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008 アリシアとゴミ漁りのおつかい

「どうも交渉が難航している様です」


 宿屋の朝食を一緒に食べていた依頼主の商人が呟く。パン一枚に卵一個分のスクランブルエッグ、そしてベーコンの切れ端と野菜が二口程付いているそこそこの皿が前にある。商人の話だと以前に来た時はパン二枚に卵三個分のスクランブルエッグそしてベーコン二枚、そして横皿にサラダだったそうだ。かなり切り詰めていると見るべきか、この様な状況でも最低限の体裁を保った皿を出せる宿屋の地力を褒めるべきか。


「先に帰る?」


 アリシアは無造作に答えながらダアガスの更に野菜を乗せようとして彼の腕にブロックされる。


「それは流石に危険過ぎます。ですが他の商人に声だけは掛けてみましょう」


「何か懸念があるか」


 ダアガスがこういう場面で口を挟むのは初めてと言える程稀だ。アリシアと商人は口を半開きのままダアガスに向き直る。玉座の間に座っているロギですら最近持ち出したセプターを床に落としてしまった。


「ん? どうかしたか」


 ダアガスが不思議そうに続ける。


「師匠が賢い?」


 アリシアが今さながら変な事でショックを受ける。ダアガスが知恵者なのは自覚していたが、それを裏付ける言動はこれが初だった。そして誰も予想していない事だったが、アリシアは勉学にもっと力を入れようと考える。これまでは体を動かせばダアガスに追いつき追い越せると考えていた。しかしこの短いやり取りでそれだけでは駄目だと分かってしまった。ダアガスはダアガスだから強い。そしてその強さを使いこなせる知恵を持っているから強い。


「都市の雰囲気がおかしいのです」


 商人は宿屋の人間が近くにいないか確認して少し小声で話す。物価が高いのは変に思えても「ここはイスフェリアだから」と言い返されたら強くは反論できない。商人が懸念しているのは、イスフェリアの人間の秘めたる怒りだ。イスフェリアとホープエンドは長くフェリヌーン隷国を支えてきた二大拠点だ。ホープエンドがイスフェリアを上に置く事で二百年以上良い関係を維持してきた。その関係が「終わる」と心情的に認められなくても、「おかしい」とは言い切れた。


「なら何かが動く。現場は荒れるぞ」


 ダアガスはそれだけ言うと黙る。ダアガスは今すぐアリシアとイスフェリアを発ちたかった。護衛依頼を反故するのは苦にならない。しかし二人だけでホープエンドへ帰還すると白い目で見られる。それにアリシアのパトロンから来た命令をまだ遂行していない。アリシアはそれが終わるまで岩に嚙り付いでも動かない。


「少し真剣に検討します」


「明日以降ならいつでも行けるよ!」


 アリシアが屈託のない笑顔で言う。ロギの命令をこの一日で全部終わらせるのは大変だが、手分けして急げば八割は終われると考えた。ロギからすれば想定が甘すぎる考えだが、これも経験だと割り切る。イスフェリアの人間が聞けば烈火の如く怒るだろうが、ロギに取ってアリシアがここで失敗する事はリカバリーが利く範囲の小さな躓きでしかない。既にエルフを片付けたら平押しだけでホープエンドとイスフェリアを潰そうと考えて準備を進めていた。本当の戦いは絶望の関門を超えた先、そして絶対に邪魔をしに現れる勇者と位置付けた。


「どうする気だ?」


 商人と別れ、イスフェリアの大通りを歩くアリシアとダアガス。


「二手に別れたら今日で終われない?」


「厳しい。それに一緒に行動すべき場所もある」


「関門見学とゴミ捨て場は一人で大丈夫だよ? 奴隷商は……一人でも」


 アリシアの肩が少し震える。これから行く予定の奴隷商は前のアリシアが最初に商品として並べられた場所だ。


「俺もあそこに居た。オーナーの顔を拝んでやろう」


 ダアガスが最近新しき生えてきた牙をこれ見よがしに露出する。


「師匠、ありがとう」


「師匠だからな」


「他に買い物とかあるけど……」


「時間が足りない。人も足りない。どうする」


「が、頑張る?」


「生憎とアリシアほど夜更かし出来る店の人間は少ない」


 魔将としての力が伸びているアリシアは睡眠を多く必要としない。それこそ数日なら一睡もせずに戦い続けられる。その反動か、ホープエンドの屋敷では朝寝坊の常習犯だ。


「ふ、増やす……こう真っ二つに?」


 アリシアは自分の体をちょうど真ん中で分割する様に指を這わせる。


「ふっ、流石にそれで動けるとは思えん」


「だよねぇ」


「だが増やすは正しい考えだ。金はある。人を雇うぞ」


「おお!」


 アリシアとダアガスは急ぎ冒険者ギルドへ向かう。手続きに掛かる時間を考えても二十以上の店を直接回るよりは早いはずだ。


***


「ふぅ、終わった」


 アリシアは冒険者ギルドの依頼カウンターでグダっとする。二十枚以上の依頼書を相手の指定するフォーマットで記入するのは大仕事だ。幸い、ホープエンドの職員とは違い些細なミスはあちらが修正してくれた。


「終わったか」


「大変だったよ。師匠、後ろの人達は?」


「おまえの護衛だ」


「え?」


「これから行く場所は治安が悪い。現地に詳しい人間に守って貰え」


「あれ、師匠って書けた?」


「代筆に決まっているだろう!」


「あ、ああ!?」


 アリシアは頭を抱える。二十枚分を代筆させればもっと早く終わっていた。ロギなら大事な依頼だけは直筆で、ただの買い物依頼は代筆を頼んでいた。


「と言う事だ。彼らは『氷剣の守り手』と言う三級冒険者パーティーだ。依頼達成率はかなり良い。俺が話した感じではリーダーは中々の好人物だ」


 ダアガスが説明するはアリシアかロギか。


「アクセルです! イスフェリア生まれのイスフェリア育ち! いずれは一級冒険者になります!」


 明るそうな青年が自己紹介をする。彼のパーティーは五人編成で前衛三人後衛二人と言う非常にオーソドックスな作りだ。ロギは『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』でこういう混成トループには手を焼かされた。しかし特化していない分だけ特化した軍をぶつければ倒せると早い内に気付いた。オールラウンダーにはスペシャリストを。スペシャリストにはオールラウンダーを。それでも駄目なら魔将を。


 この護衛を雇う事でダアガスはロギが秘密裏に考えていた命令を知らずに実行していた。イスフェリアの戦力評価をするにはまず冒険者から調べるのが得策と考えた。貴族の軍を調べる方法が無いので消去法であった。


「私はアリシア! よろしく!」


 フードを取ったアリシアの美少女っぷりを見てアクセルたちが固まる。


「弟子を頼むぞ。俺は他の仕事を片付けて来る」


 先にダアガスが出て、それを追う様にアリシアが出る。ダアガスは馬を見に行った。本当はゴミ捨て場に行きたかったが、ダアガスでは何がゴミで何がお宝か判別できない。アリシアも判別できない。しかしロギのセンサーなら魔城が必要とするものが分かる。ロギは欲張っている自覚があったが、どうしてももっと強いモンスターを欲した。弱者相手に知恵と工夫で無双した所で強者には通用しない。あり得ない事だが、アリシアが敵に回ればアリシア一人で魔城は攻略される。この世界では圧倒的な強さを持つ個の力は万の大軍すら凌駕する。


 アリシアはアクセルの案内でスラムっぽい所を通過しゴミ捨て場へ向かう。


「臭い」


「まぁ、ゴミ捨て場の匂いが漏れないようにスラムを建てたって言われていますから」


 スラムの建築物が悪臭の壁として機能している。風向き、そして雨の日には酷い臭いがスラムの外にまで漏れる。


「おお!」


 スラムを抜けた場所には壮観とも言える景色が広がっていた。ゴミが山の様に積み上げられ、前衛的な芸術オブジェクトを作り出していた。


「見た目は凄いんです」


 アクセルがイスフェリア自慢を開始する。


「観光に来る人が多い?」


「観光とゴミ漁りです」


「良い物が埋まっている?」


「ど、どうでしょう? 魔法使いがシャベル片手に掘っている光景は良く見ます」


 アクセルが引き攣った顔で答える。


「よぉし、探すぞぉ!」


「え、ええ!?」


 まさかアリシアがゴミ漁りをすると思っていなかった『氷剣の守り手』が一様に驚く。


『お宝ポイントを指示する』


『ロギ様!』


『時間が無いのだろう? 私も全力でサポートする』


『はい!』


 ロギはサポート無しでお宝チャレンジは良い経験になると考えていたが、戦略物資が絡むので口を出す。


『そこから右に十歩進んで左側の壁。下に二十メートル辺りにアタリ判定がある』


『任せて!』


 アリシアは拳を構えて、ゴミの山に一撃を叩きこむ。ゴミの山全体が揺れて様々なゴミが雪崩を起こす。


「もう一回!」


 今度は下に向けて拳を振り下ろす。舞い上がるゴミはさながら小さな竜巻だ。アリシア、そして巻き込まれた『氷剣の守り手』は風呂に入らないと不味いほど臭くなった。


「ゲホゲホ、アリシアさん! 大丈夫ですか!?」


「あったよ~!」


 アリシアは自分の背丈より大きい太い骨を取り出す。


『まずは一つ』


 ロギはこのまま他のお宝を全部掘り出す気分だった。


「てめぇら、何をやっている!」


 しかし何処から男達が現れて怒声を浴びせた。


「ゴミ漁り」


「山が崩れただろうが!」


 アクセルがアリシアを守れる位置に立つが、気負されている。


「崩しちゃ駄目?」


「駄目だ!」


「……なら金貨を出すから代わりに掘って!」


 アリシアが早速ダアガスの戦法を真似る。


「金貨だとぉ? それにまるで何が埋まっているか知っているみたいに言いやがる!」


『ロギ様の事は言えないし、どうしよう?』


『妖精眼(グラムサイト)と言え』


「ぐらむさいと!」


 アリシアは意味を理解せずに言う。


「何だって! お宝見つけ放題のあれを!?」


 アクセルが驚く。妖精眼(グラムサイト)はそんなケチなものでは無いが、一般にはその程度と認識されている。


「どうする?」


 アリシアが問う。


「前払いだ。それに出なくても文句は無しだ」


「良いよ!」


 かくしてアリシアは労せず各種素材をゴミ山から掘り出す段取りを進めた。そして稼げた時間で『氷剣の守り手』の女性メンバーに風呂屋に強制連行された。

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