落ちた橋
屋上に出た俺たちは、ゾンビを蹴散らしながら渡り板のある建物まで走る。
密接して建てられた店の隙間は人が通れるサイズではなかったから、屋上もひとまたぎで越えられる。
だが、通りを挟んでいる場合には頑張れば飛び越えられなくはないが、下手をしたら落下してしまうくらいの隙間がある。
そこで渡り板として置いているのが、木の板だったり脚立を開いて広げたものだったりするのだ。
「次の建物にある足場が渡り板なんだな」
見れば、工事現場で使われるような金属の足場。
それが組み合わさって、そこそこ広い橋になっている。
「確かにこれじゃあ、ゾンビも普通に渡ってこられるな」
ここはもうバリケードの外。
逆に言えばここから落とせばゾンビはバリケードの中には入ってこない。
「あの足場をどかそう。あれさえなければやつらは入ってこられないわけだからな」
「鋼くん、ここまでの建物はゾンビが上がってこないの?」
「さあ、それは俺も判らないが。大前田さん、あんたは何か知っているかい」
「ここまでの建物は、バリケードの中か階段を瓦礫で塞いでいるかだよ。タンスとか大きな家具で階段を塞いでいるから、ゾンビたちには越えられない壁になっているはずだ」
「だ、そうだ」
だったらそれを更に先の建物にも施したらいいんだろうが、人も時間も物資も足りなかったとみるべきかな。
だったらなおのこと、ルートを切っておけばよかったものを。
「いまさら言ってもしょうがないよな」
俺はつぶやきながらも目の前のゾンビを排除する。
鉄柱が届く範囲のゾンビには頭を狙ったり足払いで屋上から落としたりする。
もうバリケードの外だから下に落としても中の連中には影響が無い。
「心置きなく落とせるってもんだぜ」
俺は足場を蹴とばす。
乗っているゾンビどもと一緒に落とすつもり、だった。
ガツン!
「なにっ」
俺の蹴りは足場にヒットしたけど少し浮いたくらいで動いたり、ましてや落ちたりなんかしてくれなかった。
「あんたよく見なよ、向こう側に留め具があるでしょ」
俺は江楠に言われて足場の反対側を見る。
確かに足場を固定する道具がくっついていた。
ご丁寧にベランダの手すりへしっかりとくっつけられているのだ。
「こりゃあここからどうにかするのは難しそうだな」
俺は渡り板の足場に乗ると、上にいたゾンビを鉄柱で払い落としていく。
「援護っ!」
パスパスッ!
大前田の銃から放たれる鉄球がゾンビに当たる。
「俺もっ!」
パスパスパツン!
後から追いついてきたのだろう、玉木たちも援護射撃に加わった。
「玉木くん! 撃つのをやめて。やめなさい!」
江楠が玉木の銃を押させて射撃をやめさせる。
「どうしたんですか牧奈先輩」
「なんだか嫌な感じがしたのよ。他の武器があるならそれを使って。もうその銃を使ってはダメよ」
「え、でも」
「おい玉木、使わねえなら俺が撃つぜ」
恐屍隊の一人が玉木から銃を奪い取る。
「あ! やめてくださいよ俺の銃」
「あなたやめなさい、それは」
バガァンッ!
玉木から銃を奪い取った男の手が炎に巻かれて吹き飛ぶ。
「ぎゃぁーっ! 俺の、俺の手がっ!」
「だから言ったのにっ、救護班はいないの? 誰か手当てができる人!」
「牧奈先輩、俺ができます! ウエストバッグに救急セット持ってます!」
「なら早く! そこのあなた、腕をベルトできつく縛って!」
銃を暴発させた男の手は親指から中指までが吹き飛んでいた。
かろうじて薬指と小指が残っているくらいで、避けた傷からは断続的な出血が続く。
「よし、渡りきった! もう一人来てくれ! 俺だけじゃあゾンビを食い止めるのに手いっぱいだ!」
俺は後方の連中に声をかける。
だが、こちらに渡ってくるということは、命の危険性が一気に高まるということを意味していた。
「待ってて鋼くん、私が行くわ」
「有希音すまん。頼むっ」
有希音が足場を渡る音が聞こえる。
「よし、俺が食い止めている内にその足場を固定している器具を外してくれ!」
「わかった」
有希音が器具をつかむ。
工具がない状態では思い通りにネジ部分を動かせない。
俺の方はゾンビの群れが途切れることなく襲ってくる。
ゾンビどもはルートが判っているのかどうかは知らないが、階段から上がってくるやつ屋上を伝ってくるやつが押し寄せていた。
「もう少し、もう少し待って……」
「大丈夫だ。ゆっくり確実に頼むぜ」
目の前のセーラー服を着たゾンビに鉄柱を振り下ろす。
セーラーゾンビの腕がひしゃげ、体勢を崩したところで下顎から鉄柱を突き刺す。そのまま鉄柱ごとゾンビを振り回して攻撃のリーチを確保する。
何度か振り回して軽くなったと思ったら、鉄柱にはゾンビの下顎だけが引っかかっていた。
「まだまだいけるぜ」
俺はセーラーゾンビの下顎を鉄柱から引きはがすと口に咥える。
カリッとした歯ごたえ、そして甘くしたたる血の香り。
「うめえじゃねえか。こりゃあこれから本気出さなきゃな」
「おい、あんたそれキスなんじゃないの」
「ばっ、てかお前いつの間にっ」
江楠が隣で手斧を振るっていた。
「怪我人は玉木くんとかに任せたわ。こっちは手間取っているみたいだったからね」
「ごめんね江楠さん」
「あ、鈴本さんのことじゃないから、ね」
「それはいいから、足場の状況はどうだ」
「あー、ここはちょっと特殊な工具を使っているのね。きちんと外すと大変だけど……」
江楠は器具のナットに手斧の柄を叩きつける。
「こうして少し衝撃を与えると外れやすくなるわ」
「どうりで、力をかけてもうまくいかなくって」
「そうでしょうね。まあ、こうやって外したやつはもう使えなくなるんだけどね。今はそんなの気にしていられないから」
そう言うと江楠は次々と器具の留め金を叩き始めた。
少し緩められたナットを有希音が指で弾き飛ばしていく。
「よし、いいわよ!」
「っしゃぁ!」
江楠の声に反応した俺は、サラリーマン風のゾンビの襟元をつかみ、背負い投げの要領で足場に投げつける。
ガシャン!
叩きつけられたサラリーマン風ゾンビがおもりとなって足場が外れて宙に浮く。
「キシャアッ」
ゾンビと共に足場が落ちる。
ガシャアンッ!
これでこっちの建物とは屋上を伝って行き来することはできなくなった。
だがこちらにはまだゾンビがうようよ寄ってきやがる。
ガアンッ!
ガランガラン……。
銃声と同時に、俺の右手から鉄柱が落ちた。
「なっ、なにが……」
振り向く俺の視線の先には、もう安全になったはずのビルの屋上で銃口を俺に向けた山崎が立っていた。




