014 保護者のにらみ合い
「久しぶりのお外!」
アリシアは元気にはしゃいで森の中を駆けた。奴隷商が不慮の事故で行方不明になって二日。遂に門の封鎖が解除され出入りが自由になった。黒幕は奴隷商を使った策が潰えたのでロスカットに動いた。アリシアが逃げ出しただけなら次の手を放った。しかし囲っている娼婦の知り合いを名乗る女性から齎された情報で作戦を改めた。まずは薄汚い盗人のヴァンパイアを始末する事を優先した。その結果、疑いがあると言う理由で特に関係無い人間が大量に殺される事になる。
「油断はするな」
ダアガスがそう言うも、彼自身はアリシアがこんな所で後れを取るとは思っていない。今も迫って来たゴブリンをファイアブリンガーで一刀両断した。その姿を見てダアガスは目を細めた。彼の目には力の使い方を根本的に間違っている少女が映った。矯正しようにもアリシアは人間基準で十分強い。無理強いすればポッキリ壊れる危険があった。ダアガスはアリシアと過ごした宿の一室で彼女が精神面で抱えている問題にも気付いた。だが答えを出す前にロギの話を聞くべきと判断を保留した。
『ここら辺で良いだろう』
『うん!』
ロギはレーダーに人とモンスターが映らないのを確認してアリシアに領域化を使わせる。
「待たせたな」
アリシアの側に立ち、ダアガスに向き直る。
「宿屋の部屋で使うのが少し危険なら仕方あるまい」
「下手に使って特定されるのは好まない」
ダアガスは特定が出来るのかと不思議がったが、何も言わなかった。ロギは特定できそうな方法を二つほど思いついていたが、現在の魔城では試せないので安全策を取った。奴隷商の館には二度と帰る予定が無かったので使う事に躊躇が無かった。
「それで今後について話すか」
「ああ。だがその前にアリシアの装備を返そう」
ロギはヘッドバンドとビキニアーマー、そしてブーツと業物の剣を取り出した。ロギは一日掛けて物理的にも魔法的にも何か仕掛けてられないか調査して安全と判断した。あの短期間で何か仕掛けられるとは思えないが、黒幕の正体が分からないのでは気を付けるに越した事は無い。
「ありがとうロギ様!」
今着ている服を勢い良く脱ぎ捨てるアリシア。
「「……」」
ロギとダアガスは固まった。そして一瞬遅れてロギがグールトループを転送してシーツで二人とアリシアを分断する。
「戦場で下手な羞恥心を持つより良いが……」
ダアガスは何とも言えない表情だ。
「過去を考えるとな……」
ロギも歯切れが悪い。
「どうしたの?」
アリシアがシーツの横から顔を出して問う。
「まずは服を着ろ。それからお昼だ」
「わーい、お昼!」
「食糧も転送か」
「便利だろう?」
「確かに。戦いにおいて兵站は重要だ。それを転送で代用できれば大いに助かる」
ロギはダアガスから「兵站」と言う言葉が出たことに驚く。ロギを襲った討伐軍は「現地調達」しか考えていなかった。奴隷アリシアが知っている冒険者も三日分の欲し肉とエール以上の備蓄を持つ事は無い。ロギ、そしてダアガスすらも知らなかったが、ドラゴニアンは天空に浮かぶ星々にすら手が届きそうだった魔法帝国時代の知識を不完全に継承していた。ダアガスは「兵站」を知っていたが、それをどうやって実施するかの知識は無かった。
「終わったよ!」
アリシアがシーツを押しのけて飛び出す。幼い体つきから少し危ない色香が昇っている。ロギは近くビキニアーマーに変わる装備を用意する必要があるのではと頭を悩ませた。ダアガスは即刻新しい防具に切り替えるべきだと思った。しかしビキニアーマーの防御力はダアガスも認める所だ。今のアリシアに取ってはこのビキニアーマーが生命線であった。あれを装備していればダアガスにすら互角に戦えたかもしれない。少なくとも二人が戦った時の最後の一撃でアリシアの腹に大穴が開く事は無かった。
「良し! なら腹ごしらえだ。ジャーン! フライドチキンだ!」
「おお!!」
「鳥に衣を付けて油で揚げたのか?」
ダアガスが匂いを嗅いで舌で舐めながら評す。
「いつもパンにはさんだ料理ばかりでは飽きからな」
ロギはそう言ったが、アリシアがフォークとナイフの使い方を知らないため苦渋の策だった。スプーンは使えるのでスープ系は用意出来るが、あれは煮込みに時間が掛かり過ぎる。魔城として襲ってくる諸勢力を撃退し、同時にアリシアを見守りながらでは凝った料理は不可能だ。
「少し支配領域が広がって野性の鶏を発見したんだ」
恐らく討伐軍が滅ぼした村で放し飼いにされていた鶏だ。討伐軍は鶏を探すためだけに村から遠くへ行く事は控えた。運よく数羽残っており、それが今日の料理となった。ロギに増やすと言う考えは無かった。増やすのなら大量に買い付け、管理する人材も雇ってから実行する。
「うまーい!」
「だろう。今回は少しハーブ類を混ぜてだな……」
ロギが饒舌に語る。これだけ見れば気の良い兄と甘えん坊の妹にしか見えない。
「それで、そろそろ、本題、ではないか?」
ダアガスはボキボキとフライドチキンの骨まで砕いて飲み込む。
「アリシアをどう鍛えるか」
「うむ」
「うん?」
アリシアは二人が何を言っているのか理解出来なかった。
「私が資金面を担当しよう」
「私が戦い方を教えよう」
「そう言えば、あの戦いで負けたのって?」
「闘気だ」
アリシアが聞いて来たのでこれ幸いとダアガスが解説を開始した。ロギも興味があったので静かに聞いた。
「闘気とは体の奥底から沸く力だ。人間では初歩的なものしか使えない。だがドラゴニアンとドラゴンは竜闘気を使える。これが他の種族では真似できない圧倒的な力となる」
「ふ~ん、でもそれなら私は無理だね」
「そんな事は無い! 勇者……になれそうな人間は神闘気を使える。竜闘気と似ているが、極めれば竜闘気を超える最強の力になる!」
ダアガスはアリシアが聖剣を扱えるのを知っているが、それだけで勇者と認めて良いのか分からなかった。
「おお!!」
喜ぶアリシアを横目にロギはダアガスの話について考える。『リージョン・オブ・ジ・エターナル・フレイム』には闘気なんて無かった。だが能力アップのスキルはあった。もしかすればそれが闘気だったのかもしれない。そしてそうだとすれば、魔将もゲーム通りに何らかの闘気を使えるはずだ。魔闘気とでも言うものを持っていても不思議ではない。アリシアがどちらを使えるか分からないが、ダアガスに師事するのは無駄ではなさそうだ。
「アリシアの授業料は出す」
アリシアが習う気になり、ダアガスが教える気になったのを見計らって発言した。
「不要と言いたいが、一文無しでは師匠として格好が付かぬか。本来なら自分の食い扶持は冒険者か傭兵をやって稼ぐものだが……」
「それなら追加でアリシアの護衛をやってくれ」
「やはり狙われているのか。聖剣が目当てか?」
「アリシア自身だ」
そこでロギはアリシアの身の上を話した。口で語るに憚れる所はぼかした。
「うおおおお!! なんたる事! この様な少女にその様な地獄を! 許せん!! このダアガスが下手人どもを八つ裂きにしてやる!!」
ダアガスがロギの予想を超えるより激昂した。今はダウナー系ドラゴニアンになっているダアガスは本来かなりの熱血野郎なのかもしれない。
「師匠! そんなに泣いて何処か痛いの!?」
「な、泣いてなどいないぞ!」
「本当?」
「本当だ!」
「アリシアもそこら辺で。男には色々あるんだ」
ロギが止めた
「はーい」
「さてダアガス、それ以外の事はどうする?」
「魔法か? 流石に専門外だぞ」
「読み書き。そして女性らしい事」
「ドラゴニアン語の読み書きなら……。それと後者は無理だ」
両方とも役に立たない。
「宛は無いか?」
「そちらは?」
「レッサーサキュバスなら?」
トループとして召喚出来る。彼女達なら最初から女性らしい知識を持っているはずだ。
「言語道断過ぎる!」
「最低です」
アリシアまで敵に回った!
「ロギ、資金はあるのか?」
「爵位の一つや二つは買えるぞ?」
マナを使えば幾らでも金貨を生み出せる。他の物資と比べると交換レートは決して良くない。しかし今の魔城は金貨かグールのトループを生み出すくらいしかマナの使い道が無かった。魔城の倉庫は金貨で溢れかえっていた。金貨を見せびらかした時に宿屋のオーナーから金貨で買える一番高い物を聞いていた。そこに法衣貴族の爵位があった。ロギに買う気は無かったが、必要に応じて手駒を貴族に出来る手がある事を喜んだ。
「それなら奴隷だな」
「……」
アリシアが悲しそうな眼をしてダアガスを見た。ダアガスは明らかに縮こまっている。
「奴隷の扱いは主人次第だ。アリシアが奴隷を不幸にしない主人になれば良い。違うか?」
ロギが助け船を出す。今すぐ裏切らない、または裏切り辛い人材と言えば奴隷しかいない。もっと時間を掛けて精査すれば良い人材は見つかるだろう。しかし黒幕が仕掛けてきた。次にいつ仕掛けるか分からない。少女とドラゴニアンの二人だけでは心もとない。
「そう……なのかな?」
アリシアは自信なく呟く。
「そこはダアガスを頼れば良いじゃないか」
「え?」
「奴隷では無いが主人でも無い。奴隷の不平不満を上手く聞き出して、それを元にアリシアが改善策を考えれば良い」
「任せろ。この首を見たら勝手に仲間だと思ってくれる!」
ダアガスは鱗が削ぎ落された首筋をなぞる。解放奴隷と言う、他の奴隷から見れば少し扱いに困る存在だと勝手に思い込む。だがアリシアよりは愚痴を聞いてくれる相手と思うだろうし、アリシアへの献策が出来ると考える。
「それなら? でも酷い事は絶対に駄目だから!」
アリシアが譲れない一線を言う。
「了解だ。ロギ・アルスヴァータの名に誓ってアリシアが今日買う奴隷に酷い事はしない」
今日だけなら約束しても大きな問題は無い。この先に奴隷を使い潰す可能性は排除できなかった。何せ敵は全世界だ。勝つために使える手は使うのがロギだ。
「私もドラゴニアンの誇りに誓おう」
「二人とも、ありがとう!」
アリシアは子供っぽい我儘を言っている自覚はあった。それでもそれを全力で支える大人が二人居る事に涙した。これまでの大人は彼女を利用して雑巾の様に使い潰した。しかしこの二人は違う。そんな感じがして、もっと前を向いて生きようと改めて思えた。
「あ! 部屋はどうする?」
ロギは人の数が増えた今の宿屋では無理だと気付いた。
「ふん! 食べ物に混ぜ物をする所など信じられるか。これを機に一軒家を狙うべきだ。金貨は十分あるのだろう?」
「大丈夫だ。となると一軒家で掃除をする人間も買うか」
「え? 掃除なら私がやるよ?」
「私の修行を終えて家事が出来ると思っていたか? もっと量を増やさねば……」
「え、ええ~!?」
「ドラゴニアンジョークだ、たぶん」
ロギも本気かどうか分からなかった。
「修行では限界まで追い込むものがある。二足の草鞋は諦めろ」
「は~い」
「修行は良いが最低でも読める様には急いでするぞ」
「座学の時間位は作ろう」
明らかに不満そうだ。しかし読める事の重要性は知っているのか、渋々時間を作ってくれそうだ。
「なら、何処の奴隷商に行く?」
「一つ、金さえ払えば裏切らない奴隷商を知っている。値切れないし、手持ちには変なのが多いと聞くが、信だけは置けるらしい」
「普通の商人をやった方が儲からないか?」
「家業だ。そう簡単に他の商人には転身出来ない」
「そう言う制度があるのか」
「また聞きだが、だから爵位は買えるのだとか」
「貴族になって子供は真新しい状態でスタートか。子供に取ってはたまったものじゃないな」
家業とコネ、場合によっては商売に関する財産を全て手放した状態で一からスタートだ。まるで失敗する前提の爵位売りだ。
「失敗した者が奴隷落ちするらしい」
ダアガスは経験則からロギの言いたい事が分かった。
「?」
完全に取り残されたアリシアは首を傾げる事しか出来ない。
「余り遅くなっては面倒だ。ホープエンドへ戻ろう」
ロギは金貨の詰まった袋を三つ転送し、彼自身は魔城へ帰還した。
「さよなら、ロギ様!」
「うむ」
アリシアが手を振るのを満足して見守る。ヘッドバンドがあるのでいつでも話せる。だがここはアリシアとダアガスのお手並みを拝見するためにも介入は最低限にすると決めた。
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