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004 夜中の密談

 その夜、アリシアは屋敷の人間が寝静まったのを確認しロギに貰ったヘッドバンドを付ける。これが無くてもロギとは話せるが、ヘッドバンドを通す事でロギがアリシアの近くで出来る行動の幅を増やせる。それと視覚情報を得るのならこっちの方が燃費は良い。


『ロギ様……』


 アリシアが恐る恐る問う。ホープエンドの一件で決裂以降話していない。五日も寝ていなければもう少し余裕を持って連絡出来た。


『目覚めたみたいだな、アリシア』


 ロギはやっと連絡してくれたかと安堵するも、それが声に出ない様に努める。アリシアの前では常に格好良いロギであろうとする。


『はい』


『体の調子はどうだ? 違和感があるか?』


 ロギの理解できる範囲では異常がない。魔城の力で疑似ステータス化されたアリシアを見る限り、全体的に強化されている。しかしかなりの部分がバグった様に正しく表示されない。やはり勇者と言う特別な存在をステータス化するのは魔城の力を持ちても難しい。


『だ、大丈夫です?』


 ロギが以前の事を気にしていない感じで話を進める。アリシアはその対応に只管困惑する。人間であった頃なら笑顔が気に入らないと言われて半殺しにされた事があった。アリシアの中では今回は明確な裏切り行為なのに、ロギが責めない事が逆に怖くなる。


『それは良かった』


『あ、あの! ホープエンドの件だけど……怒っているよね?』


『怒っていない』


『……』


 アリシアの沈黙を聞いて、ロギは補足の必要性を感じる。


『あの攻撃は陽動でもあった』


『陽動?』


 アリシアはあれだけの戦力をぶつけて何が陽動か理解出来ない。アリシアが邪魔をしなければそのままホープエンドを滅ぼす計画だったのでアリシアの考えは正しい。


『シャドーエルフがホープエンドに入ったのは感じたか?』


『遠くにはいたけど、いつの間にかいなくなった』


 ロギはアリシアの索敵能力がそこまで高まっている事に驚く。ダアガスが帰還する前にシャドーエルフを全員撤退させたのは英断だったと笑みを浮かべる。


『狙いはサキュバスだ』


『サキュバス!』


『それと盗賊ギルドだ』


『二つは繋がっているから?』


『そうだ。私はサキュバスの情報を欲した』


 イスフェリアでサキュバスの資料を根こそぎ奪ったのでアリシアもロギがそれを望んでいると知っている。


『私に言ってくれれば!』


『勇者がホープエンドで娼婦を斬るのか? それも一人や二人じゃない』


『あっ!』


『気付いたか。アリシアが人の中で生活する限り、この仕事はアリシアでは出来ない』


『そうだったんだ』


『これで満足か?』


『でも、たくさん倒したし……』


『心配無用だ。失ったトループは再召喚した』


 再召喚出来ないルジャールを失っていれば大変だが、自我があるか分からない程乏しいグールとゴーレムはリソースさえあれば幾らでも用意出来る。


『また、攻める?』


『……しばらくは東に集中する』


 ロギはルジャールの事が恥ずかしくて切り出せず、東に兵力を向けるとしか言えない。アリシアは自分のためにホープエンドの攻略を先延ばしにしていると勘違いし喜ぶ。


『ありがとうロギ様!』


『うむ』


 ロギは何故感謝されているか分からないが、折角アリシアと関係が修復出来つつあるのに水を挿す気はない。


『私はてっきりロギ様に見捨てられたとばかり』


『そんな事はしない』


『でも目が赤くない!』


 ロギはアリシアの両目を見る。彼女の言うように右目は金色だが、赤いはずの左目は青い。


『勇者の力が発動していると左目は赤くならない』


『え!?』


『疑うのならそこの鏡台で顔を映せ。魔将としての力を使おうと念じろ』


 アリシアは言われるまま鏡台に向かう。そしてロギの言う通りにすると右目の光が消え、左目が赤く輝く。


『本当だ! 良かった、良かった!』


 アリシアは捨てられていないと知り歓喜の涙を探す。その姿を見て、ロギは事前に説明しておけば良かったと後悔する。しかしアリシアの勇者の力が完全に目覚めたのはこの遠征の最後だ。ロギすらこんな形で力が発言するとは考えていなかった。下手な説明をしていた方がアリシアを混乱させたかもしれない。


『そもそも、アリシアの成長は魔将である事が大きく関わっている』


『この胸が大きくなったのも?』


『胸は……分からん』


 ロギは遺伝と言いたかったが、この世界の人間が前世と同じ様に遺伝するか分からない。


『そ、そう。ロギ様が好きなのかと思った』


『……嫌いではない』


 ロギは何と言えば良いのか迷う。ルジャールとの問答以上に神経を使う。魔城となって前世の性欲とはほぼ無縁な存在となっている。前世で未経験の女性の容姿を褒める行為には全神経を集中する必要がある。


『!! それは良かった』


 笑顔のアリシアを見て、ロギはその答えが間違いでは無いと安堵する。


『話を戻すが、魔将は経験で成長する』


『おお!』


『アリシアはこの遠征に行く前に様々な事を経験した。そして遠征の経験とホープエンドを守る決意。それらがアリシアは成長に足ると判断した』


『本当に大変だった!』


『だがその価値はあっただろう?』


 アリシア自身はまだ自覚が乏しいが、今のアリシアは明確に強くなっている。それこそロギが戦い洞窟を崩落させる事で相打ちに持ち込んだ勇者と戦ってもそう簡単には後れを取らない強さを持っている。実戦で試す必要はあるが、アリシア最大の難点である力の使い方が改善されているはずだ。以前のアリシアは百の力を持っていても十の力しか引き出せなかった。今なら三十か四十は固い。


『少しだけ強くなった気がする』


『そこはダアガスと上手くやってくれ』


『分かった。あ! そう言えば鎧について頼まれていた!』


『ビキニアーマーに何か不満が?』


『皆がビキニアーマーは止めて欲しいって』


『あれを超える防具なんてそうそうない』


『なら使用を継続する?』


『どんな理由を言っていた?』


『肌を見せるのは良くないって!』


『ふむ……一理あるか』


 ロギはしばらく考えて答える。


『ええ!?』


 裸に興味が無さそうなロギの発言を聞いて純粋に驚く。


『アリシアが強敵と戦う時には躊躇せずにビキニアーマーを装備しろ。普段装備しないのなら私の宝物庫で預かろう』


『助かる。でも代わりの鎧はどうしよう?』


『私のコレクションに鎧は無い』


 ロギは『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』のラストで宝物庫にあった聖剣と神剣以外の装備を全てリソースに変換しギリギリ勝利できた。ボロボロのレザーアーマー一つすら無駄に出来ない程際どい勝利だった。魔城のなってから攻めて来た敵の防具はある。しかし使える防具は片っ端からシャドーエルフに渡している。ロギは魔城の力でハードレザーアーマーに素材を混ぜ込む事が出来る。それで一品物を用意出来る。しかし土台となる鎧の質が低く、混ぜ込める素材も一般的な物がほとんどだ。ロギは性能面では店で買えるのとそう大差無いと考える。大陸全体で見ればロギの考えは正しい。ただその手の技術が正しく継承されないフェリヌーン隷国ではロギが用意出来る鎧は市販の鎧より二段も三段も品質が上だ。


『お店で買う?』


『待て。勇者が鎧を探しているとホープエンドに噂を流せ』


『噂?』


『鎧を貢がせよ』


『そんな人いるかな?』


『いるかいないか。それを調べる』


 アリシアは自身がそんなに凄いとは自覚していない。ロギはホープエンドの中から質の良い鎧が集まると確信する。それを見ればアリシアも自己評価を改めるだろうと考える。後日、この作戦はマイケラスにより実行される。そしてアリシアとロギの想像を上回るほどの人間から鎧が提供すると進み出る。最終的にはアリシアとの接点を求めていた領主が鎧を授けると言う名目でアリシアを城へ呼び出す事態に発展する。


『それで、これからは何をしたら?』


『イスフェリアの動きが分からない。探れるのなら探れ』


『分かった』


『私の軍勢は東を向いているので援軍は送れない』


 グールとゴーレムなら用意出来るが、つい先日ホープエンドを滅ぼそうとしたモンスターだ。ホープエンドが受け入れないし、アリシアとの関係が知られたら彼女の身に危険が及ぶ。ロギはここでもまた違うモンスターを用意出来ればと歯軋りする。しかしウェアウルフのトループみたいな制御不能なバーサーカーを召喚した場合、後始末に割けるリソースが無い。人間の奴隷を買って数を増やしても、結局はホープエンドの防衛戦力の総力は変わらない。ロギの力で食糧の心配が無くとも、今の屋敷では手狭だ。第二屋敷を持てばそれだけ管理に人材が必要になる。ダアガスの様な特別な個体ならまだしも、人間の奴隷を増やしてもリターンは期待できない。


『私が何とかする!』


『アリシアなら出来る』


『ロギ様のためなら当然!』


 やっとアリシアがいつもの調子に戻る。


『私の方で出来る援助は惜しまない。マイケラスと相談し、最悪を想定して準備をせよ』


『ロギ様に取って何が最悪?』


『アリシアが傷つく事だ』


『そ、それ以外で!』


 手をばたばたして次の話題に移れと強要する。


『イスフェリアがホープエンドを攻めた場合だ』


 ロギに確信は無い。確度の高い情報も無い。情報通であるはずのサキュバスから奪った資料にその様な話は無い。状況証拠からイスフェリアの総督がホープエンドから逃げて来た貴族を粛清したのは内部事情の可能性が高い。それでもロギの『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』で培った経験はイスフェリアが攻めると警鐘を鳴らす。絶望の関門の西から情報が入れば、とロギは残念がる。だが最悪の仮定に最悪の仮定を重ねれば、今こそがイスフェリアに取ってホープエンドを攻め滅ぼす好機だ。


『戦争になる?』


『ならない。ホープエンドが負ける』


 ロギは無情に現実を突きつける。


『私が戦えば!』


『アリシアは戦えるのか?』


 ホープエンドの時はモンスターから人を守った。イスフェリアと戦うのなら人から人を守る事になる。不良冒険者、山賊、そしてイスフェリアの追撃部隊が相手とは違う。無理やり徴兵された戦う意志が乏しい市民が前線に立つ。そしてそれらを大量に斬り捨てねばアリシアの命が危ない。徴兵された人間がアリシアの無限再生を超えられるとは思えない。しかし釘付けにされて捕虜にされる可能性は高い。


『分からない。でも戦わないと!!』


 アリシアが苦渋の表情で覚悟を決める。何かを守るためには何かを斬る必要がある。ロギはその答えを聞いて満足する。次は魔城のために人の城塞都市を滅ぼすと決意するのを期待する。だが決して急がない。時間は魔城の味方ではないかもしれない。しかし時間はアリシアの成長の味方だ。アリシアは滅びたホープエンドの残骸を見てイスフェリアを滅ぼす。ロギはその日がすぐに来ると幻視する。


『良かろう。準備は怠るな』


『うん!』


 疎遠になっていた二人の距離が縮まる。ロギとアリシアは明日から忙しくなると知りながら夜通しに語り明かす。ロギは不眠でアリシアは数日寝ずとも問題が無いのが幸いした。それでもアリシアはベルが起こしに来る少し前にベッドへ入り、いつも通り起きる起きないの問答を繰り広げる。

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