第13話 光らない夜道。
想太の隣では、不思議と気が抜ける。
かじかんでいた指先も、その袖を掴んで隣を歩くだけで、温もりが巡ってきた。
「手赤いな。カイロいる?」
カイロと言われると、高校時代を思い出す。あの頃の冬は、想太とカイロ越しに手を繋いで歩いた。
でも、今はそういう関係じゃない。誘導してもらっているからカイロを持てないし、だけど断るのも嫌だなんて考えてしまう。
僕が返事を遅らせていると、
「あ、歩きにくいなら手繋ぐ?」
という爆弾発言が飛んできた。
あまりの驚きに言葉も出ず歩みも止まった。
「ごめん…そっちの方が歩きにくいよな」
「…うん。そうかも」
「ならなおさら、早く暖かい家に帰してあげないとな」
そう言ってからまた進み出した。
今日の想太はいつもと少し違う。
間のあけ方や声音に迷いが混じっていて、距離が若干遠く感じる。右手で袖をぎゅっと握れば、すぐそこにいるって分かるのに。
「そういえば、そろそろクリスマスだな」
「確かに。あと2週間くらい?」
「おう。今通ってる道がライトアップされてて眩しい」
この時間帯は特に見えないから気が付かなかった。この時期は道なりに生えた樹木に電飾が巻かれてキラキラになる。その話は、家出したばかりの頃に姉から聞いたことがあった。
あの頃はまだぼんやり色を認識できたけど、外出を極端に避けていたから、結局1度も見れなかった。
「へえ、何色に光ってるの?」
「青と白寄りの…ギリギリ黄色?」
なぜか黄色の説明だけ詳しくて、つい笑いが漏れた。
そのままゆっくり歩いていると突然、右側に衝撃が走った。
「あれ?小島さんじゃないですか!おつかれ様でーす!」
様子は見えないけど、元気そうな若い女性の声がした。
「あ、どうも…」
想太は違うトーンでその人に挨拶をしてから、僕の耳元に近づいて言った。
「酔っ払いの同僚に絡まれた。ごめん」
「全然大丈夫」
同じ音量で囁くと、その目に僕が入ったのか、声がこちらに向いた。
「ははっお友だちもイケメンですねぇ。あ、でもそれ持ってるってことは…あれですよね!目見えてないんですよね!」
アルコールの匂いと言葉が刺さって苦笑いするしかできなくなる。
勤務中にも時々こういう人はいる。
目が見えないなんて大変ですねと気を使われたり、見えないのにここで働くなんて…という嘆きをやんわり伝えられたりした。
「じゃあ残念なイケメンだぁ…あははっ」
僕が何を言われても、想太は黙ったままだった。
こういうのも慣れている。笑って流せる。だから、想太にどうこうしてほしかったわけじゃないのに、胸にわずかなモヤがかかった。
「そういえばぁ、小島さんってクリスマス空いてますか?一緒にお食事なんてどうです?」
気配を消すように俯くと、やっと想太の声が聞こえた。
「ごめんなさい」
それから僕の肩を突然引き寄せられた。想太の力が強くて、反射的に顔を上げる。
「クリスマスは2人でパーティーするんです。俺の家で。それに」
次に発された言葉に、霧が晴れる感覚がした。
「大切な人を傷つけるようなやつとは、同じ釜の飯を食いたくありませんから」
そして、想太に肩を組まれた状態のままズンズンとどこかに歩き出した。
戸惑いながらその数十秒間を過ごすと、噴水の音が聞こえるところで立ち止まった。手もそっと離された。
「同僚が失礼なやつでごめん」
「ううん、ああいうのよく言われるし大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ。だって匠は残念なイケメンじゃないから。むしろ、世界最高峰レベルのイケメンだから」
「……え?」
思っていたのとは違う発言に、頭が混乱する。いつの間にか世界規模?の話になっていた。
「笑顔はかわいいし、優しさの塊だし、そもそも心が綺麗だし____」
想太の勢いは止まらず、言われるほど恥ずかしくなるくらい褒められた。
「何より匠は、昔も今も人として尊敬できる。普通にかっこいいから」
頭をぽんぽんと撫でられて、想太の真っ直ぐで心地よい言葉が染み渡っていく。
「あ、え?あ、ごめん!俺、今やばいこと言った?」
そう言われてから、頬に伝って流れる涙の存在に気がついた。この年になって道端で泣くなんて、普通じゃない。
指先で拭うと、涙よりも手の方が冷たかった。
「違うよ。やばいことは言ってたけど、嫌で泣くほど幼くない」
ただ、僕はこのシチュエーションに慣れていない。
「そんなこと言ってくれるの、想太だけだから」
鼻を啜っていると、想太がそっとティッシュを渡してくれた。それをありがたくもらって使った後、想太は言った。
「俺分かった。匠が好き過ぎるから言い返したんだよ。本当に大好きだから、酔っ払いに絡まれてほしくなかった。やっぱ好きだから」
さっきから連発している“好き”、それが聞こえるたびに心拍は熱く速くなっていく。
「もう、“好き”って言い過ぎ」
「あ、ごめん。つい溢れ出た」
へへへと照れ笑いが聞こえるけど、そうしたいのはこっちだ。
口を結んでいると、少し声のトーンが上がった。
「この流れで言うのは絶対変だけどさ、クリスマス空いてる?」
ためらいがちな音量で聞こえた。でも、その声には自信も混じっている。
「…空いてるよ」
そういえば、クリスマスは1番一緒にいたい人と過ごす特別な日なのだと、昔両親が教えてくれた。
「じゃあさ」
突然の空白に期待が膨らむ。もしかしたらって想像してしまう。
胸が高鳴る理由が変化していく中、想太がまた口を開いた。
「良かったら、俺の家でクリスマスパーティーしない?」
想太からのお誘いが聞こえた瞬間、自然と口角が上がった。
「…うん、する!」
明るく答えると、安堵の笑い声が聞こえた。
「良かった。それなら、パーティーっぽい料理を考えとかないとな。何食べたい?」
パーティーをした記憶はほとんどないけれど、ふと思い出したのは子どもの頃だった。
「ピザとかチキンとか…?」
「いいねぇ!用意しとく」
「ありがとう。僕も何かできることあるかな?」
「とにかく、元気とその明るい笑顔は忘れないで」
ツンツンと頬をつつかれて、我ながら子どもかよと思う。だけど、相手が想太なら悪くない。
「概念じゃなくて、モノの話してるから」
「うわっ照れちゃって。耳赤いぞ」
「照れてない。ちょっと寒いだけ」
じゃあ繋ぐかと言って、手と手が触れ合う。
十五年ぶりに触れた手は、前より強く、優しく、温かくなっていた。




