表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双子の箱庭 双子と箱庭  作者: 沢城据太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/11

箱庭探索1


 直後に明かされた事だが、図書室に保管されている新聞部のバックナンバーに『秘密の箱庭』のお店の中について詳細に書かれた記事があるというのは沙奈の嘘である。『秘密の箱庭』について書かれた記事が存在する所までは本当だが、その詳細については所在も含めて触れられておらず、ただそういう噂があるという以上の事には踏み込まれていない(その文面から、記者自身に事の真相を暴きたいという情熱が一切無いという事がひしひしと伝わってきた。どう見ても穴埋め目的のやっつけ仕事である)。その記事は沙奈と二人でその日の放課後確認しに行った。

 役に立たない情報とは言え、一体どういう経緯で沙奈は新聞部のバックナンバーに『秘密の箱庭』の記事があるという事を知り得たのだろうか? わたしなど新聞部の過去作品が図書室に保管されている事すら知らなかった。

「どうやって見つけたの?」

 素直に本人に訊いてみる事にした。すると

「うん、本当に偶然。新聞部ってどんな事書いてるのかなって眺めてたら偶然見つけた」

と返答。何かをはぐらかしているように聴こえてしまうのはわたしの考え過ぎだろうか?

 沙奈が『秘密の箱庭』に対して興味を持っていたのは以外を通り越して青天の霹靂である。こういった地に足の付かない噂話として始まり実に成るような結論に辿り着かないような話題になど興味を示さないタイプだと思っていたからだ。ここ最近、わたしが『秘密の箱庭』があると思しき斜面沿いの街並みをほぼ無意識に眺めていたから沙奈も『秘密の箱庭』が気になりだしたのか、或いは最初から『秘密の箱庭』に関心を持っていたからわたしが視線の先にあるものに気付いたのか、その辺もわからない。直接本人に訊いてしまうのが勿論一番確実なのだろうけれど、そうするとこちらの手の内も明かさねばならない可能性がある訳で、気が進まない。

「放課後、予定が空いている日は無いの?」

 ただ、沙奈が『秘密の箱庭』探索にノリノリだというのは確からしい。その所在に対して無垢な好奇心を持っているのは間違い無さそうなので、うーん、あまり深く考えずにお互い興味本位という事にしておくのが妥当なのだろう。寧ろ自然に振る舞うべきだ。

 しかし、放課後か……。

「うーん、放課後は基本部活があるからね」

 とりあえず体育館が使用できる日は確実に無理だとして、

「休めない事もないんだけど……」

「ズル休みは良くないよね」

 殆どズル休みを促すような楽しげな笑みを微かに浮かべて沙奈は言う。まぁ、せっかくの沙奈の誘いなので別にズル休みの一回ぐらいどうという事は無いのだが。

「あっ」

 ここで不意に、バドミントン部の顧問の先生が、地区の教職員会議で数日後の放課後に出張で本校を留守にするという話を思い出した。顧問が学校を留守にしている時は原則的に部活動をしてはいけない事になっている。


 わたし達の高校の正門を抜け外界に出ると、東西二つの道に分岐する。

 一つは西側、こちらは街の中心部への道で、駅と繁華街へ繋がる。電車で通学する生徒も多く、放課後の生徒達の大部分は遊びに行くなり塾に行くなりする者達も含めこちらの方へと向かっていく。

 もう一方の東側、こちらが高校を見下ろす斜面の住宅地への道のり。校門を出た時点から既にゆるい傾斜が始まっている。わたしは電車通学派の人間なので実はこちら側に来るのは入学したての頃面白がって散策した数回だけなのだ。問題の斜面の住宅地には近寄った事さえ無い。沙奈も電車通学なのでわたしと似たような条件だと思うが。

 わたしと沙奈は校門から出て東側の道、駅とは逆のゆるい斜面の方へと進む。放課後直後、背後の駅へと向かう生徒達の喧騒が少しずつ遠く小さくなってゆく。

 高校の敷地を通り過ぎ、小さな田畑と小さな商店が点在混在する人通りの少ない歩道をしばらく歩くと、そこそこ車の往来がある片側一車線の車道と交差する。車道を挟んだ先の道は更に斜面が急になり、傾斜沿いの住宅の基礎部分が日本の城の石垣のようで、住宅地の奥へと続く道を左右から圧迫している。ここから先が本格的な上り坂の始まりらしい。わたし達二人は覚悟を決めるように息を呑んだ。

 横断歩道を渡ってすぐそこの公園の木陰のベンチに腰を下ろして一時休憩。なんと沙奈が、地図を用意していると言うのだ。

「えっ、これ衛星写真……」

 沙奈が鞄から取り出した紙にはこの近辺の衛星写真が印刷されていた。道路一本一本がハッキリ見て取れる程に精緻だが、正直細か過ぎてわかり辛い。

「ここが現在位置」

 沙奈が衛星写真の左端の中心辺りを指差した。この写真はこの斜面の住宅地を中心に写した物で高校や駅などのわかりやすいランドマークが地図の外側に存在するのでしばし位置関係が把握できず、指し示された場所が現在位置だとピンと来なかった。道の位置関係や公園の形を現実と写真で見比べて、ようやく地図上の現在位置を把握する事が出来た。

 現在位置をちゃんと理解しようとする合間、一つ気になる点があった。

「この枠みたいな印って、何?」

 わたしは衛星写真上に複数点在する赤色の細いペンで書かれた場所場所を囲う印を指差した。

「一応、『秘密の箱庭』が有りそうな場所を予想して印を付けてみたんだけど」

 沙奈は、わたしの反応を探る様に恐る恐るといった口調で説明する。それにわたしが返したのはほんの少し怪訝とした驚きの表情。てか、予想?

「高校から見たこの辺の景色と衛星写真を照らし合わせて木に視界を阻まれている場所とか明らかに他の建物の影になってる個所とかに印を付けて出来るだけ探す場所を限定出来ないかって思って」

 改めて衛星写真を見返す。なるほど、赤色の枠で印を付けられた個所は緑色の樹木に遮られて周囲の様子がよくわからない個所や大きめの建物に囲まれ学校側から見えない位置にある建物が多い。……しかし、沙奈がこんな準備までしてくるなんて正直予想だにしなかったのだが。

「もしかして、九重さん凄いやる気?」

「別に? まぁやるからには最善を尽くさないと」

 沙奈は事も無げに返す。いや、わたしはお遊び程度のモノだと思っていたんだけどね?

 この時点で確信してしまった。沙奈は、わたし以上に真摯に『秘密の箱庭』を見つけたがっている。それがどういう類の欲求かはよくわからない、というかはぐらかそうとしている節があるが、彼女の本気を尊重しようと思う。わたしも沙奈の本気にそれなりに応えるべきだろう。そして、『秘密の箱庭』捜索に真剣に挑むに際し、どうしても指摘しておかねばならない事があった。

「印の数、凄い事になっちゃってるね」

 沙奈が衛星写真に付けた赤い印は、殆ど市街地の学校側から見えない内側を全て囲むような状態になっていて、ぶっちゃけ地図が真っ赤に染まっている。

「これね……、最初はいいアイデアだと思ってやったんだけどあやふやな部分が余りにも多過ぎて最終的にこんな風になってしまったの。やらない方がマシだったかも」

 沙奈は困った顔で小さく笑い、

「印が無い方がわかり易いわね」

と鞄から今度は赤い細ペンでマーキングが施されていないもう一枚の衛星写真を取り出した。やっぱりめちゃめちゃ用意がいい。

 こうして、わたしと沙奈はそれぞれ地図を片手に(因みに赤ペンの印が有る方を沙奈が、無い方をわたしが持っている)いよいよ本格的な散策を始める。沙奈の地図も相まって、これから冒険に出掛ける様な子供染みた冒険心が胸を占めていた。多分、過去に『秘密の箱庭』捜索に乗り出した高校生達も、こんな気分を味わいたくて実在すら定かでないカフェに挑んだのかもしれない。お宝を見つけるための過程こそが真の宝物、みたいなアレ。

「とりあえず丘の上の方の神社まで行ってみようと思う。あそこからならこの住宅地全体が見渡せるし」

ブレザーの制服姿の探検家一号・九重沙奈の提案により、わたし達は一路、この住宅街の登頂に位置する神社に向けて『登山』を開始する。神社があるのは衛星写真の地図では現在位置の公園から東へ地図上の端の方まで進んだやや南へ行った場所に存在する。そこから更に東は鎮守の杜なのか、山の名残が手付かずで山の裏の方まで森が残っている。最寄り駅に近い丘の西側のみが開発されて斜面の住宅地となった訳だ。

「ええと、それじゃあ……」

 早速、沙奈の静かな熱意の賜物である衛星写真の地図で登頂の神社の場所をまでの経路を確認する。まぁ、一番てっぺんにあるスポットなので斜面の住宅地をひたすら登れば自然に辿り着けそうな気もしないではないが、とりあえず住宅地内を大胆に蛇行する他よりも比較的太い道路に沿って山登りをするのが一番わかり易くて楽そうである。その旨を沙奈に提案してみると、彼女は静かに首肯した。

「じゃあとりあえず公園を出て登って行く感じ、かな?」

 それは、斜面の住宅地の入り口的な位置付けらしい先程の横断歩道まで戻って、東に登山を始めるルートだ。そのまま進めばすぐ蛇行する道に繋がる。

「ああ、それならこっちの方が速いよ」

 が、沙奈はわたしが示した方向とは反対、公園の奥の方を指差した。

「近道がある」

 内心戸惑うわたしを引き連れ沙奈が向かった先には、住宅の城壁のようなコンクリートの基礎と基礎の間の僅かな隙間に作られた非常に狭くて急角度な登り階段が伸びていた。

「おおお、本当だ」

 取り敢えず感嘆して見せたけど、結構吃驚している。そんなわたしに構わず、沙奈は迷わずずいずい進む。てかこれ、余りにも両隣のお宅と密着し過ぎていてそのまま玄関に繋がってお宅にお邪魔しそうな雰囲気が漂っているんだけど大丈夫なんだろうか。

「もしかして九重さんって結構この辺に詳しい?」

「そうでもないよ。地図見て予習してた成果かな?」

 両サイドがコンクリートの白い壁で、人と人とがすれ違えない位に圧迫感のある急勾配を両手伝いに上りながら事も無げに返答する沙奈。いよいよ本気らしい。

 横幅の狭い階段を登りきると一転して視界が拓けた。自動車がぎりぎりすれ違える程度の道路、右手から左手に向かっての上り坂の途中に合流したのだ。

 ここで改めて衛星写真で確認。確かにスタートの公園の奥の方に、先程の細く急な階段が、教えられればかろうじで見て取れる程度の難易度で映し出されている。ていうか衛星写真だけでは階段なのか両隣の民家の塀の一部なのか判別できないと思う。

「ええと、今はここかな?」

 地図に目を凝らすわたしの横から沙奈が微細な階段の先の現在位置を指差す。斜面の住宅街を蛇行する比較的太めの道路の途中。なるほど確かに公園から出て一番標高の低い場所から登り始めるより大分とショートカット出来ている。

 視点を地図上から現実世界に戻し左手の上り坂になっている道の先に目を向ける。両サイドの民家の塀と庭の樹木により陰が濃く排他的な雰囲気の一本道がゆるく曲線を描きながら奥へと延びている。この手のベッドタウンというのは普通余所者を拒絶するような空気感が満ち溢れていそうなものだが、沙奈の地図と細長い抜け道を潜り抜けてきた事で、迷路に挑むとき特有の高揚感が居心地の悪さを跳ね除けていた。

 夕暮れの気配すらまだ遠い昼間の、生活音が微かに聴こえるか聴こえないか程度の静けさに満ちた住宅地を沙奈と共に登山開始。歩道など無く、アスファルトの道路に白線で車道と歩道の境界が書かれているだけだ。

「一応この辺も印を付けていた場所なんだけど」

 沙奈は自身の赤枠だらけの衛星写真を示しながら言う。

「お店らしい建物は一つも無いね」

 改めて下準備の赤枠の有用性の無さを実感してちょっと自嘲気味の沙奈。まぁ、どちらにしてもそんなに簡単には見つからないのだろう。

 緩やかな上り坂を進みU字のカーブに差し掛かる。南から北への上り坂が北から南へのそれに替わった辺りで急に視界が拓けた。

 カーブ直後の左手の網の目のフェンス越しに唐突にだだっ広い空き地が現れたのだ。しかもただの空き地ではない。この辺の家が十軒位入りそうなとても大きな空き地。

「うわぁ、何これ?」

 わたし達は年季の入ったフェンスの網の目からその空き地の様子を覗く。空き地、とは言ってもそれは何も建物が立っていない土地という様な意味合いで、見た感じでは『荒れた草むら』と呼ぶ方が近い。そこには一面腰ほどの背丈の雑草がびっしりと生えており、所々に細く低い木すら生えている。

「ここにも公園があるのかなって思っていたけど」

 沙奈は衛星写真と現実の野放図的野原を見比べながら言う。衛星より俯瞰された雑草だらけの空き地は緑一色で、見方によっては森林みたいなものに見えなくはない。

「こんな荒れた場所だったなんて。予想外」

 まぁ、住宅地の真ん中にこんな荒れた空き地があるのはちょっと予想外だ。

「真ん中の辺り、凄く大きな穴が開いてるよね」

 わたしは網目に指を差し込み、空き地の中心部を指差した。ぱっと見ただけなら同じ背丈の雑草が並んでいるだけに見えるのだが、その一部、中心の辺りだけやけに緑が濃い。背の高い雑草が地面の奥の方から伸びているらしい。

「確かに、ちょっと深い」

 沙奈は切れ長の目を細めて空き地の中心を見据える。

「何だろう、元々ため池とかだったのかな」

「おお、ため池」

 考え付きもしなかった沙奈の分析にわたしは少し感嘆する。

「だとしたらこんな広い土地が放置されている理由も納得できる」

「あー、水を処理するのは大変そうだしね……」

 理由はどうあれ坂道の密集住宅地に広大な荒れ地が超越的に穿たれている事実は肯定するしかない。ただ遮蔽物が無いお蔭で丘の上の方の景色が見渡し易くなっている。フェンスでがっちりと囲まれているらしい空き地の果ては二メートル程度の石垣になっており(そしてその半分位の高さまで雑草が生い茂っている)その上にまた民家が段々畑状に連なっている。その先は……、民家が邪魔をしてよくわからないのだが、かなり先の方にうっすらと背の高そうな樹木の緑が見て取れる。あの辺が神社だろうか? しかし距離感が掴めない。

「この空き地の脇を横切った方が良さそう」

 沙奈が衛星写真に眼を落とし、いくつかのルートを指でなぞりながら呟く。

「このまま迂回する道を進んだら凄く遠回りになってしまうから。単純に一番高い場所に上るだけだから多分道に迷う事も無いと思うし」

 沙奈は衛星写真上の、緑色の空き地の脇を抜け、ヘヤピンをジグザグに並べたような黒い直線の連なりを示した。それは確かに登頂の神社に続いているがこの黒い線の一本一本が本当に道なのかどうか正直判別できない。ただまぁ、わかり易いととは言えこのまま大きな道沿いに進んでしまうとこのそれなりに面積のある住宅街を全て踏破してしまう事になってしまう。学校から眺めていた景色に実際に降り立つとその意外な広大さに驚かされた。ショートカットの方がはるかに現実的だろう。

 わたし達は蛇行するメインストリートを南にしばらく進む。そして空き地の角のT字路、メインストリートと空き地と民家を隔てる細い脇道の分かれ道で脇道側に這入り、右手に民家の塀左手に年季の入った網状フェンスという窮屈な道を進んだ。フェンス越しに繁茂する雑草群はそれなりに広い空き地を溢れ出そうなほど迫力があり、細道を往くわたし達により圧迫感を与えた。

 わたしは、一応念のために、一度立ち止まって網状フェンスの向こう側、広大な空き地を囲む建物を一つ一つ確認した。沙奈も立ち止まり、「ん?」と小さく綺麗なハミングでわたしの行動に疑問を投げかけた。

「いや、実はここが『秘密の箱庭』でした、みたいなオチかもしれないから一応確認を」

「ふふ、さすがにそれは」

 沙奈は小さく笑って返したが、直後沙奈がフェンスの向こうへ投げ掛けた視線は殊の外真剣で、しばしわたし達は空き地の外周を黙って観察した。

「無いね……」

「うん、無い」

 『秘密の箱庭』はここではない、という結論に達したのはそれから一分後位だ。

「ここにカフェが有ったらどうしようかと思ったけど無かったら無かったらでちょっと残念だった」

 わたしの結びの一言に沙奈は小さく笑ってくれた。

 探索を続けよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ