四歳 シャーロックのお見舞い
マーク王子が話を終えると、それまで一歩下がっていたシャーロックが進み出てきた。
「その、久しぶりだな、アリア」
「久しぶりってほどでもないでしょ」
せいぜい、ひと月ぶりくらいだよね。
「いや、まあ、そうなのか……」
シャーロックは少し残念そうな顔をする。
あー、私の感覚だとひと月程度は久しぶりのうちに入らないんだけど、普通はひと月っていうと結構空いてるものかもしれないね。
「元気そうでなによりだよ」
「おかげさまでな。アリアのほうは元気ってわけでも、なくもないのか?」
私は大丈夫だと思うんだけどね、と肩を竦めてみせる。
一応、倒れたわけで、私としても歓迎するような状況ではあるわけだけど、うちの両親が多少過保護かなっていうのは、否めないかな。
本人はベッドとか部屋での生活を満喫していたとしても、外から見たんじゃあ、事件のこともあってふさぎ込んでるとか、後遺症があるのかとか、変な勘繰りをされてもおかしくない状況だろうし。
「悪かったね。ここのところ、籠りっきりで付き合えなくて」
シャーロックは多分、その間も魔法の鍛練を続けていたはずだから。
まあ、私が付き合っていても、できることなんてあまりないわけだけど。
「いや。ひとりで集中するには良い環境だった。負けていられないからな」
負けてって、あの邪教徒の男――レディスに負けるのは仕方のないことだったと思うよ。
よほど、生まれついての才能が突出しているとかってことなら話は違うけど、四歳とか、五歳とか、その程度の子供が、何年も研鑽を続けている大人に敵う道理はないからね。それこそ、幸運とか偶然とかが重なりでもしない限り。
「そんなにすぐに上達するものでもないし、焦る必要もないと思うけど」
あんな事件に巻き込まれたのは、本当に運が悪かったってことだし。
もちろん、運が悪かった、で片付けようとしないのは、立派な志だけど。運が悪くて死んでしまった、なんて笑い話にもならないからね。
「いや、俺が負けていられないのは……あー、やっぱ、これはいいや、なんでもない」
シャーロックは言葉を濁した。
気にはなるけど、言いたくないことなんだろう。まあ、なんにしても目標を持つのは良いことだからね。だいたい、予想はつくし、それを弄るようなことはしない。
水を差すようなことにはならないだろうけど、少年の決意に茶々を入れたくはないからね。
「あんまり無理しすぎて倒れないようにね」
「……それをおまえが言うのかよ」
それはそうかもしれないけど。
「シャーロックはあれからどう? そろそろ飛べるようになった?」
最近は、うちの庭に落ちてきたって話も聞かないけど。
とはいえ、よそ様の家に落ちるよりは、うちに落ちてきたほうが良いとは思うけどね。うちでは、シャーロックのことは、今回の件も含めて皆知ることになっているし。変な問題にも発展したりしないだろうから。
もちろん、落ちたりしないのが一番だけど。
「ああ。どうにか、一人でなら。長すぎる距離は試してないけど、できる範囲の目標までは持続できるようになった」
「へえ。すごいじゃない。頑張ったんだね」
この年齢で、飛行魔法の長距離の安定した移動ができるようになるのはかなりすごいことだと思うよ。
シャーロックは若干照れたように頬を掻き。
「頑張ったっつうか、今までの必死さが足りなかったんだって思い知っただけだよ。いざというときに使えないんじゃ、練習してても意味ないからな」
ふぅん。どうやら、誘拐されて生贄にされそうになったのも、悪いことばっかりじゃあなかったみたいだね。
「だから、これからも暇なときには練習に付き合ってくれるか?」
「それはいいけど、私じゃなくて、もっと上手な人に見てもらったほうがいいんじゃないの?」
伯爵家なら家庭教師くらい口をきいてもらえるでしょ。
それとも、仲の良い友人と切磋琢磨し合える環境とかのほうが実力を伸ばすのには適していると思うけどな。
だから学院があるんだけど、シャーロックの年齢じゃあ、まだ通えないし。そもそも、飛び級して入るような子は、魔法を学ぶといっても、学院にしかない資料や、そこでしかできないような実験なんかが目的であって、基礎的な力を伸ばすことが目的という子は少ないし。
「ああ、でも、そうだね。うちに来ればお母様がいるときもあるし、そういう意味ならいいのかもね」
魔塔の魔法師ということは、おそらく、この国でも五本の指くらいには入る実力者だということだし。
はっきり言って、王宮魔法師より、実力は上かもしれない。そこは選んだ道の違いだから、なんとも言えないけど。
「ああ、そうだな……」
シャーロックの顔は若干ひきつり気味だった。
一対一ではないだろうとはいえ、魔塔の魔法師に個人的に付きっ切りで授業してもらえる。
しかも、多分、私の友人だからということで、母は代金なんて受け取らないだろうから。
普通、家庭教師、しかも優秀な相手に就いてもらうとなれば、相応の給金が発生する。それは、当然、相手が優秀であるほど高くなるわけで、それがましてや魔塔の魔法師に家庭教師なんて頼むなら、まあ、普通の貴族家でもかなり厳しいだろうね。あくまでも、相場的な意味だけど。
とはいえ、家庭教師って、言ってしまえば、個人的なことだから、交渉次第でどうこうできる余地はあるんだよね。
それに、実際には、魔塔の魔法師って、魔法の発展を掲げている人が多いから、もちろん、研究に資金が必要ってことはそのとおりではあるんだけど、そこまで、相場を無視した金額はとらないんだよね。むしろ、新時代の育成って、つまり、広義では魔法の発展というわけで、なんなら、こぞって教えようと手をあげるかもしれない。
すくなくとも、私ならそうしてた。というより、そうしてできたのが学院だったわけで。
だから、そこまで気にする必要はないんだよね。
もちろん、魔塔に所属している魔法師って、普通は研究とかに忙しい――というより、そのために所属するという面も少なからずあるわけで――から、そんな時間はないことも多いんだけど。
「魔塔ってところを、気にしすぎなんだよね……」
もともとの目的を考えるなら、誰でも自由に、気軽に出入りできるような、雰囲気でもないけど、そんな施設であるほうがいいんだよね。
大勢の意見を出し合うからこそ、より良い発見とかも生まれるわけで。あるいは、個人の能力の発掘とか。
その人固有の魔法とかもあるわけだからね。もちろん、解析、研究すれば、誰にでも使えるようになる魔法なんだけど。すべての魔法が同じ過程で現象としてこの世界に作用する限り。
それでも、やっぱり、発想するより、実際に目で見たほうが研究が進むのは間違いない。余程の天才とかってことなら、話は違うのかもしれないけど。
天才だけが使える魔法に、そこまでの意味はない。より正確に言うなら、研究のし甲斐がないってところかな。
「アリアは気にしなさすぎだろ」
そうかな。すくなくとも、最初に作ったときには、そういう目的の元にだったんだけどな。ようは、魔法に対する知見を深めて、以後の脅威に備え研鑽するって。
「ともかく、無事なようで安心した。それでは、私はこれで失礼させてもらおう。楽しみにしている」
マーク王子が立ち上がり、じゃあ俺も、とシャーロックも続いた。
王子相手じゃあ、気軽にまた来てね、とも言えないから、次に会う約束とかはできないけど。一応、誕生日の件が約束といえば約束なのかな?
「早く元気になれよ。それまでに、俺はもっと練習しとくからな」
「それは楽しみだね」
まあ、あの魔法――言霊がどんなものかと調べて、試してみようとされるのも困るけど。調べて簡単にできるようなものでもないとはいえ。そもそも、言霊って言葉も教えてないし。
「それで、ロレーナ」
二人が帰ってから、ロレーナに声をかけた。
「なんでしょう?」
メイドとしてのスキルなのか、やっぱり、顔には出てないんだよね。
言葉には出ていたことを忘れているわけはないから、触れたくないことなんだろうな。
「やっぱりなんでもない。ごめんね、引き止めて」
「いえ」
さっきの引っ掛かりは、もうすこし事態が進んだら、でいいかな。もちろん、進まないほうがいいんだけど。




