第12話 好きが溢れる。
回転寿司のレーン側だからか、それとも踏み込んだ質問をされたからか、やけに手が冷たい。
「“今は”ってことは、前は好きだったんですね。ってことは元カレですか?」
静かに核心を突かれ、もう誤魔化す術がない。
この間合いで察したのか、坂本さんは少し気まずそうに言った。
「すみません、ド直球すぎました……けど俺は、ずっと感謝したかったんです。小島さんに」
先ほども話題に出た結婚式のことかなと返答の準備をしていたが、次に出た言葉は想定とは違うものだった。
「高校時代、匠の側にいてくれてありがとうございました」
大したことをした覚えはないのに、そう感謝された。
ぽかんと固まっているのを見て、坂本さんは匠の話を始めた。
「子どもの頃、俺から見て匠は、無口で何でもできるクールな男って感じで」
俺の中のイメージと合致しないワード。
それが伝わったのか、意外でしょ?とにこやかに言われた。
匠は親戚の集まりのために“完璧”を作り込んでいたらしい。言葉遣いは綺麗で、誰もついていけない祖父母の会話にも難なく入っていたと。
坂本さんには少し心を開いていて、ゲームをしている隣で熟睡していたそうだ。
会うたびそう過ごしていたが、ある時から匠が変わった。そう坂本さんは言った。
「いつもなら隣に座った途端寝てたんですけど、その時から急におしゃべりになったんです。あ、会話のメイン何だと思いますか?」
「え……本とかですか?」
坂本さんは首を振りながら俺を見た。
「恋愛相談です」
再び現れた俺の知らない匠に目を見開いた。
“友達に近づくとドキドキするのは普通じゃないよね?”
“男同士が手を繋いで歩くのって、やっぱり周りから見たらおかしい?”
というような内容だった。
「匠は平凡を極めてたからあんな質問になったんだと思います。でも、本当にびっくりしました。乙女を見てるみたいで」
そして、俺と匠が付き合い始めると相談からデート報告になった。
「匠が本気で笑ってるのをそこで初めて見ました。すごい明るくなったし、キラキラしてたし、何より楽しそうで」
俺の中に残る高校時代の匠を思い出した。温かく優しく光りながら笑う匠を。
あの笑顔が大好きだった。その笑顔が生まれる一員になっていたなら、心の底から嬉しい。
「だから小島さん、匠を変えてくれて、ありがとうございます」
これを純粋に受け取ることができれば、どんなに楽だっただろう。
俺は自嘲気味に口に出してしまった。
「…坂本さんにはそう見えてるのかもしれませんけど、俺はそんなに良い人間じゃありません」
ポケットからスマホを取り出して坂本さんに見せた。
「これ、5年前から始めたマッチングアプリなんですけど、毎回3回目のデートで振られるんです」
会話が下手なのか、顔がだめなのか、所作が変なのか、はっきりとした原因は分からない。だが、どんな人でも「会うのは今回で最後にしましょう」と言われる。
「俺は恋愛に向いてないんです。だけど……1番長く続いたのは匠だって思い出して、匠の好きな本読み返して」
別れたはずなのに、結局匠に戻ってしまう。初恋は綺麗な過去だって言い聞かせても、現在についてくる。
「馬鹿みたいですよね。結局、ずっと引きずってる」
言い切ってから湯呑みを持って緑茶をすする。その間、坂本さんとは目を合わせられなかった。が、笑い声が聞こえてきた。
そっと顔を上げると、坂本さんがにこやかに言った。
「匠と似てますね。話してると好きが溢れ出ちゃうところ」
“好きが溢れている”なんて無自覚だったから、心拍数がわずかに速くなる。
「小島さん、さっきから“俺なんて…”っていう雰囲気出してるけど、匠の人生を生きやすい方向に変えてるんですよ?この前も実家帰って仲直りしてました」
その情報も初耳で、確かに帰ろうかなとは言っていたが、本気だとは思っていなかった。実家との折り合いが悪いと聞いたし。
「…え、それって俺が関係あるんですか?」
「小島さんに触発されて帰ろうと思ったって言ってましたよ」
きっかけとなるようなぱっとした出来事は思い当たらない。だけど、無意識に影響を与えられているなら、それだけで良かった。
「っていうか、無理にその感情を隠す必要ないと思いますよ?好きな人に好かれて嫌なのは捻くれ者だけです」
何気なく言われた言葉の根底を考えてしまう。そして、都合よく解釈しようとしている。
俺は、楽な方を選んでも良いのだろうか。
そんなことを考えていると、花音ちゃんと絢音が戻ってきた。
「おまたせ!もう食休みできたっぽいしお会計でいい?」
「ままがかってについてきちゃったからおそくなった〜」
「勝手にじゃないよ。トイレは1人で行っちゃだめって言ったでしょ?っていうか、女子がいない間何話してたの?」
「男同士の話だから女子禁制な」
さっきまでの空気が一変して賑やかになった。
花音ちゃんに手を取られてそのままレジのところまで進む。
「ねえ、そうた」
呼ばれて顔を向けると、もう一方の手を耳貸してと言うようにブンブン振っていた。
その通り花音ちゃんの顔に耳を近づけると小声で言われた。
「…またたくみくんのしゃしんとかみせてね」
顔を離すと小指を立てて「やくそく」と言いながら小指を結んだ。
この時間で会計が終わったようで、
「え、何の約束?」
と絢音がニヤニヤしながら聞いた。それに対して花音ちゃんは満点の笑顔で「ひみつ!」と返した。
「想太、今日は本当にありがとね」
「こちらこそ、ごちそうさまでした」
「良かったらまた遊んでやってください」
「はい、よろこんで」
居酒屋みたいな返事になってしまったが、賑やかなままお開きとなった。
あれからずっと、頭の中で仕事・明日の献立・匠の順番でぐるぐる巡っている。
日中は言わずもがな最優先事項の仕事で頭を使っているが、帰り道は今日の夕飯を済ませていないのに「明日の夕飯どうしよう」と考えている。帰宅して気が抜けると、匠はあの本好きだったよなと思い出して寝る前の読書が始まる。
前者2つは現実的に実行しているけど、匠には一言のメッセージすら送れない。何を伝えたいのかも分からない。だから、本に逃避する。
今日も何か読むんだろうなと思いながら歩いていると、前方に白杖を持った匠っぽい人が見えた。目をこすっても消えないから、あれは本物だ。
距離が数メートルまで迫った時、迷いが歩く速度を急激に落とした。が、そのうちに匠の方が止まって振り向いた。
「…想太?」
顔が微妙に違う方を見ているけど、声もかけてないのに当てられた。
「…何で分かったの?」
そう返すと、匠は俺のいる方に顔を向けて微笑んだ。
「足音が想太だった。話しかけようか迷ってる音」
「そこまで分かるのか、すげえな」
目が見えていなくても、届くものは届くらしい。
ほんのちょっと困ったような間が空いてから、俺から声をかける。
「…じゃあ、一緒に歩いていい?」
匠はこくりと頷き、そっと袖を掴んだ。




