴方は不要なの」


 コーティレルは美しい笑みを浮かべる。一かけらも正気が残っていないその姿はいっそ哀れにすら思える。


「なんだこの化物は!?」


 シャドーエルフが叫ぶ。そして次の瞬間に根に貫かれて絶命する。


「コーティレル様、お救い……」


 コーティレルに助けを求めるエルフすら容赦なく殺す。


「行きましょう」


 コーティレルはトレントの幹を滑る様に昇り、一番上の洞に身体を入れる。その洞が閉じ、コーティレルの上半身だけが露出する。コーティレルとトレントが一つとなり、前進する。それはロギと魔城の関係に似ていなくもない。


 狂獣と成り果てたコーティレルがエルフの本拠地を破壊しながら進む。逃げ惑うエルフとシャドーエルフを分け隔てなく殺しながら更なる殺戮を求めて動く。


***


「なんだあの化物は!?」


 戦士長シィーミスとの戦いに辛くも勝利したルジャールが剣を杖代わりにして立ち上がる。ジャイアントストーンゴーレムが子供の玩具に見える巨大なトレントがエルフの本拠地を破壊しながら近づいている。このままではすぐに到達する。ルジャールはシィーミスの懐を必死に漁り、回復役と思える液体を飲み干す。エルフの回復役などションベン以下と豪語するルジャールとて命が掛かっていれば矜持を曲げる。


「ちぃ、やはり回復力が足りん」


 倒したエルフから奪った回復役の効果は人体実験で調べてある。魔城の用意する回復役に比べて効果が低いが、それでも一定の回復力があると認められた。無駄にするくらいならと後方に護送されたが、もっと手元に置くべきだったと後悔する。


「だがこれなら!」


 ルジャールは矢を番え、迫りくるトレントから生えているエルフを狙う。あれが何か分からない。それでもあそこが狙うべき場所だと分かる。ルジャールの放った矢は寸分違わずそのエルフに当たる軌跡を取る。しかし、当たると思われたその瞬間、鞭のようにしなる枝がそれを叩き落とす。


「ちぃ!」


 ルジャールが舌打ちをするのが早いか、その女性がルジャールを睨むのが先か。トレントの幹の中央下にあるやたら大きい洞が振動する。それを感じ取ったルジャールは一瞬の躊躇無く壁から飛び降りる。そして相手の視線が外れたのと同時に風魔法で自分の身体を加速させる。本来なら落下速度が速くなるのは自殺行為だ。しかし一瞬前までルジャールがいた壁が内側からぶち破られ、木片がルジャールの上に飛び散る。


「これは勝てんか!」


 ルジャールの判断は早い。懐に入っている角笛を取り出し撤退の合図を吹く。余りの口惜しさに腸が煮えくり返る。後一歩でエルフを滅ぼせた。それなのにあんな化物にシャドーエルフの栄光を邪魔されたのが口惜しくてたまらない。あの化物がジャイアントストーンゴーレムより少し強い程度ならシャドーエルフが最後の一人まで討ち死にしようと戦った。皮肉にも、狂獣コーティレルの強さがシャドーエルフを生き長らえさせた。


 ルジャールはジャイアントストーンゴーレムを根による蹴りで粉砕する狂獣を横目で見ながら残ったシャドーエルフを連れて西へ向かう。何処まで有効か分からないが、出来るだけ姿を隠して必死に走る。敵は大きいがその分足が遅いので逃げ切れる自信があった。ルジャールの考えが正しかったのかは分からない。それでもコーティレルはシャドーエルフの追撃より北西にある魔城を目指す。


 ルジャールは北西に進むそれを見て複雑な気持ちになる。結果的に魔城を頼る形になる。それがシャドーエルフの未来に暗い影を落とす気がして生き残れた事を素直に喜べない。されど既に賽は投げられた。魔城かエルフの化物か。どちらか勝つか。勝者がこの地を得る。

応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。