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空が裂けた日③

青年は薄紫色の刀を鞘に収めながら、昴の方へ歩み寄ってきた。

「おい、返事しろよ」

「……はい。大丈夫です。ありがとうございます……」

昴が震える声で答えると、青年は地面に転がる角兎の骸をつま先で突きながら鋭い目で昴を見つめる。

「ガキんちょ、裂け目から出てきたのはこの兎だけか?」

そこへ、慌ただしい足音が近づいてきた。

「隊長! 1人で突っ走らないでください!」

黒髪をポニーテールにまとめた女性が息を切らして駆けつけてきた。白を基調とした装束を着ている。

彼女はまず角兎の骸を確認し、次に昴を見て目を丸くした後、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「驚かせてすみません。私は藤乃静華、征魔庁の裂界師です。九条隊長の小隊で詠士を担当しています。……あなたは、一般の方ですよね?」

「あ、はい……荻野昴です」

藤乃は軽く頭を下げてから、青年の方を向いた。

「隊長、核の周波数が少し乱れています。ただの偶然の出現じゃないかもしれません。それから、エーテルの濃度が平均値より高いです。角兎1体だけとは思えません。」

「え……でも、俺が出てくるのを見たのはその兎だけですよ」

昴が先ほど見たままを話すと九条は面倒臭そうに頭を掻きながらチラと昴の腕輪を見て目を逸らす。

「まぁ良い。荻野、悪いが明日理術局に来てもらう」

「え……?」

昴が戸惑うと、蒼馬は苛立ったように続けた。

「面倒くせえ説明は藤乃に任せる。とにかく来い。逃げんなよ」

藤乃が慌ててフォローに入った。

「九条隊長、ちょっと言い方が……!荻野さん、安心してください。ただの健康診断みたいな物です。魔獣に接近した以上、表面上は健康に見えても重症の場合があるので。それに今回のケースは少し気がかりな点が多くて……。」

彼女は優しく、しかしはっきりとした口調で説明を続けた。

「明日、午後六時に理術局の正面受付に来ていただけますか? 九条隊長の名前を出してもらえればすぐに対応します。私も同席しますので、詳しい質問はその時におねがいします。」

九条蒼馬は鼻を軽く鳴らした。

「まあ、そんな感じだ。夜間外出制限はちゃんと守れよ、一般人が魔獣に遭遇する確率はてめえが思ってるよりずっと高いんだぞ」

昴が口を挟む間もなく、二人は角兎の骸を回収すると、青白い街灯の下を歩き去っていった。

蒼馬の背中はどこか投げやりで、藤乃が小声で何か注意しているのが遠くに聞こえた。

残された昴は、その場に立ち尽くしたまま、強く拳を握りしめていた。




青白い街灯の下、藤乃は征魔局への帰路を歩みつつ九条に話しかける。

「九条隊長、気付きました?」

「あぁ、だからわざわざ理術局に呼び出したんだろ」

通常、一般人が魔獣に襲われた程度で裂界師が理術局-征魔庁の研究施設 に呼び出す事はない。

「あのガキ、契珠を身につけてた。学院生でも、ましてや裂界師でもない一般人が手に入れられる代物じゃねえ」

藤乃が考え込むように腕を組み、表情は訝しげだ。見た物が信じられないとでも言うような態度で

「はい。繋がりを見るに、昴くん自身が魔獣と契約してる訳ではなさそうですけど……」

「だが、中に居ただろ。魔獣が」

「だから困ってるんですよ! 本人と契約しても居ない魔獣が大人しく契珠の中に収まってるなんて……」

一体どういうことなんでしょうかと問いかける藤乃に、九条は投げやりに答える

「知らん。それを明日調べるんだろ、藤乃。念の為、荻野 昴の情報を集めろ」

藤乃は驚きの表情で九条を睨みつける

「そ、そこまでします? と言うか、今から調べてたら日付変わるじゃないですか!私、明日忙しいんですよ!」

さらに掴みかかって来る藤乃を軽く躱しながら、九条は低い声で続けた。

「うるせえな。いいからやれ。……今年に入ってから西京府内の直接出現が多すぎる。去年までは年に五回もあれば多い方だったのが、今や二十回超えだ。力場の異常か、裂界側の動きが変わってきたか……どっちにしろ、異常事態が起きてるんだ」

藤乃はため息をつきながらも、表情を引き締めた。

「……わかりました。総務局の佐藤さんに頼んで、荻野昴の個人ファイルを取っておきますね。ついでに契珠の管理記録も調べておいた方がいいでしょうか?」

「好きにしろ。ただ、ガキを必要以上に怯えさせるなよ。お前が『お母さん』モード全開になったら面倒くせえことになる」

「隊長こそ、明日はもう少し言葉を選んでくださいね……!あの子、明らかに怯えていましたから」

二人の足音が夜の石畳に響く。

ふと、九条は空を見上げた。真っ暗な夜空に星が瞬いている。

胸の内で小さく舌打ちしながら、彼はぼんやりと呟いた。

「荻野昴……か。お前がただの高校生で済むとは思えねえな」

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