第十七話 不意に耳朶を打つ
手早く夕食を済ませ、意味もなく長時間お風呂に入り、全身を磨く。
しっかり髪を乾かし終えたところで、手が勝手に髪を巻こうとし出したのには流石の自分でも驚いてしまった。
「……でも、だって、これってある意味オフイベと同じだよ? そりゃ、相手はナゲクちゃんじゃなくて、静だってことは百も承知だけどさ~」
これから残す用事は通話から睡眠だけだと言うのに、手元に用意されたメイクキットを片付けながらも、私の口調は喜びをこれでもかと表すように跳ねていた。
しばらく時間が経って……夜泣ナゲクが普段、基本的に配信を始める二十二時の十分前。
「……静、もう待ってるかな? 準備出来たって連絡入れよう」
結局、ブラック企業勤め時代に買って、そのままになっていたお高めの寝巻きを下ろし、化粧の代わりにいつもより念入りにスキンケアをした私は、デスクに座ってスマホと対面しながら、緊張に震えそうになる指先で静へメッセージを送る。
枢木鈴音「静、私の方は準備できたからいつでもおっけーだよ」
夢見静「は、はい! じゃあ、かけ、ますね?」
枢木鈴音「はーい」
すぐに既読が付き、短いやり取りの後で着信音がなる。
私のスマホからは滅多に聞かない音を堪能する間もなく、私は応答ボタンを押して、スマホを耳に当てた。
「も、もしもし。鈴音さん、ですか?」
「もしもし、鈴音だよ~。先週ぶりだね静!」
少し強張ったような、堅さのある声が聞こえてくる。
でも、この声は間違いなく私の大好きな声だった。
「金曜日の夜にごめんなさい」
「全然、全然。どうせナゲクちゃんのアーカイブ流しながら寝るだけだったし」
「あ、ありがとうございます。アーカイブも見てもらえるなんて嬉しいです」
「当然だよ。なんたって私はナゲクちゃんの大ファンだからね」
「……ふふっ、私が言うのも、何ですが、本当に好きなんですね」
静からようやく固さの取れた笑い声が聞こえてくる。
私のナゲクちゃんへの推しっぷり、入れ込みっぷりに緊張が解けたのだろうか?
「そりゃあね。……と、そんなことはさておき、今日はどうしたの? もしかして、私が毎日ナゲクちゃんの声を聴きたいのと同じで、静も私の声が聞きたくなっちゃったり?」
そんな笑い声に気分を良くして、ちょっと冗談めかして聞いてみる。
「……はい。鈴音さんと同じ……かどうかは分かりませんが、声が聞きたかったです」
「——ッ!?」
すると、飛んできたのはド直球ストレート。
そのインパクトたるや……思わず身悶えをしてしまうほどだった。
「……そ、そっか。そう直球に言われると、なんか恥ずかしいね」
「……ご、ごめんなさい」
なんだか甘酸っぱいような、そんな雰囲気が辺りを漂う。
「……あ、あ~そう言えば、復帰? と言うか、月曜日の配信良かったね。なんだかんだ、最後までいつもより視聴者数多かったし」
そんな雰囲気に耐えられず、私は一度配信の話題に逃げた。
「あ、はい。そうですね。私も覚悟、と言うか、どんな非難も受け止めようって心持ちでは居たんですが、鈴音さんの言う通りサイレントマジョリティーの大きさを感じました」
「でしょ? これでまたファンが増えちゃうかもね」
「どうでしょうか? でも、そうなったらいいですね」
「うんうん! あ、そうだ! 確かもうすぐチャンネル登録者数30万人だったよね? 達成したら、どこかでお祝いする?」
「……え」
………………流れに任せて言ってしまったが……これってあまり、いやかなり良くないな。
その証拠に、「え」とだけ言って静が固まっちゃってるし……。
あぁぁぁ! 早まった! 大好きな声プラス友達のような距離感でテンションがおかしくなって、つい零れてしまった。
なにも映さない暗いPCモニターに、テンションの乱高下する自分が反射している。
さっきの甘酸っぱいような雰囲気以上にいたたまれない。
「……ふ、不用意だったよね。ごめ——」
「ぜひっ!」
そんな雰囲気に耐え切れず、謝罪を切り出そうとした時。
画面越しにも身を乗り出していることが伝わって来そうな勢いで、静が答えた。
「え?」
今度は私が固まる番だった。
「その時は、私に驕らせてください!」
だが、静は止まらない。
ちょっとチャンネル登録者数確認してもいいですか? なんて言って、一人でにカチャカチャとPCを操作する音が聞こえて来る。
……良かった、んだよね?
自分の中で何度も確認して、思考を整理する。
まあ、よく考えてみれば、ただお祝いに誘っただけだし、二人の時は推しとファンの関係ではなく、鈴音と静で居ようって言ってくれたのは静の方だったし……。
キモがられていないことにホッと胸をなで下ろす。
驕らせてください、なんて静は言っていたが、もし本当にその時が来たら、しっかり私が驕らせてもらおう。
「あと、三千人でした! 今まで通りのペースなら、3,4か月後には確実に行けそうです!」
なんて考えていれば、確認を終えた静がそう報告してくる。
確かに、ナゲクちゃんの登録者の伸びを考えるとそのくらいだろう。
ナゲクちゃんの配信は同時接続数はかなり多めだが、それは主に私のようなファンが固くついているのであって新規はあまり多くない。
まあ、『嘆き』に答えるという配信の特性上、新規参入を得るのが難しいのは仕方のないことだろう。
「そっか。じゃあ、今度会えるのはその時かな~」
3,4か月後なら、仕事にもかなり慣れているだろうし、現段階で私にも静の方にも大規模な仕事、イベントなどは入っていないから、問題なく都合を付けられるだろう。
と、頭の中のスケジュール帳に、静との予定を書き留めていると——
「あっ、あの! そのことなんですけど!」
先ほどまでとはまた違った緊張感のようなものを纏った声で、静が切り出す。
「うん?」
「ら、来週の土日とか、予定空いていませんか?」
……来週の土日?
特に予定はなかったはずだが……。
「空いてるよ? けど、どうかしたの?」
「もしよければ、何ですが、一緒に……星を見に行きませんか?」
「……え? 星?」
いきなり飛び出して来た日常会話では聞きなれない単語に、私は思わず聞き返してしまう。
「はい……その、私、名前からとか、そう言う理由ではないんですが、静かなところが好きで、この前のお礼も兼ねて、と思いまして」
言い訳をこねるように、もじもじと後付けをしてくる静。
もちろん、最初から断るつもりはなかったが、そんな可愛い態度を見せられては、もう否やはつけられない。
「お礼、は全然いいんだけど……せっかくのお誘いだし、いいよ」
「本当ですか!? やった! じゃあ、詳細は——」
私がオーケーを出すと、すごく嬉しそうに場所のURLを送ってくる静。
もしかして、今日はこれに誘うために通話を提案してくれたのだろうか?
そんなことを考えながら、私は送られてきたURLを開く。
すると、そこに表示されたのは……。
「え、このプラネタリウムって、確か——」
出てきたのは、この辺りでもかなり有名なデートスポットであるプラネタリウムだった。
だが、私がその事実を口にする前に、静が、いや、突然声をナゲクちゃんのものに切り替えた彼女が私の耳に言葉を落とす。
「そうだよ。私とデートしよ? 鈴音さん」
☆☆☆☆☆評価を何卒……!!!




