番外編: 弟は一人で二人
生きるとは難しい。
死ぬのも難しい。
自分のキャラクターを、文中で殺してしまって、泣いたJ.kローリングの気持ちが少しわかりました。
弟が死んだ。
もともと、体が弱かった。
風邪を引いたら、長く寝込む。
咳き込んだら、ぜいぜいと胸から音がしていた。
食も細く、ほっそりとした腕は、女子と変わらないほどで、青い血の道が何本も見えていた。
その弟が昨夜、ひっそりと、眠るように、逝ってしまった。
なんの前触れもなく、静かに、その人柄のように穏やかな死に顔で。
私にとってはすぐ下の弟だから、なににつけ比べられてきた。
書も学問も、負けじと張り合ってきた。
さすがに体を使うことは張り合わせるわけにはいかなかったが、論じる内容は、いつも私のほうが分が悪かった。
でも、これはない。
こんなあっけなく、勝ち逃げするなんて許せない。
この先、誰と張り合えばいいというのか。
この先、お互いに言いたい放題言って、将来を語り、長兄への愚痴を言い合って、イタズラを仕掛ける算段を夜中にこっそり話して・・・
もう、それもできない。
もう、あんなに、分かり合えていた弟に会えない。
弟の枕元で泣き続ける母上様は、もう冷たくなってしまった手をずっと摩っている。
どうして、どうして、と、何度も問いかけて、嗚咽を堪えられず、泣き続ける。
親を置いて逝くのか、何故逝ってしまうの、なぜ私は命をあげられないの、こんなに冷たくなって、どうして笑っているの、どうして、どうして・・・
母上様の慟哭が、まわりの者から言葉を取り上げた。
母上様が、武家の出だと知ったのは最近だ。
しかもこの西国の出身ではないと知らされて、一瞬の驚きのあと、妙に納得した。
病で寝込む弟に付き添う母上様の昔語りを、枕元に陣取って何度か聞いていた。
この小柄で、時々若いというよりあどけない顔で笑う母上様からはついぞ想像もつかないほど過酷な人生を、まるで物語の中の雄々しい登場人物のことのようにワクワクして聞いていた。
様々な話の中で、死というものが、まるでなにか化け物のような存在で、いつもそこにいて油断したら取り込まれると感じていたと聞いて、恐ろしくなった。
でも、そういった話を共に聞いていた弟は、クスクス笑って言った。
「母上様。
死は常にそこにあり、でも、恐ろしくはありません」
と。
母上様の、そのときの、悲しく、悔しそうな顔は忘れられない。
弟の具合が悪いと、父上様はどこかからか冷たくて美味しい水を持ってきた。
明らかに、屋敷の井戸の水ではない、ちょっと緑の香りがする水。
その水を受け取ると、母上様はちょっと嬉しそうで、儚げな笑顔を見せて、お礼を言う。
特別な水だから、すぐに元気になりますよ、と、おまじないも言い添えて、父上様は弟の頭を撫でていた。
その父上様は、弟に縋って泣き崩れる母上様を、後ろから支えて慰めていた。
涙に濡れた諦めた顔で、弟の死に顔をじっと見ていた。
そうして、母上様を休ませるため、抱きかかえて部屋を出て行った。
今、この部屋に、私だけが弟のそばにいた。
改めて枕元に座ると、その細くて冷たい頬を撫でてやった。
死とは、この冷たさは、なんと容赦のないことだろう。
悲しいというよりは、とにかく悔しい。
いつか、母上様が話していた「死」が弟を連れて逝ってしまった。
命とは、当たり前に持っているものではなかった。
命とは、儚く、いつでもふと消えてしまう、あっけないほどささやかなものだ。
私は、長兄よりも大柄で、力も強く、足も速い。
いつか火事があったとき、弟を担いで逃げたが、その弟の小柄で軽い体に驚いたものだ。
少しずつ、流れ出ていた命の火が、昨夜ついに尽きてしまったのか。
あのときよりも、ずっと細く、小さくなった弟の体。
穏やかな顔で、
「いいのですよ。これで。」
と笑っているようだ。
なにが良いものか。
なにが、良いものかっ。
なにが・・・
ならば生きてやる。
私はお前の分まで生き抜いてやる。
お前が果たせなかったことを、すべて私が果たしてやろう。
「死」と戦って戦って、勝ち続けてやる。
「死」に連れて逝かれたお前を連れ戻せないならば、私はいつか「死」に負けるまで、「死」に挑戦し続けてやる。
お前はその「死」のそばで、私の生き様を見おろして、
「あのしぶとい男が私の兄です」
と誇らしげに笑えるように。
そこで見ていろ。
そこで見て、待っていろ。
ーーー
時が流れて、何度も大乱があったが、次男はしぶとく生き抜いた。
武士として生きることを選び、目覚ましい働きをし、やがて戦さ場で勇猛果敢に戦う武将になった。
馬を駆り、弓を射て、長槍も振り回し、鬼気迫るギラギラとした目で睨まれると、敵将も味方の将も床几から転げおちるほど恐ろしい武士となった。
だが、後年、南蛮渡来の寺が次々と焼かれ、その信者との不毛でどこに大義名分があるのかわからない戦いに、ついに弓を折った。
西国育ちのこの男には、南蛮が悪だとはどうしても思えなかった。
また、戦いに殉じる者たちは、武士ではない。
女子供もその壮絶な戦いに身を投じ、悲惨な最期を遂げて、また見るに耐えない有様で殺される。
「死」は、それほどに飢えているのか?
これまでも、どれだけの者が死んでいったか数え切れないというに、まだ「生」を欲するのか。
北の果ての国へ向かい、僧となり、静かに、だが、一歩ずつ力強く生き、かの地でまわりの人々のために生きた。
大柄の僧は、老いて息をひきとるとき、
「見ていたか?
ここまで生きてやった。
生きてやったぞ」
と笑って逝った。
「死」に、勝ったかどうかは、もういい。
ここまで、弟の分まで生きてきた、と。
満足して、逝った。




