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彼の欠片

 


 さして重大なことではないと思っていたのか、私の大声にシャオランさんは少し驚いたように表情を動かした。

 足元から顔を上げ、固まってしまった私のほうへとにじり寄ってくる。それはまるで、獲物に忍び寄るネコ科の猛獣。薄いカーテンからの光で、濡れたように光る黒い瞳。熱に浮かされたように私だけをじっと見ている。


「ガナ、ドールってなに……、竜って……」


 近づいてくる影のある美貌を見つめながら、私はシャオランさんの言葉を繰り返した。

 ガナドールっていうのはどこかの地名だろうか。

 竜って、まさか物語に出てくるようなあの竜がここには存在してるってこと!?


「ガナドールは大陸の強国。新しい部類に入るが、ここの所力を増している。昔は中規模の国だったが、周辺の小国を武力で自国へと組み込んで大きくした。代替わりしてからしばらくは大人しかったが、最近また侵略を始めている」


 囁くように、なんだか愛の告白でもするような甘い声が耳元にささやく。

 告げられている内容は殺伐としたものだから、その落差に私は頭がくらくらするのを感じた。何だか、これ以上は聞くなって暗に言われているような……。

 だけど、と私は頭を振ってそれを拒絶。

 うっかりしたらキスでもしてしまいそうなほど近づいていたシャオランさんから、少しだけ距離を取って口を開いた。


「あの、それで竜って。食い殺されたってどういうことですか?」


 惑わされずにそう質問した私を見て、シャオランさんはちょっと眉を寄せた。

 ……やっぱり、色々な意味で卑怯な感じで誤魔化そうとしたでしょ!

 こちらも負けずにむっと睨み返せば、少しの沈黙の後、彼は諦めたようにあっさりと身を引いた。


「つまらない話だ。あなたの耳に入れたくない」

「わ、私はシャオランさんのご、ご主人様ですっ。い、言うことを聞きなさいっ」


 言った! 私、言ってやったよ!

 反抗的に目を逸らしたシャオランさんに、私は寝台の上に起きあがると、全身から力と勇気と何かをひねり出して叫んだ。

 何だか心臓はばっくばくいうし、全身から汗は噴き出すし、絶対に顔は真っ赤になってるだろうし。

 ご主人様って、ご主人様って……大変なんだな。

 そんな私にちらっと目を向け、何故かシャオランさんは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「左足もくれるなら、言うことを聞く。犬を従わせるなら、褒美がないと」

「うっ」


 た、確かにうちの犬が子犬の頃、そうやってしつけたけども!

 教えたことが出来たら思う存分に褒めてやって、撫でてやって、ちょっぴり餌もやったけど!

 し、シャオランさんっ、あなた人間でしょうっ!

 艶めかしく笑んで、彼はワンピースの乱れた裾から覗く左のふくらはぎをつつっと指でなぞる。ぞわっと全身の肌が粟立ったのがわかった。

 考えて、冷静に考えるんだ、私!

 きっとこれは、シャオランさんは続きを話すつもりはないぞっていう、そういうことだ。

 こうすれば私が拒否して話がうやむやになるって、それを狙ってるんだ、きっと!

 でも、囲うように全てのものから遮断するように私を守ろうとしているシャオランさんは、この機会を逃したらもう絶対に話を聞かせてくれない気がする。

 今だって、何だか後悔しているようなそんな表情にも見えるから。だから。


「全部教えてくれたら、私の知りたいこと教えてくれるなら――舐めさせてあげても、いい、です……!」


 私は出来るだけ偉そうに見えるよう寝台の上に膝立ちになると、腰をかけてこちらを見ているシャオランさんを見下ろす。

 これでちょっとは彼の言う「上位者」っていうのに見えるかな?

 鼻息荒くシャオランさん相手に凄んで、凄んで、凄んで……あれっ?


「シャオラン、さん?」


 な、な、な、なんで!?

 なんでそこで赤面しちゃうの!?


 私が上から目線で睨み付けた途端、それまで涼しい顔をしていたシャオランさんはその秀麗な顔を真っ赤に染め上げてしまったのだった。

 そうしてそれを誤魔化すように口元を手のひらで覆い、気まずそうに目を逸らす。

 その何とも言えない、何だか恋する乙女のような反応にこちらまで気恥ずかしくなってきてしまった。じわり、と再び自分の顔も赤くなるのがわかる。


「……カツラが偉そうにしているのが、可愛い」

「かっ……!」


 ぼそっとふて腐れるように呟かれたひと言に、私はのけ反る。

 彼にはものすごいことを色々されたり言われたりしたけれど、こんな風に好意を伝えられたことは初めてな気がする。

 赤く染まった顔を背け、印象的な黒の瞳は床へと落とされて。黒い睫毛が微かに震えてる。

 困ったように吐き出された息が熱く甘やかで……。


 なんか、ちょっと、どうしよう。


 今までシャオランさんが私に向ける感情は、ひどく一方的で怖いくらいで。

 それは私個人に対してというよりは、彼の言う『命華人メイファーレン』に対する狂信的なもののような気がして、怖かった。

『命華人』以外は何も必要としない、自分すらいらないというような、全てを拒絶する純粋さ。誰も受け入れられない、それを向けられる私さえ受け入れることが出来なくても、それでも平気な愛情。

 だけど、今、少しだけ彼がのぞかせてくれたのは――。


「私……、私が本当にシャオランさんが望んでる『命華人』かどうかまだわからないけど……、でも、あの。……私、知りたいから。自分のことも、シャオランさんのことも」


 しどろもどろになりながら、私は彼に伝えようと藻掻く。

 小さく、一瞬の光が射すようにつかみかけた彼という人の欠片を、間違わないように。この間みたいに迷ったりしないように、私はそうっと掴む。

 自分から恐る恐るシャオランさんの頭に触れれば、彼はびくりと肩を揺らしてこちらを見上げた。驚いたような、怖がってるような。


「だから、どんなに怖いことでもいいです。教えて――教えなさい、シャオラン」


 今度はするりと彼に命を下す。今まで当たり前だったような、自然な口調で。

 するとシャオランさんは居住まいを正し、私に向かい頭を下げた。


シー。あなたの望み通りに」


 そしてまた視線が絡む。

 何度目かの見つめ合いだけれど、私には初めて彼の深い瞳の奥が見えたような気がする。

 まだ微かだけど、多分もっとずっとすれ違っていることや理解できないことは沢山あると思うのだけれど、それでも今、通じた。


 ――シャオランさんを、見つけた。


 頭に置いていた手をシャオランさんの頬に滑らせ、もう片方の手も添えて包み込む。

 彼はそれに逆らうことなく膝立ちの私を見上げ、そして唇が何かを語ろうと開かれた、そこで――。


「あー、えーっと、いつもいつもいいところを邪魔しちゃって悪いんだけどさあ」


 そらっとぼけたような明るい声に私が「うひゃっ」と声を上げるのと、シャオランさんが素早く動いて私を背に庇うのとが同時だった。

 それまでの穏やかな雰囲気を一変させ、すぐにでも獲物に飛びかかりそうなほど獰猛な表情で、扉の前に立つその人を睨み付ける。

 何の気配もさせず部屋の中に入り込み、人好きのする笑みを浮かべてこちらを見ている青年。


 ――蓮の華を持つ、ユワンさんを。



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