聖女、帝国貴族になる
あれからどれだけ時間が経っただろうか。
アラストルは男達に未だ殴られたり蹴られたりしている。
「この悪魔めっ、自分の行いを悔いろ!」「妹を返せ!」などと暴言は吐かれながら延々と叩かれている。
側から見れば、少女を大人数人係でボコボコにしている異様な光景に見えるだろう。
だが、実際に悪いのは圧倒的にアラストルだ。
事情を知っている人からすれば甘すぎる処置だ。
「にしても、中々終わらないですね……」
「だな。かれこれ一時間は経ったぞ」
言い出した本人が言うのもなんだが、余りにも長すぎる。ほんの少し、アラストルが可哀想に思えてきた。
「いつまで続けるのだ? 日が暮れてしまうぞ」
痺れを切らして、ウェレスがそう言う。
そうすると我に帰ったのか、アラストルを蹴りつけるのを中断する。
「俺とした事が少しやりすぎちまったな」
「確かに、こんな少女の姿をしたのを殴るのは冷静に考えるとあれだな……」
男達はそう言い、アラストルの元から離れていく。
一度冷静になって、少女の姿をしたそれを蹴りつける自分を想像して萎えたのだろう。
「…ひ、酷いよぉ……エリシアぁ……」
そこに居たのはボロボロのアラストルの姿だった。
外見上、物凄くダメージを負っている様に見えるが体力は一百分の一も消耗していないだろう。
とは言え、多少は痛かったはずだ。
「私の拳一撃より痛く無いはずですよ?」
「確かにそうだけどー。ずっと殴られてるのは訳が違うと思うんだけど?」
アラストルは思ったより平気そうだ。
と言うかボロボロに見えるだけで、どこも怪我してない。
これでアラストルに恨みを持つ彼らも、気持ちがすんだ訳でも無いが、多少はマシになったはずだ。
「そう言えば、エリシアに謝礼を渡していなかったな」
「謝礼ですか?」
「言っていただろう。ドラゴンの群れを討伐してくれたお礼の品じゃよ。まぁ、その礼もまた一つ増えてしまったがな?」
そう言えばすっかり忘れていた。
エリシアを呼び出したのは決闘を申し込むためだけではなく、ドラゴン討伐の謝礼の為でもあるのだ。
「領地をくれてやろう。帝都近くの農業地帯の一角を丸々な」
「しかし、私領地なんて統治出来ませんよ?」
きっとこれは相当美味しい話なのだろう。
しかし、エリシアには領地を運営する知識など無い。
統治できる訳がない。正直言えば、三日で潰す自信がある。
「その点は心配いらんよ。形だけの領主じゃ……統治は別の者に任せれば良い。そこで上がった税は勿論エリシアの物だぞ?」
確かにこれは良い話だ。
最悪寝て過ごしていても、豊かな生活ができるはずだ。
「それと合わせて、貴族になって欲しい。領主になるには貴族位が必要でな。勿論これも形だけで良いのじゃ」
一瞬貴族になっても良いのか、と迷ったが形だけなら問題ないだろう。
正直貴族は、利権やなんやらで面倒くさそうだし、何より窮屈だ。
「受け取ってくれるか?」
「勿論ですよ。喜んで受け取ります」
「それは良かった。喜べ、今からお主は帝国の特権階級じゃ」
ウェレスはそう言い、笑みを浮かべた。
「そうじゃな。爵位は子爵が妥当かの」
子爵――帝国の貴族階級がどうなってるかは分からないが、男爵より上の階級だ。
ちなみにエルミール家は伯爵家でより上位だったが、見ず知らずのものに子爵の階級を与えるのは異例だろう。
「子爵って……位高すぎませんか? 普通は準男爵くらいだと思うんですが」
「妾が子爵と言えば、子爵じゃ。何も問題はあらんぞ?」
国のトップの皇帝陛下がそう言うのならば、それで良いのだろう。
だとしても子爵をこんな簡単に、決めるのはやはり可笑しい。
そんな無茶苦茶がまかり通っているのも彼女が優秀な証拠なのだろう。
「それではよろしく頼むぞ。子爵家の当主さま?」
ウェレスはそう言い放った。
そして、エリシアは再び思うだろう。
この人は良い意味でめちゃくちゃな国のトップだ。




