ep.2
「慧、門を開けてくれ」
高出力なモーターによって、門はほぼ無音で開かれる。
攻撃だと思われないよう、ゆっくりと近づいていき……
「どうも始めまして、グリッドリンク・ゲームズ社の伊達陸斗と申します」
まずは名乗ってみる。さて、どんな返答が返ってくるか……
「Woher kommt Ihr? Und wann wurde dieses Gebäude errichtet?」
……
……
……
アニメの見過ぎだったようだ。異世界に来たのだから言葉が違う可能性は十分にあるというのに、そのことをすっかり失念していた。
だが、日頃からドイツ軍歌を聴いていたからか、この言葉がドイツ語だというのはわかるぞ。
こうなればあとは簡単な話だ。
「慧、例の翻訳機は使えるか?」
「あぁ、すぐに持って行く」
ゲーム上で多国籍軍を編成して戦ったりできるようにするため、ボソボソと開発していたソフトを、スマホで起動したものだ。翻訳速度は試作品の域を出ないが、精度は悪くないはずだ。
「はい、持ってきたよ!」
「じゃあ、もう一度……どうも始めまして、グリッドリンク・ゲームズ社の伊達陸斗と申します」
「!? あ、あぁ……」
俺が先程と同じ内容を話しているにもかかわらず、目の前の少尉は驚きながら俺の顔を凝視した。俺の言葉が何らかの形で翻訳機を通して彼の耳に届いている証拠だろう。
彼の目が翻訳機に向けられた後、再び俺へと戻る。警戒と困惑、そして微かな好奇心が入り混じったような表情だ。
彼はゆっくりと深呼吸し、やや硬い口調で、しかし明確な言葉を選びながら、翻訳機を通して名乗った。
「私は皇帝陛下の憲兵隊で少尉を努めている、ヘルマン・ヴァイスだ。貴殿は一体どこから来たのか。この奇妙な建物はいつ、いかにしてこの地に現れたのか。答えられよ」
よかった。翻訳機はスペック通りの性能を発揮してくれている。だがどう返答すべきか……
「俺たちは……地球という名の別世界に存在する、日本という国から来たのだ。俺達もこの建物も、どうやってここに来たのかは、正直言って分からない。数時間前、気づいたらここにいたのだ」
なるべく的確に事情を説明したつもりだが……果たしてどうなるか。
「……?」
彼の表情は、一瞬の硬直の後、深い困惑に支配された。彼の眉間に刻まれた皺は一層深くなり、まるで目の前の男が正気を失ったのかと測るかのように、その視線は陸斗の顔と背後の奇妙な建物の間を行き来する。背後の騎兵も、どう反応すべきか分からず、ただ呆然と立ち尽くしている。
「……別世界? 日本? 気づいたらここにいただと? 貴殿……一体、何を言っているのだ? 日本はここから数万キロも離れているのだぞ? 一夜で現れるはずがない……」
彼は言葉を失い、大きく目を見開く。その目は、陸斗の言葉を脳が処理しきれていないことを如実に物語っていた。
だが日本がこの世界に存在するという有力な情報も得られた。ひょっとすると他の転移者たちが建国したのかもしれない。
「……理解できんな。私がこれ以上この者と話しても無意味だろう。……そこの建物の中で、一番上の者を呼んでおいてくれ! 我々も学者を呼んでくる!」
そう怒鳴って走り去っていく彼の声には、怒りというよりも、途方もない困惑と、混乱を収拾したいという焦りが色濃く出ていた。
ヘルマン・ヴァイス少尉が仲間と共に引き上げていくのを、俺はただ見送った。手に持った翻訳機を握りしめたまま、その場に立ち尽くす。無線からは、零士たちの声が聞こえてくるが、俺と慧はただ放心状態だった。
上手く行ったのか、失敗したのか。学者を呼んでくると言うからには、交渉のテーブルには着けたのだろうが、相手は酷く混乱している。これで良かったのか……
俺が悩みながら会議室に戻ると、零士が血相を変えて話しかけてきた。
「陸斗! 何やってんだ! いきなり別世界だの日本だの、頭のおかしい奴にしか思われねぇだろうが!」
「……そんな余裕なかったんだ。いきなりドイツ軍が出てくるし、しかも騎兵だし……それよりも、何か進展はあったか」
「少尉の後をドローンで付けた。彼らの行き場所が分かったぞ!」
翼が自信満々に答える。もし人間の鼻が伸縮式ならば、最大まで伸びていることだろう。
「でかした! で、その居場所は?」
「ここから北東に数キロの地点にある、かなりの大きさの邸宅だ」
翼の声が途切れると同時に、モニターの映像が切り替わる。そこに映し出されたのは、邸宅の中に設置された指揮所らしきテントの前で、ヘルマン・ヴァイス少尉を含めた数名の士官、そして学者のような人たちと激しく議論する貴族の姿だった。
おそらく彼は、軍との繋がりが強いのだろう。山の中にいきなり建物が現れるという自体に対して、即座に部隊を動かし邸宅に指揮所まで設けてしまうのだから。
ヘルマン・ヴァイス少尉が言った「学者を呼んでくる」という言葉が、すぐに実行される可能性に、焦りを覚えてしまう。遠くから学者を呼んでくるのだと思い、せめて数時間は猶予があると思ったからだ。しかし彼は軍だけでなく、学者のコネもあるらしい。
しばらくして、映像の中の貴族が議論を終えたのか、邸宅から数人の学者らしき人物を引き連れて騎乗で出てきた。彼らは皆、軍服ではなく知識人らしい質素な服装をしていたが、その顔つきは皆一様に興奮と好奇心に満ちていた。
勿論その周囲には1個小隊規模と思われる護衛もついている。しかも全員騎兵で、持っている銃は異様な形をしている。結構なことだ。欠乏していた異世界成分を摂取することで、ここが異世界だと実感できる。
そんな光景をモニター越しに見つめながら、俺は3分もせずに到着する彼らを出迎える覚悟を決める。
「慧、門を開けてくれ。彼らを中に迎え入れるぞ」
再び門は開かれ、身を守る最後の砦が消え失せた。
先導する少尉とその後ろを進む貴族、数名の学者と小隊規模の護衛が、敷地の手前まで近づいてくる。建物を目にして色めき立つ彼らは、一体何を求めているのか。
俺は、彼らの前に立つ。再び、この異世界で我々の命運を決する交渉が始まる。




