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私を捨てて妹を選ぶのですね。構いませんよ。4度目の私はあなたの家が潰れる日まで知っていますので  作者: 渚月(なづき)


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第1話 四度目の婚約破棄は、私の計画の始まりです

死ぬたびに目が覚める。それが三度続いたとき、私はようやく気づいた。これは偶然ではなく、何者かが私に与えた機会なのだと。


謁見の間の石床は、いつも冷たい。

高窓から差し込む光が金糸の絨毯を照らし、壁の紋章を淡く浮かび上がらせている。


私は静かに立っていた。

背筋を伸ばし、両手をドレスの前で重ね、視線だけを正面に向けたまま。

周囲には貴族たちが並んでいる。誰も私の方を見ない。あるいは見ないふりをしている。


「エリアナ・シェルトン。この場において、我々の婚約を解消することを宣言する」


ライオネル殿下の声は、よく通る。

高い天井に反響して、一瞬の余韻が残った。

三度聞いても、その声の張りだけは変わらない。


(……四度目だ。)


殿下の隣に立つ妹のサラは、今頃うつむいて唇を噛んでいるふりをしているだろう。一度目にはそれを見て心が震えた。二度目には怒りを感じた。三度目には何も感じなくなった。


四度目の今は、見る必要もなかった。

視線を向けなくても、サラの甘い香水の匂いが鼻に届く。ジャスミンと蜜蝋を混ぜた調合で、王宮でこの香りを使う女性は彼女しかいない。


「殿下のご意志を承りました」


声が震えなかった。

一度目は泣いた。二度目は怒鳴った。三度目は黙り込んだ。

四度目にして初めて、私は完璧な礼をした。


周囲のざわめきが一瞬止まった。

誰もが、婚約を破棄された令嬢が取り乱す場面を期待していたのだろう。


しかし私は微笑んだ。

穏やかに、しかし確実に。


ライオネル殿下の表情が、ほんのわずかに揺れた。

予想外の反応だったのだろう。彼は私が泣くか怒るかすると思っていたはずだ。三度のループで、私はその顔を学んでいる。


「殿下のお幸せをお祈り申し上げます」


それだけ言って、私は頭を下げた。

ゆっくりと、丁寧に、貴族の礼法通りに。背中を見せないまま三歩下がり、身を翻す。


謁見の間を出るとき、背後でサラの声が聞こえた。


「お姉様、私──」


振り返らなかった。

振り返る理由がなかった。



謁見が終わったあと、私は王宮の廊下を歩いた。

侍女たちの視線が背中に刺さる。靴音が石の床に響いて、それ以外の音が妙に遠い。


(……気にしない。今日から動く。三度の記憶が、すべてこの瞬間のためにある。)


泣いた結末、戦った結末、逃げた結末。

三つの死に方を、私は全部知っている。


四度目の今、私は走らない。叫ばない。

ただ証拠を集める。


石造りの廊下は、午後になると西棟が影に沈む。

王宮の建築は東西に長い。これは採光のためで、午前は東棟、午後は西棟に日が差す設計だ。


しかし西棟の奥、第三書庫のあたりは一日を通して薄暗い。

一般貴族には立ち入りを制限されている場所だが、シェルトン家はかつて王宮管理の一部を担っていた。


(※豆知識:中世ヨーロッパの城や宮殿では、窓の大きさや位置が身分と目的に応じて設計された。大きなガラス窓は非常に高価で、一枚の板ガラスを作るのに職人が数週間を要することもあった。そのため窓の大きさは建物の格式を示す指標でもあった。)


その管理権限は、まだ正式に剥奪されていない。

婚約破棄の宣言から権限の移行まで、通常三日の猶予がある。

過去三度の経験で確認した手続きの流れだ。


書庫の扉の前で立ち止まる。

分厚い樫の木の扉に触れると、冷たさが掌に伝わった。


「こんな時間に珍しいですね」


振り返ると、廊下の端に男が立っていた。

騎士団の制服。銀の肩章。副長の徽章。


日焼けした肌。背が高い。ひどく真っ直ぐな目をしている。

その目が、品定めではなく、純粋な関心として私を見ていた。


「カル副長」


名前を呼ぶと、彼は少し驚いた顔をした。


「私のことを?」


「王宮で働いていれば、騎士団副長の顔くらいは覚えます」


それだけ言って、私は書庫の扉を押し開けた。


中は薄暗く、羊皮紙の匂いがする。

古い革と動物性の脂の混じった、独特の匂いだ。


(※豆知識:中世ヨーロッパの写本は主に羊皮紙に書かれており、羊一頭から取れる皮は限られていたため、重要文書は非常に高価だった。一冊の聖書を作るのに百頭以上の羊が必要なこともあり、王宮の公文書は羊皮紙を使うことで権威と永続性を示した。)


棚を一つずつ確認しながら、私は奥へ進んだ。

指先で背表紙に触れ、年号と管理番号を確かめていく。


探しているのは五年前の通商契約書だ。

三度目の記憶で、この書類にサイクス宰相家による偽造の痕跡があることを知っている。ただし証明するには、本物の書類と偽造版を並べる必要がある。


本物は──この書庫にある。三度目に場所を確認したが、取り出す前に追っ手に捕まった。


私は棚の奥に手を伸ばした。

指先が、厚い封筒に触れる。


そのとき、廊下からカル副長の声が聞こえた。


「シェルトン侯爵令嬢」


私は手を止めた。


「書庫の利用記録には、名前を残しておいた方がいい。後で証拠になりますから」


低い声だった。

静かで、しかし確信に満ちた声。


私はゆっくり振り返った。


副長は廊下に立ったまま、こちらを見ていた。

表情は変わっていない。ただ、目が少し細くなっている。


「なぜそんなことを」


「気になったものを、気になったと言うだけです」


答えになっていない。

でも私は、その答えが妙に気に入った。


(……この人は、見ている。見て見ぬふりをしない人間だ。)


封筒を丁寧に取り出して、外側だけ確認する。

蝋封はまだ無事だった。赤い蝋に、シェルトン家の印章がくっきりと残っている。


(※豆知識:蝋封とは、文書を封じる際に溶かした蝋を垂らし、印章を押して封をする方法。破ると跡が残るため、開封の有無を証明する証拠として機能した。中世から近世ヨーロッパの外交文書で広く使われ、色によっても用途が分かれていた。赤は公式文書、緑は個人書簡に使われることが多かった。)


蝋封が残っているということは、誰もこれを開けていないということだ。

つまりこの封筒の中身は、五年前のまま保存されている。


封筒をドレスの内側に収めて、私は書庫を出た。


副長はまだ廊下に立っていた。


「ありがとう」


私はそれだけ言って、廊下を歩いた。


背中から視線が追いかけてくる気がした。

それは不快ではなかった。

むしろ──久しぶりに、人の視線がまっすぐだと感じた。


夕方になると、王宮の使者がシェルトン邸に来るはずだ。

婚約破棄に伴う退去の通知を持って。


三度のループで、使者の来る時刻も知っている。

だから今日の午後、私には少しだけ時間がある。


(……でも今度は違う。私には、あなたたちが知らない記憶がある。三度分の失敗と、三度分の観察がある。)


廊下の突き当たりで、私は窓の外を見た。

王宮の庭園に、遅い夕日が差している。

花壇の薔薇が、風に揺れていた。


明日、妹のサラが第一王子の隣に立つ。

それを止めるつもりはない。


むしろ──そうなってもらわなければ困る。

サラがライオネル殿下の隣にいてくれることが、私の計画の前提だ。


私の計画は、ここから始まる。


翌日、シェルトン邸に届いた書状には、予想外の一文が添えられていた。


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