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004 秋空のホープエンド

 ホープエンドの冒険者ギルドはいつも通り騒がしかった。ビキニアーマーを隠すようなコートを羽織ったアリシアが受付窓口に行く。夏の間は並んで待つ事が普通だったが、四級に上がった事で使える窓口の数が増えたので待ち時間が大幅に減った。本来なら四級の窓口は冒険者ギルドの中で一番混雑している。しかし東の狂獣と西の強盗団の対処に人員を取られて冒険者ギルドでは依頼を受けていない四級以上の冒険者が枯渇していた。成人だと僭称していると思われているアリシアが四級に上がれたのは冒険者ギルド側の事情があった。


 アリシアはそう言う事には無頓着で、強いモンスターと戦える依頼のみをストイックに受けていた。四級が相手にするモンスターでは相手にならず、ロギとダアガスの索敵能力を頼りに三級がパーティーで相手にするオーガの様なモンスターを単騎で撃破したりしていた。強いモンスターの討伐部位を換金すると無用な疑念を招くので、この手のモンスターは全てロギに送られた。ただ完全に秘匿は出来ず、アリシアが強力なオーガジェネラルに襲われて壊滅寸前の五級冒険者パーティーを助けた時にはその戦いぶりがバッチリ目撃された。視覚的なインパクトなら一緒に行動していたダアガスの方が上だったが、目端が利く者はオーガジェネラルを切り伏せた一撃がアリシアの剣によるものだと見抜いた。


「アリシアさん、一つ受けて欲しい依頼があります」


 五級相手よりは幾分か当たりが柔らかい中年の受付嬢がアリシアに話す。最初はアリシアと関わるのを露骨に避けていた受付嬢たちも数か月が経過する内に当初の警戒度が下がった。アリシアには強いパトロンがいて、良い場所にある屋敷を借りているのもプラス材料となった。四級冒険者と言っても経済状況が悪い者は多い。流石に野宿するほど貧乏なのは少ないが、それでも安宿の大部屋で寝泊まりする者はいる。アリシアの奴隷長であるマイケラスがロギの資金力にものを言わせて良い物件を抑えたのはこういう効果を期待しての事だった。


「強いモンスター?」


 出来れば少し手古摺るモンスターが良いとアリシアは心の中で呟く。アリシアは段々強くなってきている事を自覚している。それでも師匠であるダアガスには及ばない。少しでも早く差を埋めるには常道を逸した死地に身を置くしかない。


「いえ、護衛依頼です」


「護衛?」


 アリシアが首を傾げる。過去には見た目が若すぎると言う事で依頼主の方から護衛を断られた。それを把握しているギルドが護衛依頼を勧めるのは変に思えた。


「この依頼は隷都イスフェリアに向かう中堅商人からです。報酬は通常より三割増しとなっており……」


 受付嬢はアリシアの事情などお構いなしに依頼内容を捲し立てる。


『ちっ。受けないと面倒な依頼みたいだ』


 ロギはアリシアが装備しているヘッドバンド経由で念話を飛ばす。ロギは「護衛依頼」と聞いて各地の農村から税を回収する徴税官の護衛だと考えた。冒険者に取ってはこの依頼は低リストで比較的に高収入で人気だ。徴税官は何処に行っても嫌われていたが、表立って攻撃してくる農民はいない。旅人を狙う山賊も徴税官は割に合わないと行きしなには素通しだ。帰りしなは物納された税金を大量に運んでいるので襲い掛かる山賊はいる。しかし徴税官の引き連れている戦力を倒せる様なら最初から山賊に身を落とさない。


 しかしそれは去年までの事だ。ホープエンドを出た多くの徴税官と護衛依頼を受けた冒険者は二度と帰る事がない。ロギは渋るシャドーエルフのルジャールをエルフ戦線から外し、徴税官狩りを命じた。シャドーエルフが狩るのは徴税官だけではない。徴税官が向かう農村を容赦なく焼き滅ぼした。ロギはフェリヌーン隷国を落とすのに選択した基本戦略はトータルウォー。ロギが召喚したウェアウルフのトループがホープエンドとイスフェリア間の農村を多く壊滅させた。このやり口はロギの好むところでは無かったが、既にそれ相応の被害が出ていた。ここでウェアウルフのトループの置き土産を無駄に出来るほどの余裕は魔城には無かった。


 魔城とホープエンドにある農村を悉く滅ぼす。そしてホープエンドとイスフェリアを飢え殺す。イスフェリア近くにある密輸用の洞窟が勇者レイオスとの戦いで崩落していなければホープエンドが全滅するだけで終わった。他にも西へ通じていそうな洞窟はある。ロギはそのいずれかを通って勇者レイオスが来ると確信していた。なのでレイオスが来る前にフェリヌーン隷国を物理的に戦えない状態にする決断を下した。


 ロギはアリシアには伝えずにそんな作戦を決行している最中に西行きの護衛依頼の話が来た。実は偶然なのだが、ロギは自分の作戦を潰すためにホープエンドがイスフェリアに応援を求めるのだと解釈した。


『そうなの、ロギ様?』


『アリシアを選んだ時点で断ったら後々面倒になると暗に言っている』


 根無し草の冒険者なら拠点を変えるだけで済む。ギルドに変な期待をされた冒険者が他に向かう事は珍しくない。既に全滅した『走る首狩り兎』はホープエンド冒険者ギルドに睨まれてイスフェリア冒険者ギルドに移籍したと噂されている。真偽は不明だが、ホープエンドでは使える冒険者が足りないために、使える冒険者に面倒な依頼が集中する悪循環に陥っているのは疑いが無かった。


 ロギの贔屓目を差し引いてもこの冒険者ギルドで最強の四級冒険者はアリシアだ。三級冒険者でアリシアと互角に戦える人間はいない。魔城を襲った二級冒険者相手でも今のアリシアなら負けない。二級と戦う際には経験の差だけは気にしないといけない。アリシアの戦い方はそう言うものを一切合切破壊する剛剣ではあるが、その一撃をいなしてカウンターの一つを叩きこまれるかもしれない。


『う~ん、この依頼人の名前何処かで?』


 アリシアが何処かで聞いた名前だと言う。依頼が面倒事であるなど検討する価値が無いと言わんばかりだ。


『二つ隣の屋敷の男だ』


 ロギ自身も最初に聞いた時は気に留めなかった。ただアリシアの指摘で手元の羊皮紙を確認するとその男の名前が人名リストに載っていたので最初から知っていた様に格好を付けた。


『あの人ぉ!?』


 ロギからすれば「ちょっとロリコンかもしれないが面倒見が良いおっさん」でしか無いが、アリシアからすると慣れないドレスを着てぎこちないマナーを強制してくる恐るべき敵になっていた。アリシアは彼からの依頼と聞いてリスクを承知で断りそうになる。


 ロギは得た情報で更に状況を推理する。あの男には大きな政治的な動きを出来るほどの力はない。しかしホープエンドの上層部とは何らかのパイプがあるのは疑いない。となると今回の西行きはホープエンドの上層部が絡んでいる。ロギは自分の懸念が外れているとは気付かずに、これがその懸念の補強材料とした。となるとこの男は何故西へ行くか。政治では無いとすると商売しかない。


『移動する貴族の後ろに付いて行く気か』


『なら楽が出来る?』


『貴族の私兵が商人を守るとは思えない。アリシアの腕っぷしが期待されている』


『む~』


 アリシアは「何とかして!」とロギに念話で伝えるも答えを聞ける前に受付嬢の話が一段落する。


「それで、今回はパーティーでの参加が条件となっています」


 アリシアの沈みまくった精神は受付嬢の発言で急浮上する。


「師匠付き?」


 ダアガスは護衛依頼を受けないと言えば断る口実になるのに、アリシアはダアガスと一緒に旅が出来る事を優先した。アリシアの目的は絶望の関門を超えて西へ行く事だ。その際にはダアガスと別れる事になる。ロギとは念話で繋がっているが、アリシアが西へ旅立てばダアガスとは今生の別れになる。それがアリシアには悲しかった。なのでフェリヌーン隷国に居る間はダアガスとの時間を大事にしようと考えた。イスフェリア観光は良い思い出になりそうと考えた。


 ロギはアリシアのやる気に水を挿さないように黙っていたが、アリシアが一級冒険者になって正規手段で西へ行く事が出来ないと確信していた。非正規の手段として密輸用の洞窟をフェリヌーン隷国征服に必要だと理由を付けて探し当てたのはアリシアのためだ。あれを通るのならアリシアだけでなくダアガスと屋敷の人間全員で西へ行ける。ロギはアリシアほど情に厚くはないが、フェリヌーン隷国に残すアリシアの部下を冷血に殺し尽くすほど人間を辞めていなかった。


「はい、ダアガスの参加を希望されています」


 ロギはこの会話でアリシアが指名された理由が分かった。商人は最初から強いダアガスを護衛に欲していた。しかし五級のダアガスには護衛依頼を出せない。でもアリシアがパーティー単位で依頼を受ければ、ダアガスが自動的に参加する。ダアガスの実力は贔屓目に見てホープエンド冒険者ギルドで一番強い。しかし隻腕を理由に四級には昇級出来ないと通達されていた。ダアガス本人はアリシアを特訓させるために冒険者の身分を得ただけで、昇級には興味が無かった。


「なら、受ける」


「良い判断です。出発は三日後ですので、その日の早朝に西門で合流してください」


「はい!」


 アリシアは依頼を受諾し、必要な書類を受け取る。依頼の詳細などが書いてある大事な書類だが文字が読める冒険者が少ないので受け取る者がほとんどいない。アリシアもそれほど読書が上手いわけではないが、最低限の識字能力はある。屋敷に帰ってマイケラスに渡せば彼が上手い具合にやるだろう。貴族でも文字が読めない者は多い。そう言う貴族はマイケラスの様な男を重用する。アリシアがそんな駄目貴族になっては困るので読み書きの勉強はこれまで通り続けさせるのが基本方針だった。


「師匠、終わったよ! 今日は狩りに行こう!」


 アリシアは安い酒を不味そうに飲んでいるダアガスの近くに動く。


「やっとか! それで依頼はどうなった?」


「護衛依頼を受けて欲しいって」


「面倒な」


「だよね!」


「それで誰が何処に行くんだ?」


「パーティーでイスフェリアまで」


「……」


 ダアガスが黙り込む。


「師匠?」


「マイケラスに相談するとしよう。必要な物を揃えなくては」


 アリシアを不安にさせないように取り繕うダアガス。


「狩りは?」


「明日だ!」


「ええ!?」


 ダアガスは渋るアリシアを連れて屋敷への帰路を取る。


「それで師匠はなんであんな不味そうに飲むの?」


 狩りが出来ずに多少不貞腐れたアリシアが問う。


「水増しの度合いを計っている」


「?」


「酒に水を混ぜるまでは分かるな」


「うん」


「ここ数か月同じ安酒を飲んでいるが、水の量が増えている」


「そ、それで?」


 アリシアはダアガスがこんな賢い話をしているのを信じられなかった。何かの幻影に囚われたのでは何かと自分の頬を抓った。


「言っておくが、これを考えたのは貴様のパトロンだ」


「ええ!?」


「俺も最初は不味くなっている酒を飲ます嫌がらせだと思った」


「分かる!」


「だがマイケラスの奴に相談したら大層驚いていた」


「マイケラスだからね」


「マイケラスの長ったらしい話を要約すると、『ギルドの運営状況が悪くなっている』らしい」


「私に護衛依頼が回って来たのはそのため?」


「ふっ。それを確認するためには一度屋敷に戻らなくてはいけない」


 冒険者ギルドの運営状況に関わらず、この依頼がアリシアを何らかの罠に嵌めたい黒幕の策略なのか調べないといけない。調べても何も出ないだろうが、それならそれで備えなくてはいけない。ダアガス、そして話を聞いたマイケラスは出発日までその準備に追われた。屋敷でゴロゴロして狩りに行けなかったアリシアの機嫌が更に急降下したのは不幸な出来事だった。

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