ep.3
門が開き、風が頬を撫でた。
俺は開かれた門の先に立つ。目の前には、ヘルマン・ヴァイス少尉に先導され、数人の学者と一個小隊規模の護衛を引き連れた貴族がいた。
彼らの視線は俺を通り越し、背後にあるグリッドリンク・ゲームズの建物に注がれている。好奇心、困惑、そして獲物を見つけたような興奮が、その瞳に宿っていた。
「……グリッドリンク・ゲームズへようこそ」
翻訳機を通して、簡潔に告げる。学者らしき男たちが、互いに顔を見合わせ、何かを囁き合った。その中で、一際目を引く男がいた。
彼こそが、モニター越しに見た貴族だ。
彼はゆっくりと馬から降り、真っ直ぐ俺に向かって歩みを進めてきた。その瞳は冷たく、それでいて深奥を覗き込むような鋭さがあった。腰にはサーベルを下げ、全身からただならぬ威圧感が放たれている。年齢はまだ若いが、その佇まいは、既に多くの修羅場をくぐり抜けてきた者のようだった。
「私は皇帝陛下から預かったアルテンシュタイン領を収める、フリードリヒ・フォン・アルテンシュタインだ。貴殿が、この建物の責任者か」
翻訳機から、低い、だがよく響く声が聞こえてくる。彼───フリードリヒの声だった。
「グリッドリンク・ゲームズ代表、伊達陸斗と申します」
俺は努めて冷静に、そう名乗った。
フリードリヒは、俺を値踏みするようにじっと見つめた後、翻訳機に視線を移した。
「……これは、先ほどの憲兵が言っていたものと同じか。実に興味深い。貴殿の言う別世界の技術とでも言うのか」
「はい。我々の世界が誇る最新技術の結晶、そう言っても過言ではありません」
その言葉に、学者の男たちがざわめいた。彼らの目もまた、俺の翻訳機に釘付けになっている。
「これは量産が可能なものなのか!?」
学者の1人がついに感情を抑えきれず、興奮した様子で聞いてきた。
「えぇ、低コストで量産可能です。貴方方がお望みでしたら、技術の詳しい説明も、設計図の提供もできます」
俺は敢えてそう言い切った。ここで価値を示せなければ、不穏分子として処分される可能性も高い。高い技術力を持っていることを示し、対等な交渉のテーブルに着く必要がある。
フリードリヒは、俺の言葉にわずかに眉を上げた。その顔に感情は浮かばない。
「ほう……。では、まず中に案内してもらおうか。ただし、護衛を含めた我々全員をだ」
彼の視線が、学者のグループと、背後の護衛に向けられる。全員を中に入れろ、と。それは、彼らがこの未知の存在に対し、最大限の警戒を払っている証拠であり、同時にこちらの出方を試しているようにも感じられた。
「承知いたしました。皆様を歓迎いたします。つきましては、いくつかお願いがございます」
俺は努めて穏やかな口調で切り出した。慧の驚いたような息遣いが、無線越しに聞こえる。
フリードリヒの表情が、微かに動いた。不愉快、というよりも、意外に感じているような色だ。
「……条件か?」
「ええ。誠に恐縮なのですが、この建物の中には精密な機器が多く、また下手に触ると危険なものもございます。つきましては、中にいらっしゃる間は我々の指示に従っていただけますよう、お願い申し上げます」
護衛の騎兵たちは馬を前に進め、我々を威圧しようとする動きを見せる。だがフリードリヒは無言で手を挙げ、彼らを制した。彼の権威はかなりの力を持っているらしい。
「また、我々がどういった存在で、どのような技術を持っているのか、全てを包み隠さずお話しいたします。その際、内容がどれほど信じがたいものであっても、どうか冷静に耳を傾けていただきたいと存じます」
俺の言葉に対しフリードリヒは、長い沈黙で応えた。
そうなれば、良い返答が出るよう神に祈りを捧げることしかできない。沈黙の裏でどういった思考をしているかは、21世紀の技術を以てしても読み取れないのだから。
やがて、彼はゆっくりと頷いた。
「うむ、諸々承知した。では案内を頼む」
彼が喋り終えたとき、会議室の仲間たちから安堵と、緊張の混じったため息が聞こえた。
特に慧と零士は、翻訳機がスペック通りの性能を発揮し、万が一の事態───誤訳による戦闘という事態を回避できたことに安堵したようだ。
しかし……
「だが一つ覚えておけ。単なるまやかしに過ぎないのであれば、麾下の戦力全てを突入して貴殿らを殲滅する」
彼の言葉は冷徹だったが、しかし同時に我々のもつ技術に期待していることを示していた。今の言葉は、我々に出し惜しみをさせないためであろうから。
「慧、門を全開にしてくれ。……そして全員、準備を怠るな」
インカムに指示を出し、俺はフリードリヒと学者たち、そして護衛の騎兵小隊すべてを中へと招き入れた。
彼らは敷地に近づいたときから目を丸くしていたが、門の中に入って周囲を建物に囲まれたことで、一層その視線をグリッドリンク・ゲームズの鉄筋コンクリートとガラス張り壁、そして何よりもその異様なスケールに奪われていた。
足元に敷かれたアスファルト、周囲の整理された人工的な風景、そして遥か上空へと伸びるアンテナ群。全てが、彼らが知るこの世界の常識を打ち破るものだった。
彼らを大会議室まで案内する間、俺は改めてこの奇妙な状況を整理していた。
第一次世界大戦以前と思われる軍装のドイツ軍騎兵小隊。
そして、尋常ならざる行動力と決断力を持つフリードリヒ。
俺たちは彼の目の前で、この異世界を覆すほどの技術を晒そうとしている。
これは、とてつもない賭けだった。
だが生き残るためには、このカードを切るしかなかった。
会議室の扉が開き、フリードリヒら一行が中へ入っていく。
彼らの好奇心に満ちた視線の先で、プロジェクターがスクリーンに映し出すスライドが、静かにその存在を主張していた。




