第58話『どこか違う普通』
「そしたらね、小夜ちゃんがさ〜……」
ふと 美紀は話を止めて辺りを見回す。話を聞いていた文音は黙って見ている。
「聞こえてる? それとも聞こえてない?」
「なんとか聞こえてるよ」
それでも文音は聞き耳を立てていた。美紀は文音の為に近付きたかったが、近付けなかった。
「こういうのって、文音は辛くないの?」
「辛くないよ。美紀の声の高さに救われてるから」
「あぁ、そう……」
帰り道、美紀は文音との会話を思い出す。文音は耳が不自由な為、大切な距離感を守ると声が聞こえにくくなってしまい会話が成立しない時がある。
そういった対策を考えてもみたが、やはり上手くいきそうにない。
「明を通して会話するのも手だけど、それじゃ不仲な夫婦みたいになっちゃうからなぁ……」
やはり離れて会話しかないのか。そう考える美紀だった。
そして、普通とは少し違う普通はこんな所にも……
「店の前に消毒スプレーがまだ置いてある…… まだまだこの光景は続きそうだね」
そして、美紀が住む神社にもちょっと違う普通がある。
「ただいま〜」
「おかえり美紀。帰りは大丈夫だった?」
「うん、何とかね」
美紀の答えを聞いて、小夜はキッチンからマイバッグを持ち出し買い物の準備を始めた。
「それじゃあ私はこれから買い物に行って来るから、美紀は留守番お願いね」
「あいさー!」
小夜は遅い買い物に出掛けて行った。美紀は玄関で見送りを済ませた後は戸締りを行い、神社の道具を片付ける為に外へ出た。
「賽銭泥棒に遭った事は無いけど、これは毎日やっておかないとね〜。後は境内の掃除もしておかないと……」
それからしばらくの間、美紀に普通が訪れた。そういえばここ最近、誰も参拝しに訪れなくなってきた。信仰心の薄れではなく、自粛効果が出ているのだろう。
美紀も最近は外出を極力控えて、小夜のいない神社の留守番をする事が多くなってきた。
「階段を上り切った所に立って『ここから先は誰も通さない』って言ってみたいなぁ〜…… 小夜ちゃんならノリノリでやってくれるんだけど、今は一人だし……」
縁側に座って街を見渡す。もう何度も見ていて正直飽きかけている光景だが、今日はちょっと違った。
「はぁ、早く元の生活に戻らないかなぁ……」
「ただいま〜」
小夜が神社に帰って来た。美紀は小夜の姿を見るなり、玄関の鍵を開けて出迎えた。
「おかえり小夜ちゃん! 待ってたよ!」
キッチンで夕食を作りながら二人で会話する。
「少しずつ普段の生活に戻ってきたね。またいつか友達を誘って、神社で遊べたら良いね」
「そうだね。すごろくで遊ぶのも良いし、夜更かしして楽しいおしゃべりをするのも良いし…… 枕投げするのも楽しいよね〜」
「そうしたいけど、皆寝るのが早いから誰も起きてないかも……」
「あぁ、それは悲しいね……」
しばらく小夜と美紀の間に沈黙が流れる。しばらくして話しかけたのは美紀だった。
「小夜ちゃんは枕投げってした事あるの?」
「枕投げならあるよ。一度も当てられなかったから、あの時は夢中で投げてたなぁ〜」
「へぇ〜意外。小夜ちゃんが枕投げを……」
「それでね、相手は飲み物なんだけどそれがなかなか当たらなくて……」
「一人でしてたの⁉︎」
一人ぼっちで枕投げをする小夜を想像して、フッと笑いが溢れた。
「やっぱり、変だよね…… 一人で枕投げなんてさ」
「そんな事ないよ小夜ちゃん。私だって一人で色々してるから何もおかしくないよ。例えば夜中にベッドの上でする––––」
「それは複数人でする事じゃないよね?」
「……はい」
美紀は少しだけ大人しくなった。
「はぁ〜、今日も小夜ちゃんと一緒にお風呂に入れた……」
「いつも一緒に入ってるでしょ……」
毎日美紀と一緒にお風呂に入ってる小夜にとって、さっきのセリフはあまり意味のないセリフになっている。
美紀は頭を倒しながら小夜に話しかけ続けていく。
「ねぇ小夜ちゃん、早く平和になると良いね〜。平和になったら友達と遊びに出掛けたり、学校の行事だって不自由なく行けるしで楽しいもん。せめて私が学校を卒業する前に平和が戻って欲しいなぁ〜……」
立て続けに喋る美紀だが、いつも美紀の話を聞き続けた小夜にとっては苦じゃない。
短く、そして自分の声で応える。
「うん、そうだね。もし平和が戻ったら私は文化祭で美紀が活躍する姿が見たいなぁ……」
中学時代の美紀が活躍したあの日を思い出し、フッと笑いが漏れる。
「今、何で笑ったの……?」
「え、いや…… 何でもないけど」
「ウソだ〜、小夜ちゃんが何を思い出したか聞き出してやる〜」
美紀が手をわしゃわしゃしながら小夜に迫る。そんな美紀を見ながら小夜は口を開いた。
「今まで捕らえた大人はゼロ人、でも明日があるから次もレッツポジティブ!」
ノリノリなリズムで放たれたセリフに、美紀は突如固まった。
「隠れてコソコソしていても、僕ら私達にはお見通し!」
少しラッパーなテンションで歌い出す小夜の口を押さえて、顔を赤くしながら美紀は必死で止めた。
「やめっ、やめて! 今じゃそれスゴく恥ずかしいから!」
「ムグ…… あら、そう? 結構ノリと勢いが好きだったんだけど……」
「それは! ダメ!」
美紀に強く口止めされた。
「……じゃあ、黙っておくね」
そう言いながら小夜はお風呂から出て、美紀の方を振り向いた。
「じゃあ私は先に上がるからね。先に夕食盛り付けてるから」
「はーい」
小夜が着替えを済ませて脱衣場から出てしばらく経った。
美紀は顔を赤くしながら、
「あれは黒歴史だよ、知ってる人を増やしてはならない程に……」
ボソッと、一人呟いた。
美紀「小夜ちゃん、まだ覚えてたのかぁ…… あんまり覚えてほしくなかったんだけど、仕方ないっかぁ……」
小夜「いや〜、おバカな作品だったから全部覚えちゃって……」
美紀「ぜ、全部?」
小夜「うん、セリフも暗記してるよ」
美紀「あぁ、終わった……」




