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見えない君  作者: 葵
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最終話 太陽の隣。

「ねえ、何で料理番組見てるの?」

 五年ぶりにドイツからやってきた姉は、テレビに釘付けだった。

 僕は手探りでソファを見つけて、姉の隣に腰掛ける。

「いやぁ、この人面白くてさ。何か親しみ感じるんだよね」

 テレビの音に耳を澄ませると、ハキハキとした女性の声が聞こえてきた。

『今回はねぇ、息子と…まあ誰かが美味しいって褒めてくれた筑前煮とハンバーグを同時に作ります。へへへっ、クリスマスに和食って珍しいと思いますけど』

 確かに、癖の強い人だ。

 司会役も“誰か”のことが気になったようで、料理研究家に質問していた。

『ああ、誰かってのはね、教えてもらってないんです。でも、アラサーの息子が十年ぶりくらいにテンション上がってたんで、恋人と食べたんじゃないですか?』

 陽気に喋りながらトントンと材料を切る音がする。

「そういえば、この人の名前は?」

「えっとね…料理研究家の小島智子、だって」

 デジャヴを感じた。会ったことがないはずなのに、耳馴染みのある笑い方だった。

「…これ作るの?」

「まあ、知っておいて損はないからね。一応メモってる!」

 姉は夫と息子の家族三人で日本に来た。そして、わざわざ僕に会うために二人をゲームセンターに置いてきたらしい。なんだか申し訳ない。

「別に来なくても良かったのに。久々だと僕って面倒でしょ?」

「今更面倒とか思わないし、私が匠と会いたかったの!二人も日本観光楽しんでるから、細かいことは気にしないで」

 僕を無条件に幸輝の家から引き取ってくれたのは姉だった。めちゃくちゃなところはあるけど、結局優しくて落ち着く。

「ってかさ、今日の服気合入ってるね。もしかして…クリスマスデートですか〜?」

 姉がニヤニヤしながら言っている姿を容易に想像できる。

「ち、違う!デートではないから!パーティーって言われたし」

 耳が赤いと指摘してから寝癖を直したばかりの髪をわしゃわしゃされた。せっかく綺麗な状態だったのに。

 髪を指で梳かしながら、顔の熱を冷ますように呼吸をした。


 夕方の道を歩いて待ち合わせ場所に向かっていると、

「匠!」

 遠くから大声で僕を呼ぶ声がする。

 その場で立ち止まると、息を切らした想太が目の前に現れた。

「はぁ、ハッピークリスマース…」

 疲労感の伝わる挨拶に笑いが堪えきれなかった。

「走らなくても良かったのに」

「ん、何かテンション上がっちゃってさ、33歳なの忘れてた」

 理由も想太っぽくて、すでに表情筋が痛い。

 お互いに落ち着いてから再び歩き出した。

「はいよ、着いた」

「お邪魔します」

 鍵が置かれる時にするカチャカチャという音が鳴り終わると、急に静かになる。

 僕が靴を脱ぐとそのまま手を繋がれて台所まで連れていかれた。

 想太が手を洗う音がした後、僕もそっと水に手を伸ばす。その間、ほのかにトマトの香りがした。

「匠ご希望のピザを今から温めます」

「ありがとう。これマルゲリータ?」

「いや、ミネストローネ」

 一瞬理解に戸惑った。僕の知るミネストローネはスープだから。

「あ、ごめんごめん。ミネストローネの具をソースにしてみただけ」

「ってことは、ピザ作ってくれたの?」

「まあな。生地はスーパーで買ったけど」

 小島家では、クリスマスにミネストローネを食べるらしい。それを僕にも食べさせたくて作ってくれた。

 お母さんが料理好きそうなのは伝わっていたが、想太まで料理男子だとは思わなかった。しかも、さらっと言ったから、絶対に料理しなれている。

「すごいね。お母さんに教えてもらったの?」

「そう、1日中キッチンに立ってるから、子供の頃とか呼ばれて手伝ってた」

 もはや料理人じゃないかと考えていると、想太がぼそっと衝撃的なことを言った。

「料理好き過ぎて、母さんたまに本出したり、テレビ出たりしてるんだよな」

 想太は分かっていなさそうだけど、それは料理界での有名人なのでは?

 そう思って名前を聞いた。

「名前?智子だよ」

 小島智子。ちょうど今日テレビで料理をしていた人だった。驚きで言葉も出ない。

「え、俺の母さんってそんなに有名だっけ?」

「有名だよ。料理しない僕が知ってるんだから」

「確かにそうだな。やっぱ母さんすげえ」

 そんな会話をしながら時間は進んでいった。


 料理が机に並び、食欲そそる香りが部屋に充満する。

 正面で椅子を引く音がした後、僕は想太のいそうな方向に顔を向けた。

「想太、ありがとう」

「ん、何が?」

「そりゃあ…全部だよ」

 想太と出会って十五年、色々あったから変化が目まぐるしかった。

 いつも心のどこかで“普通”を求めていたけど、想太を前にすると全部砕けていく。

 自分なんかと思うこともなくなるし、新しい世界に連れて行ってくれる。

「高校生の時、よく“どうして隣にいてくれるの?”って聞かれて答えられなかったけど」

 今ならはっきりと言える。

 そう確信した僕は、一度下向きになった顔を上げた。

「僕にとって想太は太陽だからだよ。視野を広くしてくれる、希望の光」

 言い切ると、くすくすという笑い声が聞こえた。

「照れるなぁ…でも、匠もキラッキラの太陽だよ。常識ある普通の人だけど、イケメンは隠せてない感じ」

「何それ、よく分からないんだけど!」

 二人で笑い合ってから両手を合わせて食べ始めた。

 ちょうど良い温度になったピザを口に入れる。

 もちもちの生地の上にほろほろの野菜ととろけるチーズが乗っかって、口の中が幸せだった。

「美味しい?」

「うん、美味しい!やっぱり食感が面白い!」

「良かった…切り方とか焼き加減とか、結構こだわったからさ」

 大好きな声が響く夜。脳内に不思議と笑顔が浮かび上がってくる。

 見えなくても、完全になくなったわけじゃない。どれだけ絶望しても、僕の中から大切なものが出ていくことはなかったから。

 また明日、来年、もっと先の未来でも。

 きっと今日のことは、僕の中で残り続ける。

 だから今は、好きな人の前で目一杯笑うことにした。

 葵と申します。このたびは、この作品を開いて最終話まで見届けていただき、誠にありがとうございました。

 全体を通して意識していたのは、主人公たちが自分を肯定できる場所を見つけるということです。

 想太は恋愛で失敗ばかりの自分を、匠は見えなくなっていく自分を否定しています。しかし、そんなふたりが再会して関わり、お互いを肯定することで自分自身を肯定できるようになりました。ラストシーンはその結晶です。

 最後に、2ヶ月遅れのクリスマスで申し訳ありません。

 改めまして、隅々まで読んでくださったあなたには感謝しかありません。ありがとうございました。

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