↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/144

011 囚われのアリシア

 ホープエンドから出られなくなって十日。そろそろ一般住人からの不満が無視できない程になっていた。そんな中でアリシアは買い食いと宿屋でゴロゴロして過ごした。人生で初めてゆっくり休めたと言える。アリシアは「ちょっと胸が大きくなったかも」と無邪気に喜んでいたほどだ。


「今日のスープは肉入りだね!」


「応よ!」


 アリシアが泊っている宿屋で夕食を取る。今日は珍しくアリシアしかいない。それなのに食事はいつもより少し豪勢だ。普通なら何かを疑うほどではないが、アリシアは自分が狙われている自覚が少し足りなかった。魔将になった事で得た強さを信じていた。そしてトーラスとバズーゾを連続して撃破したのがその確信を深めた。ロギもアリシアの自尊心を伸ばすのが重要と考え、水を挿す発言は控えていた。


「あ……れ」


 そしてアリシアはふら付いてそのままテーブルに倒れ込んだ。


『アリシア!』


 ロギの必死の叫びもアリシアには届かなかった。ロギはトループを転送してアリシアを助けようとした。しかしそれが叶う前に宿屋に恰幅の良い男に率いられたゴロッキが宿屋に踏み込んだ。


「首尾は上々だな」


「ちっ、出て行くなら裏を使え」


 宿屋のオーナーは不機嫌を隠さず言い放つ。


「はっ、同じ穴の貉なんだ。そう嫌いなよ」


「……」


「おい、運び出せ」


「「へい」」


 ゴロッキ達は慣れた手付きでアリシアを麻袋に入れて裏口から出て行った。奴隷商であった恰幅の良い男は宿屋のオーナーの足元に金貨を数枚投げて立ち去った。


***


「くくく! これでこの女逃げられない。明日一番にあの御方に伝えねば!」


 気を失っているアリシアに奴隷の首輪を嵌めた奴隷商は耳まで届きそうな笑みを浮かべて宣言した。商人はみすぼらしいボロの上着と下着をアリシアの近くに投げて退出した。彼が退出すると「ガチャン」と鍵が掛かる音がした。


 未だ気付かないアリシアの額がほの暗く光り、痣の様にポーンの駒が浮かび上がる。アリシアの肉体にしばらく動きが無いと分かり、ロギの方から「領域化」を発動させた。アリシアが目覚めていれば、主導権はアリシアにあるのでロギと言えど独断で「領域化」は出来ない。


『してやられたな』


 ロギは限られた情報からアリシアの現状を推理した。アリシアは個室に入れられている。これが分かっただけでロギは大いに安堵した。同居人の有無でこれからの対応が大幅に変わった可能性があった。個室ならばある程度好きに動ける。次に確認したアリシアの体は無傷だ。奴隷の扱いとしては違和感があったが、ロギの持っているこの世界の知識では違和感止まりだった。それよりも装備が全部奪われた方が問題だった。アリシアの背丈に合った剛剣、自動防御バリアを張れる下着より恥ずかしいビキニアーマー、悪路走破を主眼に置いたバトルブーツ、そしてロギとのやり取りが可能なヘッドバンド。


 あのヘッドバンドは額にポーンの駒が浮かび上がった所を他人に見られなくする効果の他に、ロギの目と耳を拡張する効果があった。ヘッドバンドが無くてもロギはアリシアと交信出来るが、ロギが自分で仕入れられる付近の情報はほぼゼロに落ちる。不味い事にあれは一品物であり、ウェアウルフのトループを使った別計画を発動したばかりで手元にあるマナが少し少ない。純粋なリソース管理の面で言うのなら、アリシアには自裁を命じて玉座の間で再誕させた方が安上がりになる。


『この一手で全てが変わる』


 ロギは滝のような汗をかきながら選択を迫られた。二択問題で片方を選んだらゲームオーバーが確定する状況に等しかった。どっちを選んでもゲームオーバーかもしれないし、何も起こらないかもしれない。一つはウェアウルフのトループをアリシアの側に転送し、ウェアウルフにアリシアを殺させる。アリシアを玉座の間で再誕させ、ウェアウルフのトループは死ぬまでホープエンドで暴れる。この場合は状況のリセット、更にはホープエンドの警戒度が上がる。アリシアがこんな風に再誕させられた事をどう思うか分からない。一つはアリシアを魔法で治療して、アリシアを中心に奴隷商を脱出する。アリシアが戦えるか分からない。そしてこの手の脱出任務に適したトループが無かった。グールのトループを二つほど展開させて人海戦術で攻めるしかない。もう一つ選択肢がある。アリシアが自然に目覚めるまで待つ。ただアリシアは朝まで起きない。となると脱出する時間が足りなくなる。この世界に時計は無いが、前世基準で言うのなら二十二時くらいだ。朝の五時まではほとんど人通りが無い。奴隷商から多少悲鳴が聞こえた所で、奴隷を教育(・・)しているとしか思われない。アリシアが目覚めるまで待つのは下策の下策。動くのなら今(・)だ。


『キュア!』


 ロギは状態回復魔法を発動させた。アリシアが戦えない状態ならウェアウルフのトループを送り込む。奴隷にされた事を見た後で信頼している男に殺されるのはアリシアの精神に多大なストレスを与えるのはロギには分かっていた。だがロギはアリシアならこの状況から立ち直れると信じていた。一人なら折れて絶望する。しかしアリシアにはロギがいる。ロギの自惚れになりそうな自信がアリシアを目覚めさせる事を選んだ。


『……ロギ様?』


『目覚めたか。状況は何処まで把握している?』


『状況?』


 アリシアは自分の体を見下ろして、服を着ていない事に気付く。小さい部屋は全体的に薄暗く、装飾品は無い。大きなカギが付いている扉には鉄棒が嵌っているのぞき穴がある。アリシアは震える手で恐る恐る首筋を触る。


「あ……あ……」


『黙れぇぇぇ!!』


「ひぐぅ!」


 アリシアが大声で叫びそうになったのを悟ったロギが更に大声で彼女の行動を阻害した。


『すまない。敵はアリシアが起きたのを知らない。まだバレるわけにはいかない』


『私……私……また奴隷に……』


 アリシアから止めどなく溢れる涙。ロギはアリシアの押し殺した泣き声でしかそれを知れない。


『首輪一つ程度がどうしたと言うのだ!』


 ロギは努めて明るく振舞った。


『でも命令に従わないと……』


 アリシアは奴隷時代が悲惨だった事もあり、本能的に従わねばと考えてしまう。


『従わない場合はどうなる?』


『首輪が閉まって、最悪は死にます』


『なら問題無い』


『え?』


『アリシアの首を絞められる首輪など無い』


 アリシアが魔将としての力を十全に発揮できればアリシアの首を絞めようとする首輪の方が壊れる。命令を強制したり、奴隷を呪い殺す首輪ならば話は別だ。しかしそんなレアアイテムがこんな場末の奴隷商にあるわけがない。一人で絶望しているアリシアとは違ってロギは蚊に刺された程度の事としか考えていなかった。


『……』


 ロギの声を聞き、アリシアは少し落ち着いた。


『綺麗なアリシアにそんな首輪は似合わない』


『でも取れません』


『本当か? アザンディオスの事を忘れたか?』


『おじ様?』


 アリシアは人差し指で首輪を撫でながら思い出す。死の間際でアザンディオスが軽く首輪を引きちぎったあの時の事を。


『アリシア。ロギとして命ずる。首輪を破壊しろ!』


『破壊? 私に出来る?』


『出来ると信じろ! 俺は出来ると知っている!!』


『分かった。やってみる!』


『その意気だ!』


 これまたアリシアが魔将としての能力を十全に発揮すれば熱したナイフでバターを切るが如く簡単に破壊できる。


『ビクともしない!』


 アリシアは力を入れるが、奴隷の首輪は壊れない。外そうとする意志に抵抗してアリシアの首を絞めてはいるが、そっちは効果を発揮していない。外から見れば外そうとする意志と締め付けようとする意志が拮抗している。


『アリシア。……弟だ! 弟を探しに行くんだろう!』


 ロギは掛けるべき言葉を必至に考える。アリシアが人間を辞め魔将として生きるにはメンタル面で自分自身を克服しなくてはいけない。アリシアは戦いを通じて自分の強さを自覚している。それを自分だと受け入れる覚悟があれば、アリシアは更に強くなる。こんな奴隷の首輪など障害にすらならない。


『……』


 アリシアは一層頑張るが、弟は人間だ。弟の前で姉が人間を辞めたと認めるのは酷だ。弟を探すにはこの力が必要なのは分かっている。それでもやはり今少し出力が足りない。


『俺はこの世界の事を知らない。俺は一人では魔城の外に出られない』


『ロギ様?』


『俺は世界を見たい。だが一人じゃない。アリシアと一緒に見たいんだ!』


 ロギは玉座の間で真っ赤になって叫んだ。その滑稽な勇気ある宣言を見て、不動のクラウンガーディアンに人格があれば吹き出していたはずだ。


『ロギ様! そうよ、私はロギ様と一緒に世界を!』


 アリシアの指が首輪に食い込み、首輪はメキメキと音を立てながら自壊しだす。


『行けぇ!』


『やあああ!』


 アリシアは一気に首輪を引きちぎった!


『良くやった!』


『はい! 出来ました!!』


『なら次はこっちが攻撃に出る番だ!』


『逃げないの?』


『アリシアがここに居たと知る人間と奴隷は口封じする』


 アリシアが奴隷の首輪を引きちぎって逃げたと言う情報は絶対に秘匿する必要がある。そのためならホープエンドの全人口を虐殺する事に躊躇は無い。幸い、殺すべき奴隷商とゴロッキの顔はヘッドバンドで見ている。アリシアの牢屋から出口までの部屋に居る奴隷には悪いが、下手な里心は自分の首を絞めるだけだ。


『どうしても?』


『恨むのなら私を恨め』


『ううん! ホープエンドに来たのは私の我儘! だから私の責任!』


『なら仲良く半分こだ』


『うん』


 アリシアは納得はしていないが我慢はしてくれた。それに自分に奴隷の首輪を嵌めた奴隷商への怒りは相当なものだ。それが無ければロギと言えどアリシアを説得出来なかったかもしれない。


『装備とトループを転送する! ここからは時間との勝負だ!』


『ファイアブリンガー!?』


 ロギはアリシアの専用装備たる原初の火を宿す聖剣ファイアブリンガーを送り出した。三百年前に魔城と相打ちで死んだ勇者ルクスが振るいし破邪の一振りが怒りでその刀身を青く光らせていた。掠るだけで全てを消し炭にしそうな勢いで燃えていた。


「私は大丈夫だから。一緒に悪者をやっつけよう!」


 アリシアの声を聞いてファイアブリンガーの刀身がいつものオレンジ色に戻る。ロギはアリシアの言う事しか聞かないファイアブリンガーに不満たらたらであったが、今夜ばかりは我慢した。


『防具は普通のものだ。気を付けろ』


『うん!』


『それと私が命令を出した後はヘッドバンドを回収するまで話せない。それを念頭に作戦を説明する』


 アリシアは急ぎ防具を装着しながらロギの言う事を聞いた。ファイアブリンガーを手にし冷静になった分だけ、これから行う戦いにはかなり緻密な行動が必要になりそうだと気付き青ざめた。アリシアの強みは自分も周りも気にせずフルパワーで武器を振り回せる事だ。奴隷商の口封じと装備奪還に必要な技術とは余りにもかけ離れていた。


『安心しろ。グールのトループ二つが主力だ。アリシアは抵抗する敵を殺せ!』


 それを分かっているロギはアリシアの良さを最大限に引き出せる戦術を考えた。要約すれば「眼前の敵を殴れ」になる。


『アリシアの居る場所は地下一階だ。買い食いの時に外から見た限り、建物は二階建てだ。従業員の大半は一階にいると想定出来る。奴隷商はたぶん二階だ』


 ロギは奴隷商を冷やかさなかったのを後悔した。ただアリシアを地下一階においたのは、アリシアが特別(・・)だからだ。そして奴隷の逃亡を警戒するのなら奴隷は二階に置く。奴隷の首輪があっても逃げようと企む人間は絶対にいる。アリシアの様に違法な手段で集めた人間ならその傾向は強い。逃亡阻止の人員を一階に置く。そしてこいつらは全員殺す。


 一番のネックは二階だ。下手にアリシアが居たと知られるのは不味い。かと言って奴隷商を生かす選択は無い。


『フード付きのローブと仮面を出す』


『仮面?』


『顔を知られなければ殺す人間を減らせる』


『使う!』


 アリシアはやはり善性が強い。ロギはその善性がいずれ魔城に取って毒となるのではと心配した。だがそうなるのならそれは遥か先の事だ。ロギは記憶の片隅にその懸念を追いやり、開戦を宣言した!


『オペレーション・デイブレイクを発動する! 各自奮起せよ!!』


『おお!』


 仮面を付けたアリシアが牢屋の扉をエックス字に切り飛ばし、グールたちが廊下に溢れ出した。

応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。