四歳 マニエール男爵家訪問 話せないこと
◇ ◇ ◇
私の目が覚めたときには、もはや見慣れたユーイン公爵邸の自室のベッドの上だった。
いっそ減り続けて消滅してくれたら、なんてことを考えたこともあったけど、どうやら無駄なようなのでとっくの昔に諦めている。
それに消滅したら消滅したで、べつの誰かにこの役目を押し付けることになってしまうし、それは避けたい。
「アリア、目が覚めたのね。よかったわ」
初めてではないからだろう、ベッドの傍についていてくれた母も、前回のように取り乱していたりするということもなく、微笑んで私の手を握っていた。
「ロレーナも、コッホも無事よ。もちろん、荷物もね」
あの状況で馬車を動かして王都まで運ぶ、ということはできなかった。言霊とはいえ、全能ではない。
だから、助けを呼ぶというのを選択したわけだけど。
「よかったです」
ひとまずは、二人と馬車と荷物が無事で。
「だるいとか、痛みがあるとか、気分が悪いなんてことはあるかしら?」
「いえ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
上半身だけ起き上がり、平気だと告げれば、まだ横になっていなさいと、肩を押された。
じゃあ、遠慮なく、ごろごろしていよう。
「それでね、眠る前に一つ教えてほしいことがあるの」
もう聞かれるとは思ってなかったな。
子供は、ほら、魔力の制御が上手くなくて、暴走ってほどじゃなくても、使い過ぎによる魔力枯渇で倒れるとかってことがあるし。
しかし、母はどうやらそうではないと、真実まではわからなくても、気がついているみたいだね。あるいは、調べて知った、推測したのか。
「なんでしょうか」
「アリアちゃんが使った魔法はどういうものなの?」
ほらきた。
魔塔の魔法師ということは、もともと、研究者気質だってこともあるんだよね。純粋に親としての心配もあるだろうけど。
消費された力に見合わず、かどうかはともかく、直後に気絶する。そもそも、言霊魔法とは、現代では区別されているみたいだけど、私はあれを魔法とは呼んでいない。魔力を伴っていないから。
だから、どういう魔法なのか、という質問には答えられない。嘘はつけないけど、答えないことはできる。これは、話せない類のものではないし。
「私が使っているのは、魔法なんですか?」
だから、私は疑問を浮かべて聞き返した。
できることは感覚的にわかっているけど、それがどういうものなのかはわかっていません、という感じで。
本来、正体不明というか、解析済みでないものを、とくに魔法を使うというのは危険だと思われるし、実際、傍から見れば私は毎回気絶しているわけだからね。
たしかに、言霊というだけあって、自身の魂、それを生命力と呼ぶのか、寿命と呼ぶのか、私もわからないけど、それを言葉に乗せることで、世界に言うことを聞かせている。
だから、気力を消耗して、気絶するんだけど。
それも、私が便宜上、気力と呼んでいるだけで、本当はなんて呼ぶべきなのかはわからないけど。本当は魔力なのかもしれないし。私だって、魔力とか魔法のすべてを解明できているわけじゃないからね。まあ、あえていうなら、魂なんだろう。その辺の繋がりとかは、調べる気にもならないので調べていない。この世で調べられるものでもないし。知って、対処ができるとも思えない。
「アリアちゃんにもわかっていないのね……」
母は困ったように、考え込むように眉を寄せた。
要領を得ないよね。
この世界において、おそらく使える人はいない。いや、過去に遡っても、ほかにいたのかどうかもわからない。少なくとも、私は――この世界では――会ったことがない。
魔法は感覚も大事だけれど、理論的な解明を放棄しているわけではない。だからこそ、学院や魔塔があるわけだし。
そして、おそらくは、ロレーナとか、コッホとか、あの場で一緒にいた二人からの事情聴取は終わっているはずで、そこからの検証も魔塔に持っていって行ったはずだ。
私は、言霊のことを文献に残してはいない。ただ、私が使うのを見ていた人たちが、口伝という形で語り継ぎ、解明しようとしていた可能性はあるけど。実際、その跡はちらほら見られた。
もっとも、言霊に関しては、ばれたところで問題はない。一応、この世に正式に存在しうるものだからね。
ただ、いろいろと厄介ごとに巻き込まれそうではあるけど。
もちろん、母が巻き込むということを心配しているわけじゃない。
おそらく、話せば母は言霊について調べようとするだろう。正式な文献には残っていなくても、推測とか、憶測とかはされている可能性がある。あるいは、ほかの誰かの憶測をまとめた文献なら、あるかもしれない。
それで魂がどうのってことまでバレることはないはずだけど、そのことについて誰かが調べているという噂が波紋を広げ、またべつの誰かが再現しようと試みて、そこで終わればいいんだけど、問題は、なにかの弾みか、使えてしまった場合だ。
文字どおり、魂を消費する言霊は、下手に扱えば、そのまま消滅しかねない。
だから、こんなものがあったらしいという、ふんわりとした話としては残っていても、文献なんかには残していない……はずだ、多分。
いや、私は残していないんだけどね。でも、独り言とかでまで、完全にその存在を漏らしていないかというと、確実とは言い切れない。
意識があるときのことは覚えているけど、意識がないときの、たとえば寝言とか、徹夜明けとか、意識も朧げなときにまで、絶対に漏らしていないかというのは、自信がない。
精神異常にはならないけど、眠気っていうのは、普通の人としての機能で備わっているもので、私も人の身体を持っているからね。お腹が空いたりするのと同じようなものだ。
「すみません、お母様」
娘がよくわかっていない力に振り回されているように見えるのは、母の目にはどう映っているのだろう。
どうしようもないとわかっているという意味では、振り回されてはいないんだけどね。
ただ、この場合は傍から見た場合が重要だから。
「一度、しっかり調べてみましょうか?」
私が、魔法を使えることはわかっている。ただ、消耗が激しすぎるということなだけで。
しっかり調べるというのは、魔塔で、ということだろう。
おそらくは、古今東西、私以外にこの世界で言霊を扱えた者はいない。すくなくとも、私の知っている限りでは。もしかしたら、秘匿していたところとかもあったかもしれないし、私も全知全能なんかではまったくないからね。
逆に言えば、私は扱えたのだ。
そう、たとえばアミュ・ファーライアや、大聖女なんて呼ばれているらしいクロエ・スカーレットや、学院の創始者であるイコ・ラ・ニカリアだとか。
そのときには、気絶したりすることなく扱うことができていたんだけど、それは、さすがに使用したのが四歳児の身体なんかじゃなかったからだ。
精神力を消耗するということは、逆に、精神力が培われれば、気絶することなく、扱うことができるということ。それは、子供の身体ではなく、大人の身体という意味だ。成人ではなくても、ある程度は成長しないといけない。
ようするに、私の精神にこの身体が耐えられるようになるまでは無理だということだね。
私は、多分、五十回くらい生と死を繰り返している――面倒だからあえて数えていない――けれど、長いときには八十過ぎくらいまで生きてたときもあるし、下は十歳未満まである。
いずれにしても、四歳なんかで言霊を扱ったことはなかった。どの世界でも使えたということでもなかったし。多分、この世界の理内で十全に扱えるようになるには、十歳とか、そのくらいまではかかるだろうね。いつもだいたいそのくらいだから。それも甘い見通しかな。
「はい。そうします」
ただし、それはしばらく後、少なくとも、一年以上は待つことになったのだけれど。




