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双子の箱庭 双子と箱庭  作者: 沢城据太郎
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箱庭探索2

 緑に埋もれた謎のクレーターを眺めつつ空き地を通り過ぎると、網状フェンスは途切れ今度はコンクリートの壁が左手に現れる。坂を連なる民家の基礎と塀に両サイドからわたし達を圧迫する。そこから坂も急に、おそらく自転車で立ち漕ぎしても登れなさそうなレベルになり、坂道の先を見上げながら人口のけもの道を往く。

 細い坂道を登り切ると、車一台分程度の幅の道路に出て、多少視界が明るくなる。そこから右手に進むと三叉路に差し掛かる。山の上へと延びる左のルートと下りの右ルート。とりあえずT字路を左、登りの道へ曲がるのが妥当なはずだ。

 道は多少広くなったが極端な斜面は相変わらず。衛星写真と行程を見比べながら何とか現在位置の把握に努めながら坂を上る。住宅地も中腹の辺りに差し掛かり、地図の内容も周りの風景もカオスを増し、今いる場所を確かめながら進むのにはかなり骨が折れた。そう言えば衛星写真というのはその内容に土地の標高が殆ど反映されないので、どこにどれほどの坂があるという事は全く読み取れない。衛星写真を見て今ひとつこの辺の風景との違和感がある気がする理由のひとつはそういう部分かも知れない。

 その後も衛星写真と現実のギャップは、坂道にうんざりし始めたわたし達に牙を剥く。神社にアプローチできそうな細い脇道に入ろうとしたらそこには何と川が流れていた。厳密には生活排水や雨水が流れる排水路なのだろうけど、街中の無機質なコンクリートのそれとは違い、所々に雑草が生える石垣の底に大きな石や砂利の脇を慎ましやかに流れる様子は沢とか川と呼ぶ方が近いように思えた。とにかく取り敢えず幅の広い谷間である。わたし達はちょっと焦った。ここから先の道が排水路で寸断されているとなるとどこまで道を迂回せねばならないかわからないからだ。だが幸い排水路の上流の方を覗き込むと橋があるらしく、それほど大きなタイムロスにはならなそうだ。因みにこの排水路の近辺には街路樹がやけに多く衛星写真ではこの橋は樹木に隠れて見当たらない。

「ふふ、地図に裏切られちゃったわね」

 堆積し始めた疲れを愉しむように沙奈はそんな冗談を呟く。

 橋を渡り排水路沿いに細い上り坂を更に進むと、右手に高いコンクリート(崖崩れ防止?)の崖が現れた。どうやらこの高台の上がチェックポイントの神社らしい。衛星写真では例によってこんな崖など判別できなかったのだが、運よく崖を登れる階段を発見し、その急角度っぷりにお互い驚きつつ登らせてもらう。

 階段を登り切ると現れたのは立派な門構え。

 拓けた視界の左側には土壁の伸びており、すぐ先に瓦屋根の立派な門と白い石の鳥居がでんと入り口を開いている。取り敢えずの目標地点である神社に到着したのである。

 神社の向かい側には街の全貌が広がっている。腰程度の焦げ茶色の柵の下は崖で、真下には車が二十台位止まれそうな駐車場がある。そこから視線を上げていくと街並みが、今まで登ってきた傾斜の住宅地は勿論、わたし達の高校から通学路、更にその先の駅前の繁華街までずっと下り坂が続いているので、日々を過ごす生活の場が風景として一望出来てしまうのだ。

「おおお……」

「凄いね……」

 わたしと沙奈はそれぞれ感嘆を漏らす。駅前の繁華街の先の方には低い山の稜線が確認でき、この地域が、巨大な盆地の底に造られた駅を中心に発展したという構造が景色の中から読み取れる。

 街の一番高い所にやってきたという達成感と長い坂道を登り詰めてきた自分達への若干の呆れを喚起させる素晴らしい風景なのだけれど、なのだけれど。

「………」

 沙奈は、険しい表情で例の衛星写真の地図を取り出し、交互に壮大な風景と見比べ始めた。

「……それらしいものは見当たらないね」

 沙奈の心情の代弁を兼ねつつ、わたしは呟かざるを得なかった。

 神社から見下ろした風景は確かに見晴らしが良いのだが、街並みの乱雑さがわたし達の視界を悉く阻んでくる。入り組んだ小道、乱立する住宅、かつての山の名残らしい樹木の目隠し。景色を楽しむためにここまで来たのならそれなりに見応えのあるカオスと言えるのだがわたし達の目的は『秘密の箱庭』の探索だ。怪しげな場所が多過ぎるのは苦痛でしかない。

 そろそろ途方に暮れそうなわたしは『秘密の箱庭』の探索を諦め、今日という日が沙奈とのデートを楽しむためのものだったのだそういう事にしておこうよとかそういう逃避の思考を開始し始めたのだが、建物茂る段々畑を見下ろす沙奈の眼はどうもまだ死んでいるようには見えなかった。

「んー、わたし達が通ってきた道の辺りには『秘密の箱庭』は無い、かなぁ?」

 期末テストに挑む時のような、場違いなほど真摯な眼差しで沙奈は思案する。

「この印は高校から見た死角なんだけど」

 そう言いながら沙奈は自身の衛星写真をわたしに見せて例の赤いペンで書いた大量の枠を指し示す。

「陰になっていた建物とか木の真後ろに回り込めたお蔭で死角に何があるかちょっとわかる様になってきた」

 それから衛星写真上の神社からわたし達の高校がある方向に向かって人差し指を向ける。今のわたし達の視線だ。二つの方向からの観察、それに加えて現地を実際に歩いた事で沙奈の中ではそれなりの成果があったらしい。……ただ残念ながら正直ピンと来ないというのがわたしの方での感想だ。今見ている景色や実際歩いた景色が、学校から眺めていた景色のどの辺に対応するのかがわからない(さっきのだだっ広い荒地は多分あの辺だと思うけど、あれ? その後登った坂道の出口はどの辺? 現実で進んだ歩数が景色の中でどの程度の距離になっているのか換算できない)。わたしと沙奈の間に空間把握能力の決定的な差があるのか、予習の有無の差なのか、情熱と集中力の差なのかはよくわからないけど、まぁ恐らくその全てだろう。

「因みに……、『秘密の箱庭』が有りそうな場所は?」

「うん、それは全然わからない」

 即答された。

「ちょっと予想外。高い所から眺めたらちょっとは目星が付くかな、なんて考えていたんだけど、楽観的過ぎたみたい。歩いた所の周り以外は全然ピンと来ない」

 沙奈はちょっと引きつった笑みのような表情を浮かべながらカオスの街並みを見詰める。

「今日中には無理そうかなぁ……」

 ……まさか沙奈はこの企画を『秘密の箱庭』発見まで続ける気なのか? 沙奈の弱気な様でいて謎の熱意が見え隠れする呟きにわたしは内心戦々恐々とさせられた。えー、わたしにはそこまでのモチベーションは無いつもりだったんだけどな。いやそもそもわたしは基本的に放課後は部活で潰れている訳で。うん、体育館が取れないからって部活を休むなんて言語道断だよね!

 辛い坂道と広大さの中に無数のカオスを内包する景色に怖じ気付き、脳内で次の誘いがあった場合の言い訳を考え始めていた時、どこかから微かな足音が聞こえてきた。しっかりとした運動靴で硬い石の床を小石ごと踏みしめる音。

 音のする方向は背後、神社の中からだ。何が無くわたしはそちらの方を振り向く。

 そこでわたしは絶句する。絶句せざるを得なかった。神社の門から出てきた相手の方も眼を見開いて驚いているようだけど、わたしの場合は完全に脳がフリーズして頭が真っ白になっていた。

 そこには、ブレザー姿の九重奏一が立っていた。



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