第六話 一筋の光
——〈夜泣ナゲク(夢見静)視点〉——
「な、なにこれ……」
あ~んでっどライブ所属Vtuber夜泣ナゲクこと、私、夢見静は初めての炎上に驚きを超えて恐怖を覚えていた。
炎上……知識としてはもちろん知っていた。
事務所所属のVtuberと言うこともあり、その辺りのコンプライアンスはしっかりと指導を受けている。
……はずだったのに。
「ど、どうしよう。まずは謝罪? いや、でも、SNSは確認に留めろって……」
後悔と焦り、恐怖がグルグルと渦を巻き、視界も回りだした。
逃げたい、止めたい、このまま布団を被って引き篭もってしまいたい。
手にしていたスマホをベッドに落とし、座り込む。
「迂闊だった……」
うなだれて、悔いを呟いても、現状は変わらない。
今も視界の端で、SNSアプリが通知を伝え続けていた。
足が震える。
やらなければならないことは分かっている。
今は一刻も早く事務所に行って、マネージャーさんや関係者の方々に謝罪をしなければならない。
だと言うのに……。
「うっ……うぅ……」
これは一体何の涙なのか。
自分でも分からない涙が、流れ出して止まらない。
「……どうしよう。これで私の活動……終わっちゃうのかな」
弱気な言葉、ネガティブな考えばかりが浮かび上がってくる。
ここまで私は約五年間、Vtuberとして活動してきた。
高校卒業後、特にしたいこともなく受験もせずに世に放り出され、実家でインターネットを漁る日々を過ごしていた。
そんなある日、あ~んでっどライブのVtuber募集の広告が目に入った。
地味で根暗な私だけど、友達もろくにいない私だけど、何を思ったか、勢いに任せその広告に応募。
もしかしたら、何かしている感が欲しかったのかもしれない。
だが、蓋を開けてみれば、書類が通り、オンラインの面接で声を褒めてもらって、よくわからないままにVtuberとしてデビューすることになっていた。
しかし、私には致命的な欠点があった。
ゲームがそこまで得意ではないのだ。
上手い下手の得意ではなく、苦手な方の得意ではないという意味で。
当時のVtuberと言えば、ゲーム配信の全盛期。
私も色々と手を出しては見たものの、酔うわ、目はチカチカするわ、耳は痛いわの大惨事。
それに、その頃はまだ実家住みだったこともあって、声を絞っていたせいで実況も面白くないわで、本当に何もいいところがなかった。
でも、マネージャーさんはそんな私を見捨てずに色々な提案をしてくれて、その中で私が興味を惹かれたのがリスナーさんとの交流型配信をメインにするという提案だった。
当時はリスナーさんもかなり少なかったため、まずはそこをがっちり固めましょう、と言うのがマネージャーさんの提案だった。
そんな配信もありなのかと、デビュー直後から開設していた質問募集に届いた質問に答える形式の配信を始めた結果——家族への配慮のために潜めていた声と、基本的にどんな質問にも答える私の姿勢が好評だったようで、少しずつ、リスナーさんが増え始めた。
そして、そんな質問に答える雑談配信はいつしか、リスナーさんの悩み、愚痴を聞く『嘆き』の配信に変わっていき、そこで私は底辺Vtuberから、中堅を少し出るくらいのVtuberになることが出来た。
人の話を聞くのが好きだったことも幸いしたのだろう。
私の配信は比較的穏やかな人、空気の配信になり、今まで一度も炎上などしないまま、その後も順調に数字が伸びていた。
だから、慢心していたのかもしれない。
調子に乗ってしまっていたのかもしれない。
「ごめん……なさい……」
鳴りやまない通知に向けて、誰にも聞こえない謝罪を口にする。
その瞬間だった。
ある一つの投稿が私の目に飛び込んで来た。
◇◇◇ ——〈枢木鈴音視点〉——
上司から預かった仕事を何とか午前中の間に終わらせ、忙しいながらも取った休憩の時間。
私はすぐにSNSアプリを立ち上げ、ナゲクちゃんの現状を確認した。
すると、そこに広がっていたのは見るに堪えない匿名社会の闇だった。
確かにナゲクちゃんも迂闊だったことは否めない。
でも、全く関係のないところにまで憶測の輪は広がり、配信上で見知ったアイコンの人も何人か炎上の火を広げるようなコメントをしていた。
「——っ!」
思わず唇を噛む。
この人たちの気持ちも少しは分かってしまうだけに、だからこそ、同じファンなら踏みとどまってほしかった。
何かを発信するにしても、ナゲクちゃんを貶めるような方向の発信はしてほしくなかった。
「……ふぅ——」
思考を落ち着けるために一度深呼吸をする。
次々に流れていく、心無い言葉や根拠のない憶測の数々。
もしかしたら、ナゲクちゃんも今、このSNSの惨状を見ているかもしれない。
その気持を考えると、いくら冷静になっても何もせずにはいられなかった。
もし、私がナゲクちゃんの立場なら……今一番欲しい言葉は……。
炎上に反論したりはしない。
それはきっと余計な火種を生んでしまうだけだ。
だから——
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私は、どんなナゲクちゃんでも、応援してます。
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炎上には触れない。
昨日の配信で自分からにじみ出た、あの暗い感情も出さない。
ただ、いつもと同じような投稿を一つ、SNSの海に投げておく。
これがナゲクちゃんに届くかどうかは分からないけど、一人のファンとして、どんな時でもあなたを応援している人はいるよと、伝えたかった。
「頑張れ、ナゲクちゃん」
スマホに向かって一人で呟く。
これ以上は、見ていると仕事に支障を来たすかもしれないと、私は再度スマホを閉じて、仕事に戻った。
◇◇◇
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私は、どんなナゲクちゃんでも、応援してます。
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炎の海の中で、水のベールを見つけたような気分だった。
簡素で、いつもなら、「ありがとう」と心で言う程度の投稿。
だが、今の私にはこの言葉が、天より差し込んだ一筋の光のように思えた。
投稿を見た後で、その名前が目に入る。
『クルル』
クルルさん——っ!
私は彼女を知っていた。
大変そうなのに、忙しそうなのに、いつでも私の配信に来てくれて、悩みや愚痴を聞く配信でいつも私を気遣ってくれて、オフイベでも、目に化粧でも隠し切れない隈を作りながらも、楽しそうに嬉しそうに話してくれて、言葉遣いが丁寧で、かわいい人。
……勝手に、私が心の支えにしていた人。
「枢木、さん……」
そうだ。
こんなことになってしまっても、まだ、私を応援してくれている人はいるんだ。
なら、私のすべきことは……。
時計を見れば、時刻はお昼を過ぎた辺り。
通知の鳴りやまないSNSアプリを閉じて、メッセージアプリを開く。
「遅くなってすみません。今から事務所に向かいます」
マネージャーさんに一報を入れて、スマホは電源を切った。
くよくよしている場合じゃない。
まだ、応援してくれているファンのためにも、やるべくことをやらないと!
私は急いで準備を整えて、自宅を飛び出した。




