冊の中の混乱
ゾンビどもがバリケードの中にいる。
ついさっきまで考えられなかった事態だ。
「応戦しろ! 入ってきたやつらは少数だ、武器を持って戦えっ!」
山崎が近くのゾンビを狙う。
ガアンッ!
奈美絵が撃たれた時にも思ったが、どこから手に入れたのか本物の拳銃だ。
バシャッ。
ゾンビは眉間に穴が開き後頭部が炸裂した。
頭皮がめくれ、骨の欠片と脳味噌をぶちまける。
次に来るゾンビの顔に脳漿がべっとりと張り付くが、元からゾンビはそんなこと気にしない。
山崎は拳銃を撃ちながら命令する。
「迎え討てっ! 俺たちの、人間の意地を見せてやれっ!」
怒号と悲鳴があちこちから聞こえる。
「鋼くん、どうしよう……」
「どうもこうもない。俺たちを殺そうとするやつは敵だ。降りかかる火の粉は払いのけるだけだ」
俺は近付いてくるゾンビの頭を鉄柱で貫く。
山崎の銃が火を噴き、ゾンビを撃ち倒していった。
「リロード!」
山崎が弾切れになった銃のマガジンを交換しようとする。
「シャガァ!」
だが、山崎のサポートをできるやつが近くにいない。各自それぞれで手いっぱいなのだ。
少しでも隙を見せるとゾンビが襲ってくる。
爪を立てて山崎の腕を引っかく。
「しまっ!」
カランと音を立てて新しいマガジンが床に落ちた。
拾おうとした山崎にゾンビたちが覆いかぶさるようにして襲いかかる。
「ほらよ」
俺は山崎に噛みつこうとするゾンビの頭を鉄柱で横殴りに叩き潰す。
弾け飛んだ肉片が山崎の肩に当たって血の色に染める。
標的を次のゾンビに変えて大口を開けているゾンビのその口に鉄柱を突き刺した。
ボドボドと垂れる血が山崎にかかる。
ガアン!
弾を装填した山崎がゾンビの頭を粉々に吹き飛ばす。
「礼は言わんぞゾンビくん」
「てめえを助けたつもりはねえよクズ人間」
次々と襲いかかるゾンビに鉄柱を食らわせる。
顎が砕け目玉が飛び出し脳が飛び散る。
床屋の壁や床があっという間に血まみれになった。
奥から大前田が出てきて俺たちの方へ駆け寄ってくる。
「よかった、まだいてくれたか」
「まだいたというより、行きそびれたって感じだな」
「悪いんだけど、君たち頼みがあるんだ」
「この状況で俺たちになにかさせたいなんて、虫のよすぎる話だな」
「図々しいのは承知の上で頼む、俺と来てくれないか」
「どうする気だ」
大前田は天井を見上げる。
「屋上にある渡り板を外す。そうすれば屋上伝いに歩いて移動することはできなくなる。
アーケードの屋根を渡るということもできなくはないけど、ゾンビはそこまで頭が回らないらしい。手すりにつかまってはしごを使うという方法は取ってこないんだ。プラスチックの屋根に乗っかっては、屋根に穴を開けて落っこちていくばかりでね」
「なるほど、そうすれば侵入経路がなくなるってことか」
「そうなんだ。少しゾンビが減ってきた今なら屋上に行けるようだからね」
有希音が俺の袖を引っ張る。
「鋼くん……」
「俺もどうやって脱出経路を見つけるかって思っていたところだから、丁度いいかもしれないな」
「あんた高いところでまともに戦えるの?」
江楠がまた余計なことを。
「だ、大丈夫だろ。問題ないさ」
「根拠ないわねえ」
うるさいわい。何とか気合いで乗り切ってやる。
「済まないが、次の波を片付けたら屋上へ行く。頼りにさせてもらうよ」
大前田が近くにいた仲間たちをかき集めてゾンビを倒していく。
「仕方ないか」
俺たちも大前田に続いて階段を上がっていく。
「なあ大前田さん」
「どうしたね」
「屋上への扉って開けっ放しだったのか」
大前田は少し悩む感じだった。
「閉めて、いたと思う」
「じゃあ誰かが開けた?」
「そう、だね。この状況だからね、意図してやったもの以外は基本的にドアや窓は閉めるようにしているはず。だから屋上からなだれ込んでくるというのは想定していなかったかな」
確かにその辺りの戸締りをきちんとしていれば、急襲を受けて混乱することもなかっただろう。
これは誰かの過失なのか。それとも。
俺たちは開け放たれたままの屋上のドア越しに外を眺める。
「それはともかく、まずはこの屋上にいる連中を片付けて三軒隣りの渡り板を外すんだ」
「そうすればひとまず屋上からやってくるゾンビはいなくなる、と」
「そうだ。あとはバリケードの中のゾンビを駆逐すれば安全と言えるだろう」
そううまくいけばいいが。
「いいだろう。じゃあ俺たちはその渡り板を渡って向こう側に行く。そうしたら板を外してくれ」
「それじゃあ君たちは安全じゃない場所に……」
「元から出て行くつもりだったしな。そのついでだと思えば別に俺たちを追い出そうとしたやつらを手伝ったと思わないで済むし」
「悪いな、変な気を遣わせてしまって」
「いいって。俺だって敵対視されている中に居座っているつもりもないからな」
屋上にいるゾンビの頭上から鉄柱を振り下ろす。
頭にかすって肩へ鉄柱がめり込む。
そのまま横薙ぎに振り抜くと、ゾンビは屋上から飛ばされて落ちていく。
「俺たちを殺そうとしているやつは、俺たちに殺される可能性があるっていうことを理解させなくちゃならないけど」
向けられた殺意には、何倍にも膨れ上がらせてお返ししてやる。
奈美絵とのやりとりで俺が感じたことだ。
「鋼くん、私たちのことを気にしてだったらいいんだよ」
「そうじゃないんだ有希音。俺は世界平和がどうとかいう程お人よしじゃない。だから敵もいれば味方もいるって思っている。だけどさ、向けられた殺意をそのままにして生きていくことはできないんだ」
「どうして?」
「こうなる前なら殺意といっても形だけ。殺してやるなんて言っても捨て台詞で終わっていたし嫌われる程度のことだったけど、今となっては本当に殺しにくるからな。生き残りたければ殺しにくるやつらを倒さなくちゃならない」
「あんたの言う通りかもね」
江楠も俺の考えに賛同するのか、手斧を振り回しながら俺の言葉に重ねる。
「実際に殺そうとまでしてきた相手と仲良しごっこをしている余裕は、今の私たちにはない……」
振り下ろした手斧がゾンビの腕を切り落とす。
俺はそのゾンビの耳の上辺りを鉄柱で殴る。
「そうだな。いつ寝首をかかれるか判らないところでのんびりはできないからな」
俺は寄ってくるゾンビに蹴りを入れて屋上から叩き落す。
まだ日は高い。




