喰らう者
「あんた避けなさいよっ!」
へっ?
俺は間抜けな顔をしていたかもしれない。
ビスッ。
俺の左肩に銃弾が当たる。
よろよろとふらつくけどどうにかこらえる。
「ってぇ、なにしやがん……」
叫ぶ俺に江楠がタックルをかける。
「あうっ!」
「江楠っ!」
俺と江楠が抱き合う形でビルの屋上に転がった。
ゾンビはどんどんやってくるけど、有希音がそいつらを蹴倒したり殴り倒したりして俺たちに近づけないようにしてくれている。
「だ、大丈夫か江楠……」
抱きかかえていた手を離して立ち上がろうとした俺の手に血の赤が見えた。
江楠の背中から大量の血が。
「あいつ、撃ちやがったな!」
俺の頭の中が沸騰したように熱くなる。
息が荒くなって自分の傷の痛みなんていうのはまったく感じられなくなった。
グジュッ。
俺は左肩の傷に指を突っ込む。
コリッとしたものが指先に触れる。
「んんっ!」
それをほじくり出すと、手元に転がったのは拳銃の弾。
山崎の隣にいた玉木が驚いた顔をしていた。
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている山崎をにらみつける。
「もう俺たちのテリトリーから出てしまえばお前らはただのゾンビに過ぎない。そこで仲良くゾンビ同士で喰らいあっているんだな! はーっははは!」
「許さねえ……。お前だけは許さねえぞ、山崎ぃ!」
「お前がどう吠えてもこの距離は越えられないだろう? お前の攻撃は俺に届かないのさ!」
「それはどうかな」
肩から取り出した弾をデコピンの要領で中指を使って弾く。
ボゴォッ!
「うぎゃぁっ!」
山崎の左肩が吹き飛ぶ。腕が千切れてビルの間に落ちていく。
「ひいっ、俺の、俺の腕がぁっ!」
「飛び道具がお前だけのものだと思うなよ」
俺は有希音が倒してくれたゾンビの髪をつかむ。
胸の辺りを足で押さえ付けて引っ張ると、ブチブチと首の筋肉が千切れていき生首だけになる。
「こいつはおまけだ」
勢いづけて山崎へ向かって生首を投げる。
ゾンビの首は大口を開けて飛んでいく。
「う、わぁっ!」
山崎が振り払う腕にゾンビの頭がぶつかる。
生首は歯を鳴らしながらビルの谷間に落ちていった。
「や、山崎さん……」
玉木が山崎の腕を見る。
「は、歯型、噛まれた? 俺が?」
「どうした山崎。お前が大嫌いなゾンビの仲間入りだぞ」
「き、きっさまぁ!」
「後ろから狙ったのは誰だよ」
「おのれおのれえ、おぉのれぇ!」
「ゾンビとして生きるか人間として死ぬか。今なら選べるぜ」
片腕になって肩から大量の血を流している山崎は、急に困ったような顔をして辺りを見回す。
「おい、誰か、誰か助けろ。俺は恐屍隊のリーダーだぞ、おい!」
玉木や大前田たち隊員に声をかけるが、誰も治療どころか近寄ろうともしない。
「お、俺は人間、人間だあ、な、こうして会話もできるし意識もある。ゾンビとは違うんだ、なあ、おい」
片腕の男はふらふらと屋上をさまよい歩く。
流した血が一筆書きのように跡を付けていった。
「すいませんリーダー」
パスン!
大前田のガスガンが軽快な音を立てる。
「へ、お前……」
頭から血を流している山崎が涙でぐしゃぐしゃになった顔で大前田を見る。
「リーダー、俺はお前じゃなくて大前田です」
そういうと大前田は山崎に蹴りを入れる。
バランスを崩した山崎が屋上から真っ逆さまに落ちていく。
バシャッ。
水風船の割れる音。血が詰まった肉の塊がアスファルトに叩きつけられた音だ。
「鋼くん……」
「大前田さん」
大前田が怒りとも悲しみとも取れるような顔を俺に向ける。
「君たちの協力には感謝する。それに、リーダーの暴挙は謝罪しよう」
噛み締めた唇から血が流れだす。
「だが、あれでも俺たちのリーダーだった。人間には無条件で優しくて強い男だった」
「そうか」
俺は起き上がると江楠に肩を貸して引き上げる。
鉄柱を杖代わりにしてゾンビたちに向き合う。
「だったらゾンビじゃない俺たちにも同じようにしてくれたらよかったのにな」
「鋼くん、君たちはいったなんなんだ。人間ではない。でもゾンビじゃないという」
目の前のゾンビに鉄柱を食らわせる。
潰れた頭蓋骨からドロドロとしたものが飛び散った。
転がる目玉を踏み潰すと、ぬるっとした中の何かがぷちゅっと弾ける。
噛みつきに来たゾンビを鉄柱で突き飛ばし、引っかこうとするゾンビは爪を躱して蹴りを入れる。
人間に嫌われゾンビに襲われる。人間でもゾンビでもない存在。
大口を開けたゾンビの口に、横にした鉄柱でガードする。
ゾンビは鉄柱に噛みつく。
俺はそのゾンビの首筋に噛みついて中の筋ごと引き千切った。
辺りには血のシャワーが。
頭から真っ赤になった俺が大前田の方へ振り替える。
「俺たちは喰らう者。そう、イーターだ」




