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003 王国の南方戦線

 シューリアがレグを傘下に加えて一週間が過ぎた。


「やっと南進かい?」


 シューリアは専属の文官から大将軍の命令を聞いて呟く。


「問題は?」


「無い」


「では、その様に閣下に伝えます」


 そうして幾分か親しくなったと思っていた文官は急いでシューリア達のキャンプから離れた。彼は彼で他に駆け持っている部隊があり、シューリアより手が掛かるのでそちらに全力投球するしかない事態に陥っていた。実際の戦いになればシューリアの方が役に立つので、文官はシューリアに多くの時間を割くべきだった。


「やっとか! 太るんじゃないかと心配したぜ!」


 毎日二人前を平らげているレグが凶悪な笑みを浮かべる。彼の連れている獣人も同じく大食漢であり、このままだとシューリアが貰った割符だけでは食糧が足りなくなるのは確実だった。幸い、シューリアは食糧が支給されない前提でかなりの量の食材を持ち込んでいたので、これを上手く使って割符の消費をある程度抑える事に成功した。


「食べた分は活躍してくれぇ」


 諦めの気持ちで一杯のミノタウロスの副官が言う。


「任せろ! 腹一杯の獣人は無敵だ!!」


 レグが豪語するだけはあり、彼の張り裂けんばかりの筋肉は見る者を圧する。一週間前は餓死寸前だと言う事を考えると獣人の食糧の九州スピードは目を見張るものがある。シューリアは獣人をしっかり食わせたら戦力と期待できると知っていた。なのでレグ達の変化を見て自分が正しかったと再確認出来た。南進するまでに回復していない様では副官の愚痴を聞くだけで数日消費しかねない。


「お、おぅ」


 副官は話すだけ無駄と思い、シューリアへ向き直る。


「想定よりは悪いみたいでさぁ」


「そうね。斥候の話は気が暗くなるものばかり」


「斥候? 送るのなら俺達に任せれば……」


「この集合地に放った斥候だぁ!」


 副官がレグの話を途中で区切る。


 シューリアとミノタウロスの世界観は単純明快だ。敵なら殺す。だから敵を偵察する事に重きをおかない。彼らには殺しては駄目な味方の方が難物だった。ケンタウロスとミノタウロスと言う種族の違いで人間相手に不利益を被っている。平時でこうなら戦場ではどうなるか。大将軍以下主だった指導層がそこら辺をキッチリ抑えていれば問題無い。


 シューリアが参加の人間を情報収集に派遣したところ、結果はシューリアと副官が考えた通りだった。グラースエヴァン王国は数を揃えるために無理をし過ぎた。正規軍を動かす予算で広く傭兵を募った。そして集まったのがこの惨状だ。世には正規軍に匹敵する傭兵部隊は存在する。シューリアの率いている部隊の規模を十倍にすればそう言う傭兵部隊と肩を並べて戦える。今回はその強い傭兵団が不自然なほど参加を見送っていた。


「味方に? 何故だ!」


 獣人には理解できない理論だった。


「人間社会では敵より味方の方が怖いのさ」


 シューリアが投げやりに答える。


「分からなくもない」


 いまいち納得していないレグが黙る。


「気にするな。レグの願い通りにアムと一緒に前線に出るだけだ」


 レグが釣れている妹、そして戦えない獣人をどうするかはここ数日で議論しつくした。下手に分断させる方が危険となり、シューリアはお荷物を抱えながら南下する事になった。ラミアの貢物を抱えて移動しているので、獣人が増えるのはそう苦にはならなかった。


「それは良い事だが?」


 レグは首をひねるも続きの言葉が見つからない。


「戦闘をするには重荷だが、後方を気にしている余裕が無ぇ」


 副官がレグの疑問を口にし、それに対する回答まで合わせて言う。


「裏崩れするかもってのは結構頭が痛い懸念ね」


「となるとやはり移動しながら左翼に陣取るかぁ」


 どの部隊が何処に陣取るか一切決まっていない。大将軍の直属が中央だろうと予想されている程度だ。副官は逃げるのなら土地勘がある東の方が良いと考え、キャンプ地を南東寄りに取っていた。


「でも端っこ過ぎると活躍出来ずに終わるよ」


「一戦やれば十分じゃ?」


「レグ達の契約だと最低限の活躍が無いと離脱は認められないだろう」


「となると一回は全力で攻めて……」


「後は適当に流すさ」


 シューリアと副官は矢継ぎ早に意見を交換して行動計画を決める。実際は事前に話し合ったオプションから状況に合わせたものを選んでいrうだけだ。それを横で黙ってみているレグは何が起きているのか分からず、口を挟まないのが最善と考えた。レグの視点では、シューリアはしっかり食糧を用意する良い雇用主だった。なので以前の男の時みたいに文句を言う必要は無かった。シューリアはレグにもっと意見を言わせるために参加させたので、レグは完全にその意図を理解出来ずにいた。


 そしてそのまま南下を開始して三日。シューリアはエイリアンと呼ばれる敵と初めて遭遇した。


「虫人間みたいだけど」


「でが、根本的に別物と聞いてまさぁ」


「硬い、血は強酸、集団戦に長けるが特徴って聞いているけど、実際はどれくらいだろうね?」


「俺達が一当たりして確かめ……」


「一番槍は人間に譲らねぇと」


 副官がレグを制止する。一番槍は方便で、レグが率いる獣人たちを無駄に損耗させたくなかった。食わせた分の働きをしない様ではシューリアが赤字だ。それはシューリアの望むところでは無かった。


 シューリアが雑談をしていると王国軍から陣太鼓の音が聞こえた。そして矢による遠距離攻撃は始まった。


「駄目だね」


 矢はエイリアンの外殻に当たり砕け散った。王国軍の練度の割に命中率が高くてもこれでは意味がない。エイリアンの方も矢を躱さず棒立ちで受けているので、王国軍の練度でも制止した的は当てやすい。


「なんであいつらは動かない?」


「敵の考えまでは読めねぇ」


「案外、攻撃と認識していないのかも」


「まさかぁ?」


「でも傷らしい傷を負っていない。小五月蠅い蠅が飛んでいる感じじゃないか?」


「なら早く接近戦に移って欲しいものでさぁ。頭を潰したら死ぬってんのなら、考えねぇで潰すだけさぁ」


 血が昂ぶるとミノタウロスの血が戦いを求めるのか、普段理性的な副官は早く戦いに身を投じたいと言う。


「レグ、こん棒は持ったね?」


「ああ。振り回せる程度には鍛えた」


 獣人は余り武器を使わない。だが力任せに叩ける棍棒は獣人に合った武器だと一般には認識されている。エイリアンは噛んだり引っかいたりすると怪我をするので、獣人に武器を持たせる説得は簡単な方だった。それでも既に拘る獣人がいれば、勝手にすればよいとシューリアは考えた。


「蹄の音だぁ! 将軍、どうやら動くみたいでさぁ!」


「第一陣の動きを良く見るんだよ! 第二陣には参加するよ!」


 シューリアが説明していた作戦を再度大声で伝える。獣人とミノタウロスを抑えるのは至難の業だが、シューリアの稼いだ信頼でこれくらいは聞いてくれる。獣人をただの戦奴として扱う人間では抑えられない。それを証明するかの様に突撃する騎兵の後ろを獣人部隊が走る。武器を持たず、ただがむしゃらに前の敵を食らわんと疾駆する。シューリアはかつて人類を追いつめた獣人の面影を残した機動を見つめながら、第一陣の結果は芳しくないと予想した。


「負けに賭けておくんだった」


 シューリアが物騒な発言をしながら獣人とエイリアンの戦いを見る。一対一なら獣人が勝つ。しかし噴き出す血で獣人は無事では済まない。獣人は平均で三体のエイリアンを倒して果てた。


「予想以上でさぁ」


「血をわざと飛び散らしている。対策をせずに突っ込んだら死んでいた」


 副官とレグがそれぞれ感想を言う。第一陣の被害を見て二人は冷静さを取り戻した。


「この分だと一番まともなのは第二陣か第三陣で出そうね。私たちは予定通り第二陣で行くけど、大丈夫?」


「これ以上は待てそうもねぇ!」


「潰し方を試すにはちょうど良い!」


 シューリア達は新しく聞こえてきた陣太鼓の音に合わせて全隊で突っ込んだ。怪我人と貢物を持っているので他の部隊より足が遅いが、そんな事がハンデにならない程多くのエイリアンが待ち構えていた。


「おりゃあ!」


 シューリアがバトルアックスの一振りでエイリアンを粉砕するのと同時に後方に飛ばす。噴き出す血は空を舞い、大地に当たりジュージューと音を立てる。シューリアは結果を確認せずに次の獲物に向かった。女子供に倒れている敵の頭を潰す様に伝えてある。万が一生き残りが居てもそれで何とかなるだろう。


「うおーん!」


「あちぃ!」


 シューリアの配下は奮闘するも、怪我人と死者が出始める。


「太鼓は!?」


「い、今始まったみたいでさぁ!」


「なら足の遅い奴らから後退!」


 シューリアは次の部隊が来るのに合わせて後退を支持する。王国軍の運用方針では後退を視野にいれていない。その場でとどまり戦い続ける事を望んでいる。シューリアはそれに付き合う気は無かった。露骨な壊乱では後で何か言われる。だが再編成のために少し下がる事に文句を言える者はいない。


 王国軍が押し出すとエイリアンは一糸乱れぬ行動で防御的な布陣を作り出す。練度の低い部隊の寄せ集めである王国軍ではこれを突破出来ない。


「あの中央の円陣を潰せば一気に勝てるはず!」


 シューリアが興奮気味に言う。


「人間相手ならそうでしょうがぁ」


「分からん。誰を殺すのか教えてくれ」


「はぁ。行けるかい?」


「まだ二割程度が戦えない程度でさぁ」


「獣人は最後の一人になるまで戦う!」


 シューリアは二人を頼もしく思うと同時に、二割も被害が出れば壊乱する人間が何故大陸を支配で来たのか改めて理解出来た。副官とレグは生き残ってまた違う時に逆襲すると言う考えを持てない。今日戦い、今日生き残る。シューリアもまた、心では副官とレグに近かった。


「なら走れる奴だけだ! 少し大回りして王国軍と挟み撃ちの形に持って行く!」


 シューリアはここが賭け時だと決める。お荷物を切り離し、一気に勝負を決めに動く! シューリアの動きに気付いた大将軍ミルセンは正面からの圧を増やし、エイリアンの意識をそちらに集中させる。王国の正規軍は夥しい被害を受けるも、ミルセン本人が最前線でハルバードを振るう状況では撤退が出来ない。そして、もはやこれまでと王国軍が観念したその時、シューリアのバトルアックスが円陣に穴を開けた。そこからなだれ込んだミノタウロスと獣人が背中を向けているエイリアンを一方的に蹂躙しだした。


「攻めろ! 攻めろ! 攻めろ!!」


 右腕を強酸でやられたミルセンが大声を張り上げる。勝ち戦になったと思った日和見部隊が大挙して戦いの趨勢は王国軍に傾いた。そんな騒ぎの中、シューリアはまだ戦うと渋る副官とレグ達を引き連れて切り離したお荷物の回収に動いた。それから程なくして残ったエイリアンは南への撤退を開始し、初戦は王国軍の勝利で終わった。

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