第一話 我、やらかす
我は魔王。
そして今、絶賛勇者と戦闘中である。
「ちょっ! 待って!」
「シッ!」
この勇者、怖すぎる!
さっきから我の首しか狙ってこない!
剣を振るうたびに狙うのは首、首、首。まるで我の身体には首しか弱点がないとでも思っているのか。
いや、実際に首を落とされても死にはしない。
我、一応魔王だから。
だが、死なないからといって痛くないわけではないのだ!
それに我の部下たち!
みんなして玉座の間の扉の前に集まり、応援していないで助けてくれ!
「待て、勇者よ!」
「うるさい! 魔王! お前を倒せば、私は元の世界に帰れるんだから! 大人しくその首を寄こしなさい!」
我、恐怖。
首を寄こせって……。
いやいや、嫌だよ?
死なないけど痛いんだよ?
それに、首を落とされた後、自分で拾いに行くのもかなり惨めなのだ。
「そこの部下たち! 見てないで助けて!」
「魔王様! がんばれ~~!」
「我々、さっき蘇生されたばかりなんです。さすがに、また死にたくないです」
我の部下たち、非情すぎる!
主君が勇者に首を狙われているというのに、誰一人として助けに来ようとしない。
「それに、魔王様が本気を出せば、勇者などワンパンですよ」
いやいやいや。
別に殺したいわけじゃないんだよ?
確かに、その気になれば倒せるとは思う。
だが、我は一応、魔王国を治める王ぞ。
他国へ侵攻したこともないし、こちらへ攻め込んできた人間の国を蹴散らしただけである。
我、戦争嫌いだし。
専守防衛が我が国のモットーなのだ。
なのに、どうして我がこんな目に遭わなければならない。
それにしても……。
「勇者よ! 少し話し合おう! 首ばかり執拗に狙うでない!」
「魔王と話すことなんてないのよ! いいから首を寄こせって言ってるでしょ!」
駄目だ。
まったく話を聞く気がない。
勇者の剣が再び我の首を狙って振るわれる。
我は身体を反らしてそれを避けたが、剣先が首元すれすれを通過していった。
怖い!
本当に怖い!
「ええい! 落ち着かんか!」
我、ちょっとキレた。
さすがにいつまでも首を狙われ続けては、まともに話すことすらできない。
ほんの少しだけ本気を出し、力を解放する。
勇者の身体を傷つけない程度に衝撃を放ち、強制的に距離を取ってやった。
これで、ようやく話ができる。
「いいか、よく聞くのだ、勇者よ。我、お前に何かしたのか?」
思い当たることなど、本当に何もない。
先週からずっと、この魔王城に缶詰だったのだから。
机の上に山のように積まれていた書類に目を通して、内容を確認して、ひたすらサイン。
それしかしていない。
戦争すらしていないというのに……。
「アンタの存在そのものが悪いのよ! 変な連中に拉致されたと思ったら、『世界を救ってくれ』って、いきなりこの異世界に飛ばされて! それに、何かわけのわからない力まで手に入れてしまって……全部、アンタのせいよ!」
我、困惑。
どういうこと?
我は一度も勇者を召喚した覚えなどないし、そもそも異世界から人間を連れてくるような趣味もない。
そっと扉の向こうにいる部下たちへ視線を送る。
だが、あちらも同じように首を傾げ、中には腕を組んで本気で頭を悩ませている者までいた。
どうやら、我だけが知らないわけではないらしい。
「少し整理させてほしい……もしかして、お前はグオウ王国から来たのか?」
「そうだけど!」
その返事を聞いた瞬間、我の中ですべてが繋がった。
そこで我、ピンときた!
あのクソ王国の仕業か。
何を考えているのかと思えば、よりにもよって禁忌に指定されている召喚魔法を使ったらしい。
しかも、その結果が異世界の少女を拉致して勇者に仕立て上げることだと?
あの国、ついにそこまで落ちたのか。
「勇者。お前、騙されてるぞ」
「知ってるわよ!」
知ってたの?
知ってて我の首を狙ってたの?
我、ますます困惑。
「でも、帰る方法がこれしかないって……だから、首!」
「待て! 待て待て待て!」
我、焦る。
何でそこで結論が首になるのだ!
我の首に、そんな力はないぞ!
そう言おうとしたところで、我は言葉を止めた。
勇者が泣いていた。
剣を握ったまま、唇を強く噛み締め、溢れそうになる涙を必死に堪えている。
いや、もう堪えられていない。
その頬には、幾筋もの涙が流れていた。
そして、なぜか扉の向こうにいる我の部下たちまで泣いている。
「魔王様……首、差し出しましょう」
「そうです。この子、あまりにも可哀そうです」
我、絶句。
お前たち、どっちの味方なの?
しかし、気持ちはわかる。
突然知らない世界へ連れてこられ、帰るためには魔王を倒せと言われたのだ。
それが嘘かもしれないとわかっていても、他に帰る方法がないのなら、縋りつきたくもなるだろう。
うむ……。
どうしたものか。
我は困り果てながら、改めて周囲を見回した。
それにしても、派手に城――というより、我の自宅を壊してくれたものだ。
壁には大きな亀裂。
床には剣撃の跡。
ああ……民から贈られた我の銅像が、見るも無惨な姿で粉々になっている。
それに、節約に節約を重ね、ようやく買ったマッサージ機能付き特注椅子。
我の大切な椅子。
うむ。
見事に真っ二つだな。
我も泣きたい。
これ、修繕費どうしよう。
魔王城とはいえ、修理には金がかかるのだ。
だが、今はそれどころではない。
まずは目の前の勇者からだな。
「勇者」
「何よ! 首くれるの!」
ええい! そこから離れんか!
どうして我の首から話が進まないのだ!
「違う。だが、お前を元の世界へ帰すことは、我にはできる」
そう。
自慢ではないが、我、これでも魔王。
様々な魔法を修めているし、普通の魔法使いでは扱えない特殊な能力も持っている。
異世界へ送り返すくらいなら、できない話ではない。
「嘘よ!」
勇者が叫ぶ。
「あなたの首じゃないと帰れないって! 嘘だってわかってても、それだけに縋ってここまで来たのに! そんな簡単に言わないで!」
「う~~む……」
我、困った。
できるんだけどな。
本当にできるんだけど、まったく信じてもらえぬ。
どうすればいいのだ。
我、悩む。
「その……勇者よ」
おお!
ようやく部下のモロイが、扉の陰から姿を現した。
……ものすごいへっぴり腰だが、それでも我、嬉しい。
ようやく助けに来てくれた者がいた。
モロイは恐る恐る勇者の様子を窺いながら、それでも我と勇者の間に声を届ける。
「魔王様の言われることは本当だ。普段、政務を怠けたり、書類をためたりと情けないところもあるが、魔王様はこの世界で一番頼りになる王なのだ」
モロイよ……。
嬉しい。
嬉しいのだが、我、そこまで怠けてないよ?
確かに書類はためてたけどさ。
だが、勇者には効いたようだな。
ようやく剣を下ろしてくれた。
よくやった、モロイ!
でも、後で少し話し合おう。
うん。
我、そこまで怠けてないから。
「本当に……帰れる?」
おっと、それよりも今は勇者だな。
我は安心させるように、ゆっくりと勇者へ近づいていく。
「魔王様。腰が引けています」
モロイ。
お前……まあいい。
さっきまで首を狙われていたのだ。少しくらい警戒したってよかろう。
「いいか。召喚魔法の逆、送還魔法を使えば帰れる。我はそれを使える」
「本当!」
おお!
勇者の顔に、ようやく笑顔が戻った。
よかった。
これで我も、首ばかり狙われなくて済む。
「うむ。我であれば可能だ。人間では無理だがな」
そう。
禁忌とされる召喚魔法や送還魔法には、結局のところ生贄が必要になる。
異なる世界を繋ぎ、人ひとりをこちら側へ引き寄せるのだ。それだけの奇跡を起こすには、相応の代償を支払わなければならない。
グオウ王国め。
いったい、この少女を召喚するために何人の命を犠牲にしたのか。
勇者の持つ力から察するに、数百人は犠牲になっているな。
我、憤慨!
禁忌である以前に、王として許せん。
「我の特殊能力の一つに、魂の複製という力がある。それを使い、我の魂を生贄として勇者を送り返そう」
「魔王様。普段もそれでもう一人魔王様を顕現できませんか? それなら仕事がスムーズに進むのですが」
モロイよ。
我は、お前と一度しっかり腰を据えて話さなければならない気がする。
我は便利な道具ではないぞ。
「できん。一度使えば、数百年は使えぬ」
「チッ」
今、舌打ちが聞こえたけど気のせいだよね?
お願いだから、そう言ってほしい。
「魔王。本当にできるの?」
勇者よ。
すまんな。
せっかく少しは信用してくれたというのに、我のこんなグダグダな姿を見せてしまって。
だが、良かろう!
今こそ我の威厳を見せる時!
「嘘だったら、その首貰うわよ」
……我、威厳ないのかな。
気を取り直そう。
我は凄い。
何故なら、魔王だから。
「嘘ではない。何なら、今すぐにでもできる」
「お願い。元の世界に帰して! まだ見たい漫画やアニメが山ほどあるの!」
勇者よ。
それが何かは知らぬが、さぞかし無念なのだろう。
そこまで拳を震わせて……。
我、頑張るから。
よし。
我、本気を出そう。
「良かろう。では、すぐに取り掛かるが……勇者よ。一つだけ承知してほしいことがある」
「何を?」
「まず、送還魔法を使えば、お前は生まれた時まで戻る。それと、この異世界での記憶もなくなる」
「え~~~。赤ちゃんからなの?」
勇者よ。
そこは素直に承諾してほしい。
色々と制約があるのだ。
こればかりは、魔王である我にもどうすることもできぬ。
「前の世界の記憶はどうなるの?」
「うむ。ある程度は残ることになる。ただし、詳細までは思い出せぬと思うぞ。我も体験したことがないから確実ではないが、我の知る範囲では、そう書いてあった」
「そっか。勉強、またするの面倒なんだけどな」
勇者よ。
おぬし、先ほどまでの威勢はどこへ行った。
「お茶です」
そして、モロイよ。
おぬしも、ここでお茶を持ってくるな。
雰囲気がぶち壊しではないか。
こんな部下、我はお前しか知らないぞ。
そして勇者よ。
ためらいなく飲みおったな。
ついさっきまで我の首を狙っていた勇者と同一人物とは思えぬ。
いったいどういう性格なのか、我、少し疑問に思う。
「ごちそうさま。美味しかったです」
「それは良かった。これ、魔王様が隠していた良質な茶葉なんですよ」
モロイ。
お前、後で絶対にみっちりと話し合おう。
それ、我が楽しみに取っておいた茶葉だからね?
「……で、勇者よ」
「いいわ。それしかないのなら、受け入れる」
良かった。
これで勇者を元の世界へ帰すことができる。
……ん?
でも、過去に戻すということは、また召喚されるのでは?
またグオウ王国が召喚魔法を使えば、この勇者が再び呼び出される可能性があるのでは?
そうなれば、また我の首を狙って魔王城へやってくるかもしれぬ。
そして、また我の首を……。
それは困る。
どうするか。
我は腕を組み、考える。
何か良い方法は……。
ふと、隣に立つモロイが目に入った。
モロイ。
……そうだな。
モロイも一緒に送ろう。
「勇者よ。念のため、おぬしが再び召喚されぬよう、このモロイも一緒に送ることにしよう」
「魔王様!?」
ふふふ。
モロイ。
お前が悪い。
悪く思うなよ。
決して、モロイがいなくなれば小言を言われなくなるとか、我が隠していたおやつや茶葉が頻繁に消えるからとか、そういう理由ではない。
断じて違う。
モロイの魔力ならば、勇者の世界へ行った後も十分に対応できるだろう。
召喚魔法を押し返すことくらい、できよう。
……多分だが。
我が魔王として冷静に考え、そう判断したまでだ。
「では、勇者よ。今からおぬしを元の世界へ送り返す」
我は魔王としての威厳を示すように、ゆっくりと両手を広げた。
「ちょっと待ってください、魔王様! 私は聞いていません!」
モロイ。
うるさい。
苦情は受け付けぬ。
まずは、魂の複製。
我が力を発動すると、目の前に淡い光が集まり、一つの形を作り上げていく。
やがて光が消えたそこには、もう一人の我が立っていた。
おお。
我が、もう一人。
自分で見ると少し不思議だな。
まあ、よい。
すまないが、頼むぞ、もう一人の我。
では、行くぞ!
「勇者よ。元気で暮らせ」
「ありがとう、魔王。人間の男だったら、恋に落ちていたかもね」
そうか。
でも、我、メスぞ。
それは無理。
まあ、勇者が笑顔で帰れるのならば、それでよい。
そして、モロイ。
お前も向こうの世界で元気にな……。
……あれ?
モロイがいない。
我は周囲を見回した。
いない。
さっきまでそこにいたはずなのに、どこにも姿がない。
それに、何故か我の身体が浮かんでいる。
……ん?
我はゆっくりと視線を下へ向けた。
そこには、驚愕の表情でこちらを見上げている――我。
もう一人の我だ。
あれ?
何で下に我がいる?
いや、それよりモロイはどこに行った?
我が慌てて周囲を見回していると、玉座の間から必死に逃げていくモロイの背中が見えた。
あっ!
逃げてる!
モロイが逃げてる!
どうするのだ!
これでは勇者が再び召喚されたら、また我の首を狙いに来るではないか!
下の我!
どうにかして解除してくれ!
……え?
できない?
もう発動したから無理?
我、ショック。
「魔王様。この世界は大丈夫です。なんせ最強の魔王様がおられますから」
モロイよ!
お前、何をしれっと!
ほら、下の我も驚いて……。
あれ?
納得してない?
下の我、何故『問題ない』みたいな顔をしている?
あっ、手を振るな!
どうするのだ、我!
また勇者に首を狙われかねないんだぞ!
ああ、もう手遅れだ。
身体を包み込む光が次第に強くなり、意識が遠のいていく。
待って。
本当に待って。
我は魔王ぞ。
勇者だけを送り返したら、また我の首を狙いに来るのではないか!
ああ……駄目だ。
意識が……。
我は――消える。
……。
…………。
おや?
我、消えてない?
それと、ここは何処だ?
周囲を確認しようとするが、目がうまく開かぬ。
身体も思うように動かない。
何だ、これは?
誰か居らぬのか?
「おんぎゃぁぁぁ!」
は?
今のは何だ?
声を出そうとしたのに、言葉が出ぬ。
それに、今の叫び声って……我?
「おんぎゃぁ! おんぎゃぁぁぁ!」
おかしい。
我の声が、何故赤子の泣き声になっている?
身体も小さい気がする。
手も足も思うように動かぬ。
まさか!
「おめでとうございます! 元気な女の子です!」
…………。
我、異世界転生した!




