015 宮刑のマイケラス
オーソンはホープエンドに居を構える堅実で実直な奴隷商人として知られていた。即ち、商人としては無能の部類に入っていた。それでも彼がやって来られたのは奴隷売買が家業であったための低税率、そして他の奴隷商人との横のつながりが大きい。その代償として、他の奴隷商人が扱い辛い、または売れないと手放した商品を無理やり買わされる事が日常茶飯事だった。廃棄一歩手前の奴隷の処分場、なんてあだ名が盗賊ギルドに付けられる程度には業界筋では知られていた。
昼過ぎとはいえ、同業者の痛ましい最期を聞いてオーソンは少し早く店じまいをしようと考えた。死んだ彼が扱っていた売れる奴隷を一人も手に入れられなかったのは残念だった。そこは諦めていたのでそれほど気にしていなかった。死んだ同業者の奴隷を捨て値で手に入れた他の奴隷商人が格安でその奴隷を売り出したのが問題だった。おかげで目玉商品が無いオーソンの店には冷やかしすら入らない始末だ。一週間もすれば落ち着くが、それまでは碌な商売にならないと諦めていた。
「おじさん、奴隷を売っているの?」
「は?」
店の前で箒で掃いていたオーソンは少女に声を掛けられて答えに窮した。少女に「はい」と答えるのは良心が痛んだ。しかし家業へのプライドはあった。そのせめぎ合いを家業がギリギリ勝利した。
「ええ、そうです」
「奴隷を売って」
「は?」
オーソンが持っている箒を地面に落とさなかったのは奇跡に近かった。
「え~と、お金はたくさんある!」
少女がたどたどしく言う。
「お遣いか何かかな? でも奴隷は本人が来ないと売れないんだ」
代理購入は原則的に禁止となっている。他の奴隷商人はやっていると噂を聞くが、オーソンは深く聞かない様にしている。同業者の黒い事業に無知なのは立派な処世術だ。実際、新規参入した奴隷商人が聞き回った翌朝に死体で発見される事は珍しく無かった。
「ううん。私が買う!」
「子供は……」
「ギルドカード!」
ホープエンドで誰が子供か大人かは分からない。見た目が幼ければ子供だ。ギルドカードを持っていれば大人だ。ギルドが明らかな子供にカードを発行するのは問題になっていた。しかし誰もそれを是正するに動かなかった。そのために、目の前の少女でも法律上は大人になれた。
「駄目?」
上目遣いで聞く少女にオーソンは気圧された。
「な、中にどうぞ」
家業のプライドが粉々に砕ける音が聞こえた気がした。しかしオーソンは努めて奴隷商人として振舞おうとした。
「良いって!」
少女が突然振り返った。
「それは交渉と言えるのか? いや、人間の交渉に詳しくない身で指摘は控えるべきか」
「あ、貴方は?」
突然現れた男にオーソンは驚いた。いつからこれだけの接近を許したのか分からなかった。闘気に詳しければ、これもまた闘気を利用した初歩的な技だと気付けた。そして一度対処法を見につければ簡単に見破れる。アリシアは凡そ三回で見破るコツを掴んだ。だからアリシアは最初からダアガスが自分の少し後ろに立っている前提で話していた。
「こいつのパトロンに雇われた護衛だ」
隻腕のドラゴニアンはぶっきらぼうに言った。
「は! まずは中に。外で立ち話もなんですから」
オーソンは片腕のドラゴニアンの話を聞いていた。死んだ奴隷商人が持っていた奴隷の中でも一際異質で値段が付けられないと聞いた事がある。実際に会った事は無いが、ドラゴニアンが二人もホープエンドに居ると聞いた事は無い。このドラゴニアンはあの奴隷商に居たドラゴニアンで間違いない。薄暗い室内を案内しながら、オーソンは密かに震え上がった。
(何故ここに!?)
同業者の死に関わっている可能性は高い。それがここに来た。次は自分かと考えたのは決して根拠なき妄想では無い。
「どうぞ、お座りください」
「は~い!」
オーソンが商談用のテーブルに案内した。数人が掛けられるソファにアリシアが座る。ダアガスはその左斜め後ろに立った。オーソンは急に痛み出した胃を押さえながらアリシアの正面に座った。
「奴隷を購入するとの事ですが、ご予算の方は?」
オーソンはアリシアの姿を見て絶句した。本人は無自覚みたいだが、余りにも煽情的で卑猥なビキニアーマーだ。まともじゃない感性を持つ貴族が愛人の裸を周囲に見せつけるために装備させる類のものだ。ただそれにしてはおかしい所があった。彼女のブーツは長距離移動をする前提でしっかり作り込まれている。愛人を傍に置いておく貴族が外に出すだろうか? 後ろの護衛が居るから大丈夫と思ったのかもしれない。しかしそれだとこのドラゴニアンが死んだ奴隷商人の奴隷とは違う個体になるのでは無いか? オーソンは混乱が少しは良くなると期待してアリシアの剣を見た。武器に詳しくないオーソンでもそれが実戦用の業物だと一瞬で見抜いた。この剣の質を見抜けてギリギリ二流の目利きだ。ビキニアーマーの本質を見抜けるのは一流かそれ以上のみ。オーソンの目利きは総合して二流より少し低い程度だ。
「え~と、たくさん!」
そう言ってアリシアは金貨の詰まった袋を四つオーソンの前に置いた。オーソンの抱えている奴隷を全員購入してもお釣りが来るほどの大金だ。オーソンはこれほどの大金を見た事が無かった。オーソンは自分の持つ全ての資産を換金すれば税前でこれくらいになると試算する余裕はあった。
「凄いパトロンをお持ちで」
オーソンはもはや一刻も早く帰って貰う事しか考えられないほどに焦燥していた。一体何処の貴族がこれだけの資金を動かしたのか皆目見当が付かなかった。ホープエンドの貴族では無い。となるとイスフェリアになる。イスフェリアの貴族がホープエンドの奴隷商で大金を落とす。ホープエンドの貴族は絶対に面白くない。最悪、ホープエンドとイスフェリアの貴族同士が一戦するかもしれない。大規模な流血にはならないが、貴族の若手同士がお互いの誇りを掛けて騎馬戦を仕掛ける可能性は高かった。
「それで読み書きが出来る人が欲しい!」
アリシアが自分の希望を言う。
「読み書きですか。数人候補はおりますが、全員男性です」
「却下」
後ろのダアガスが短く呟いた。アリシアが抗議をするも、オーソンは助かったと感じた。パトロンの若すぎる愛人に男の奴隷は危険過ぎる。例え無実でも、オーソンが謂れなき罪で処刑されても誰もが自業自得と決めつける。
「他は居ないの?」
「え~と、そうですな……」
オーソンは記憶を探る。読み書きが出来る女性は貴重で高値が付く。教育した女性を使わずに花の様に飾るのは究極の無駄であり、多くの貴族はそんな花を多く飾る事を望んだ。子供の頃から仕込み、大人になるに連れ一定以上の美しさを維持出来なければ容赦なく捨てられた。オーソンは過去に選定落ちして顔を潰された奴隷を買わされた事があった。捨て値で羽振りの良い行商人に押し付けて在庫を処分した。それからは流石のオーソンも他の奴隷商による自傷奴隷は断る様にしていた。
「あ! 居る事は居るのですが……」
「問題?」
「宮刑と言うのをご存じですか?」
「知らない」
「知らん」
アリシアとダアガスは首を傾げた。ロギはそれが何か知っていたが、今しばらくは黙った。
「え~と、男の男を潰して男で無くする刑罰です」
オーソンが苦しい説明をする。
「それで?」
「パトロン様に男だと言う理由で怒られないと思います。ですが、重罪人のために終身奴隷となっています」
「危険はないのか!」
ダアガスが心配になって問う。
「安全です。政治の戦いで負けた男ですので読み書きから礼儀作法まで詳しい掘り出しものです」
「なんで売れないの?」
「あ~、やはりそう言う刑に処された男ですので……こう縁起が悪いとか……他の貴族家との確執が……」
「見る!」
「わ、分かりました」
オーソンはダアガスを見たが、ダアガスは目を瞑ったままだ。その人となりを見ないと判断が出来ないと思ったのかもしれない。しばらくすると四十歳は超えてそうな男が連れられてきた。髭がない以外は年相応の姿をしていた。奴隷商での生活が長いのか、かなり痩せてはいたが、病的に痩せてはいなかった。ダアガスの言った通り、オーソンは実直な商人であった。
「おい! 挨拶をしろ!」
「も、申し遅れました。名をマイケラスと言います。かつてティファーニア農国で代々城主を務めていた一族の出です。家名はご遠慮ください」
マイケラスは一瞬呆けるも、急いで貴族風の礼をする。
『何処まで攻めたい?』
ここでロギが初めてアリシアに声を掛けた。
『何処までも!』
『良い返事だ! それでこそ私の魔将だ!』
『うん!』
『なら問え……』
「私はアリシア。マイケラスさんは私のお祖母ちゃんを知っている?」
「は、はい……。いえあの頃は幼少の握り。一度謁見の栄誉を賜っただけです」
「似てる?」
「王城に飾られていた姿絵の面影はかなりあるかと」
「どうして奴隷に?」
「私は王家を裏切った一族の一人です。それでティファーニアが安定するなら……。いえ、所詮は自己正当化です。しかし同じく裏切った一部貴族はグラースエヴァン王国を裏切ろうと策謀を開始しました。反対した私は『反乱を企てた』と嘘の密告を受け、フェリヌーン隷国へ流されました」
オーソンは「聞くんじゃなかった」と言う顔をしているが手遅れだ。グラースエヴァン王国への裏切り行為なんて何処に報告すれば良いのか分からない。粛清される未来しか見えない。それよりもこの貴族の愛人をやっている少女が実は王族だとは……。もういっそ首を切って楽になった方が良いと真剣に考えた。
「買うよ!」
「よろしいので!?」
「読み書き教えて」
「私で良ければ、幾らでも!」
跪き涙を流すマイケラス。ロギは彼の言葉に嘘を感じられなかった。
「マイケラス。私はダアガス。アリシアの護衛だ。アリシアは一人で悪い宿に泊まっている。屋敷と世話人が必要だ」
「なんと! なら世話をするメイドは?」
ダアガスの言葉を聞き、アリシアの姿を見てマイケラスは飛び上がらんばかりに驚いた。アリシアが何処かのパトロンの愛人になっているのは仕方がない。ホープエンドは少女一人が生きるには辛すぎる。しかしよりによってビキニアーマーなど! マイケラスはパトロンを全力で殴りたくなった。だがそう考えると同時に冷静さを取り戻した。そしてアリシアの装備が魔法王国時代の遺物かもしれないと気付いた。もしそうなら、余程力を持った存在がアリシアの後ろにいる。それこそ、失った国すら取り戻せるかもしれない。
「居ないから困っている」
「え? 困っているの?」
「男所帯でな……」
ダアガスは残った腕で顎をかく。
「予算は十分ありますでしょうか?」
「たくさん!」
「なるほど。オーソン様、よろしければ私が指定する女性たちを……」
「まけんぞ」
「言い値で買う!」
アリシアが宣言した。オーソンが悪徳商人なら幾らでも値を吊り上げられた。しかし彼はそんな事はせずに当初の値段で売った。商談より手続きの方が長くかかったが、順調に一人一人終わらせていった。
***
「さて、正式にご主人様……」
「嫌!」
アリシアがその呼び方に猛抗議した。
「……ではお嬢様?」
『悪くない』
『……』
「それで」
アリシアは照れているのか怒っているのか分からない表情で答えた。
「なら改めて。お嬢様が屋敷を借りる際には保証人が必要です。ね、オーソン様?」
「私にやれと……」
オーソンが気後れして言う。
「八人も奴隷を購入したお嬢様です。住むところが無いから商談が流れては困るのでは?」
ロギは奴隷の数が多すぎると思ったが、マイケラスは考えあっての行動だった。奴隷のオーナーは奴隷の住む場所を提供しないといけない。七人を超えた辺りで屋敷が必要になる。ここでオーソンは選択を迫られた。マイケラスだけを売って満足するか、八人を売って大金を得るか。オーソンは前者を選びたかった。しかし家業の誇りは後者を選べとオーソンの頭の後ろで囁いていた。そしてオーソンはその言葉に負け、アリシアの屋敷の保証人を引き受けた。引き受ける対価としてさらに彼女から金貨をせしめた。マイケラスは値切れると思ったらしいが、アリシアが興味を示さなかったので一度しか口にしなかった。
「楽しみだね!」
アリシアは天真爛漫に言う。それを後ろで控えていた奴隷連中は暖かい目で見守った。悪いオーナーに買われたわけではない。とにかく悪い印象を持たれないように頑張ろうと奴隷連中は結託した。こうしてアリシアのホープエンドでの新しい生活が始まった。彼女が新しい生活に慣れ、黒幕が次なる一手をうつまでしばらくの時を必要とした。
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