秘密の箱庭2
後輩女子に対する奏一の態度、対後輩女子用の(疑似?)パーソナリティの行使は、わたしの双子ウォッチに新たな視点を与えた。沙奈と奏一が他の異性と接するサンプルケースを集めれば、双子同士とのやり取りとの差異を更に深く感じ取る事ができるのではないかという可能性だ。
奏一が異性に対して取る態度のサンプルは割と豊富にある。そもそもわたしに対する接し方が正にそれな訳で。奏一、というかバスケ部の男子達と会話をする機会は同じ体育館の使用権を争う者同士の繋がりでそれなりにある。特にその中でも奏一は社交的で、物怖じせず堂々としていて、それでいて話す相手への気遣いが見て取れる感じ。ただその態度の中には常に何か仄かな緊張感があり、卒無く演技をしている感触がある(わたしの考え過ぎかも知れないが)。その女子に対するスマートな振る舞いが形成された根本に沙奈との日々があり、わたし達に対して快活で社交的な振る舞いをしてくれている裏に沙奈への気を遣わないぞんざいな態度が有ると考えると、わたしは非常にきゅんきゅんしてしまう。
それに対して、沙奈が異性と会話している姿、どのような態度で接している様子はそういえばあまり見た事が無い。異性を露骨に避けているという訳ではないが、積極的に接点を持とうとしている雰囲気は無い。僅かな記憶を辿って沙奈が同じクラスの男子達と会話していた様を思い浮かべてみても、真面目に対応しようという気配が強過ぎて硬質な受け応えをしてしまっていた印象がある。まぁ、その辺ひっくるめて『クールビューティー』なんて呼ばれているのだろう(そう呼んでいるのはハルだけだが)。――因みに沙奈は書道部に所属しており、その部は男女比が大体半々である。沙奈の部活動の様子を覗き見する事が出来れば『部活の男子と接する九重沙奈』が観察できるハズ。何か良い方法が無いのか割と本気で模索している。
そう言えば、奏一を巡る恋愛事情についてはハルからたまに聞かされる情報を強要されたりするが、沙奈に纏わるそれに関してはハルから話題を振られた記憶が無い。欠片ほども浮いた話が無いと言う事なのかわたしが知らないだけで話題のネタにもならないくらい大っぴらにお付き合いしている異性が居ると言う事なのか(正直、わたしと沙奈はそういう踏み込んだ話を堂々と出来るほど仲良くはない)、不明である。ただ、わたしから進んでハルに沙奈の身の上について教えてもらうというのもちょっと気が進まない。もし「沙奈さんなら〇×くんとラブラブだよ?」とか訊かされたらわたしの双子観察のモチベーションが大きく減退させられそうで怖いのだ。飽くまでわたしだけの秘密の楽しみという事にしておきたいのだ。
因みに、その御山ハルは今、階段の踊り場から自転車置き場を見下ろし、そこで語らうカップルを観察中だ。
昼休みにぼんやりと校内を散歩していたら同様にぼんやりしていたらしいハルと出くわし、そのままぼんやりと一緒に時間を潰している、という訳だが、わたしとしてはちょっとだけ恣意的にハルと出会いたくてぶらぶらしていた部分もあるが。
ハルの噂収集能力なら『秘密の箱庭』の所在について掴んでいるのではないかと思ったのだ。『秘密の箱庭』の情報を独自に集めようとしているのは能城子に対する老婆心というのも多少あるが、能城子が話題にしていた事が切っ掛けで、わたし自身の好奇心が刺激された部分もある。
「この何というのかなぁ、他のクラスメイトの前で堂々とイチャ付くのは抵抗があるけど、ちょっと隠れた場所で逢引きして見つかるのは仕方が無いみたいな羞恥心と愛しさが微妙な天秤でバランスを取っているみたいな感じが傍から見ていて凄く微笑ましく感じてしまうのはわたしだけなのかな?」
カップル観察から顔を上げ、無邪気でかつ真剣な表情でハルはわたしにそんな質問をする。
「……迷惑が掛からないようにしなよ?」
わたしは呆れた気持ちを前面に押し出しつつ返事した。わたしも割と同類なのでハルの在り様を全否定はするつもりは無いが。
「でも興味深い、学校でもイチャイチャするカップルと学校では秘密にしているカップルの考え方の違いって何だろう?」
今度傾向調査してみようかな? とかそういう傍迷惑極まりない計画をぶつぶつと企画しているので、わたしは
「彼氏作っちゃえばわかるんじゃない?」
と煽ってみた。
「あっそうか、それならよくわかる……、って無茶言うなや!!」
美しいほどに丁寧なノリツっ込みが返ってきたのでお互いに少し爆笑した。
因みにハルが好きな男子の話は一年生の頃本人の口から訊かされた。ただそれは彼女の完全な片思いで、「恋人になりたいとか思う程好きじゃない」と冷めた感じで話していた。過剰に追及されるのを避けるために予防線を張っていた可能性もあるが、わたしも自身の事より他人の関係の方に燃えてしまい萌えてしまう感覚は大変よくわかってしまうので、まぁハルがそう言うならそう捉えておくのが正解なのだろう。
そのままハルは恋人達の視姦を再開。特に何をするでもなくぼんやり一緒にいるだけみたいな時間。程よく会話も途切れたので早速訊いてみる事にする。
「ハルはさ、『秘密の箱庭』ってどこにあるか知ってる?」
一瞬間を置いてハルは、何というか、幼い子供が大人に道を尋ねて返答を待っている時みたいな純粋に疑問に挑む表情を浮かべてこっちを見た。
「それってもしかして、深江能城子関連?」
そんな表情のハルから出た言葉がこれである。自分の表情筋が強張るのが感じ取れた。
「……ほぼ正解だけど、何で今その名前が出てきたの?」
「いやいやいやだって、今このタイミングでバドミントン部ののぞみちゃんが『秘密の箱庭』について調べているとなると深江能城子嬢絡みでしょうよ」
途端、意地悪な程得意げにハルの表情はにやけて崩れた。
「え、いやいやいやちょっと、全然わかんない。どうしてそんな事がわかっちゃうの?」
わたしは驚きと戸惑いを孕んだ笑いと共に問うた。ハッキリ言って滅茶苦茶吃驚した。超能力か何かですかい!? そもそもわたしはハルに能城子に関する話をした事は一度も無い。
「まぁ、偶然小耳に挟んだ噂を元に裏付けをしたって感じだけど?」
ハルは事も無げに言う。噂を訊いて裏付けを取る、その方法論は前にも別の誰かの恋バナネタの入手経路を尋ねた時にハルが明かしたモノと同じだ。わたしはそんな噂などと触れ合う事は滅多に無いのだが。アンテナの張り方というか、根本的に学校で過ごすに当たっての『在り方』みたいなものが全然違うのだろうな、と思う。
「あの娘、結構色んな人に『秘密の箱庭』の場所を訊いて調べてるみたいだよ」
「……そうなんだ」
「『秘密の箱庭』はね、いわば『デートスポットの上位互換』に成り得る場なのですよ。わたし以外にもその事に気付く人間が居るとは、ククク中々やりよるのう」
「えと、上位互換ってどういう意味だっけ?」
ハルが変な演技をしつつ意味が解るようでよく判らない微妙な単語を口にした。変な演技はスルーした。
「うーんとね、性能や機能が優れていて尚且つ格下のモノと同じ機能も持っているっていうような意味。『秘密の箱庭』はデートスポットとしても有用だけれどそれ以上の能力を有している」
「それは、どういう事?」
「みんなが多かれ少なかれ場所を知りたがっている点。もし『秘密の箱庭』の場所を掴んだならそれをネタに誰かをデートに誘う事が出来る。所謂『デートスポット的な場所』に意中の相手を誘う場合、そこに誘うための『口実』が必要になって来る訳なんだけど、『秘密の箱庭』の場所を突き止めたなら、『秘密の箱庭』に行く事自体が『口実』になり得る訳なのです」
「なるほど。場所と目的がワンセットな訳か。でもそうすると『秘密の箱庭』に誘う事自体相手を意識しまくってるのを知られちゃうんじゃない?」
「まぁ、そこは根回しと図々しさとタイミングの問題だよ。例えば映画の招待券ペアで用意して誘うのよりよっぽど気軽に誘えてハードルが低いっていうのが重要。純粋な好奇心で『秘密の箱庭』を探している事を大々的にアピールしとけば、九重奏一くんを誘うのも多少自然になる」
やはりというか何というか、案の定ハルは能城子の意中の相手を知っていた。まぁ別に驚かない。
「ハルは『秘密の箱庭』がどこにあるかわかるの?」
「いんや、知らない」
あれだけ分析しといて結局知らないらしい。
「いやー、実在はするっぽいんだけどね、具体的な場所に関しては情報が入ってこないんよ。傾斜沿いのあの辺は道がごちゃごちゃしてて伝わり辛いっていうのもあるかもしれないけど。或いは、敢えて秘密にしているのかもしれない。それこそ恋人達が秘密の隠れ家として利用するために」
「まぁ、確かに雰囲気有りそうなカフェに高校生がわんさか居たらぶち壊しになるかも」
「そういう事」
「てか、ハルがウチの一年生の片思いの相手にまで詳しいとは思わなかった。正直ビビった」
「まぁ、彼女くらい動きが派手だとね」
ハルはちょっと困ったような笑顔で言う。能城子、派手に動き過ぎているせいで怖いお姉ちゃんに眼を付けられているぞ、と助言してあげたくなったが間違いなく余計なお世話だろうから辞めておこう。
「やっぱりねぇ、同学年の横の繋がりを大体把握したら今度は縦の広がりについて知りたくなっちゃう訳なのよ。例えるなら二次元から三次元へ理解を広げていくみたいに」
「あはは、何その喩え? だとしたらその場合四次元だとどうなっちゃうの?」
「んー、四次元なら時間に対応する事になるから、OB・OGとか、或いは教師と生徒の恋愛?」
その後、卒業生と在校生が恋に落ちる切っ掛けとか教師と生徒がどのようにお互いを異性として意識するのかいう愚にも付かない妄想話をお互い半笑いしながら開始したので、『秘密の箱庭』に纏わる話題はそこでお開きとなった。
恋愛未満の関係を一歩進展させる装置としての『秘密の箱庭』。あんな話を訊いてしまうと単純な好奇心だけで場所を探るのはちょっと間違っている気がしてきた。というか気後れしてしまう。わたしには成就させたい恋など無いし特に気になる個人などいない。それでも『秘密の箱庭』探索を辞めないという選択肢を選んでしまった場合、今度は『能城子にその場所を教えるのかどうか』という問題に行き当たる。軽い親切で場所を教える程度の感覚だったならまだしも、能城子の行く末に関わるような問題(大袈裟過ぎるか?)に大きく影響を与えてしまうような情報を自覚的に伝えるとなるとまた話は違ってくる。
「仲人みたいになっちゃうのはなぁ……」
何か気後れする。
それと多分、あまり自覚したくないが、双子萌えの環境を自発的に破壊したくないという気持ちもあるのだろう。例えば、奏一と能城子が付き合う様な事になったとしても、まぁ多分別に双子の関係が変化するとかそういう事は有り得ないんだろうけど、身勝手で淫靡な妄想が付け入る隙が無くなってしまいそうで、気が進まない。
九月も後半になって来ると、夏休みの余韻がどうのと言っていられない雰囲気が校内に満ち始める。十月中旬に開催される体育祭の運営のための役割分担が運動部の間で行われる。それと連動して十一月中旬に行われる文化祭の準備も生徒会とクラス委員を中心に開始されつつあり、関係者は忙しくなり始め、そうでない人はまだ迫り来るイベント群の気配を感じ取るには至らない、という感じの雰囲気。
わたしも運動部の一員である以上体育祭の運営には駆り出されるはずなのだが、他の部活との折衝や書類作成はその大部分をバドミントン部新部長の久瀬友香里がやってくれているので、わたしは当日の仕事割りのリクエストを出すのと書類作成をちょいちょい手伝う程度なのでハッキリ言ってイベントの接近に対して実感が無い部類の人間だ。友香里、ありがとう。
因って、わたしはこの忙しいご時世の昼休みにも、ボーと窓の外を眺めながら視聴しているドラマやらアニメやらの今後の展開に関して物思いにふける程度の暇に恵まれているのだ。
「ただいま」
そこに届いたのは沙奈の声。
「あ、おかえり~」
わたしは昼休みの『練習』から帰ってきた沙奈を迎える。
先日、体育祭の出場競技の振り分けが行われて、沙奈は二人三脚に出場する事になった。それで昼休みに他のクラスと合同で二人三脚の練習をする事になったのだそうだ。適度に運動をしたせいか、表情は少し上気してハツラツとしている。
「二人三脚の練習って、これから毎日やるの?」
「ふふ、まさか。一応火曜日と木曜日の週二日だけ。それに基本自由参加」
その言葉にはほんの少しだが確かに、ペシミスト的というか自嘲気味な声色が含まれていた。――二人三脚の競技はどちらかと言うと運動に自身が無く尚且つ体育祭に消極的な生徒が参加したがる傾向がある(普段は滅多に行われない特殊な移動方なので実力差が出難いとか二人一組で行う事で責任の所在をあやふやに出来るとかそういう理由なのだろうか?)。そういう人々の集まりなので毎日練習しようという風にはならないし決められた日にちゃんと皆来るかも微妙だ。沙奈は、練習のスケジュールについて話した時そういう意地悪なニュアンスをわたしに微かに読み取れるように含ませたのだ。
最近わかってきた事だが、沙奈はしばしば分析するようなモノの見方をする。もっと正確に言えば自分が当事者でないかの様に冷静で客観的な立場から物事に関わろうとしたがる。それは割とわたしにも近い部分があって、多分似た者同士だったから仲良くなったんじゃないのかなと最近思う。他者や事象に対するクールぶった態度をお互いに許容出来るというか。……ふんわりと風に舞う様な微かな皮肉をわたしにだけそっと明かしてくれるのは沙奈と仲良くなれている実感が持ててちょっと嬉しいんだけれど。
「どう、練習は上手くやれた?」
沙奈はわたしの隣の無人の席に腰掛けた。
「うん、相方の北原さんがタイミングを併せてくれるのが上手いから凄く助かったわ。北原さん、わたしよりもよっぽど運動神経が良いわね。リズムで身体を動かすのに慣れている感じ?」
「へえ、そうなんだ」
因みに北原さんというのはわたし達と同じクラスで沙奈と同じく二人三脚担当になった北原佳子さん。帰宅部だけど学外でダンスをやっているとかそういう話を聞いた事がある気がする。
「遠藤さんの方は練習はまだやらないの?」
沙奈は先程よりもハッキリと、面白がるような仄かな笑みを浮かべた。
「んー、なんか来週から集中的にやるみたい。やるって言ってもバトンの受け渡しの練習だけだし」
一方のわたしは運動部だからという理由で半ば強制的にクラス対抗リレーという変に目立つ花形競技に駆り出される羽目になった。わたしの小さな不幸を面白がってくれるならそれはそれで良しとしよう。
「九重さんはさ、最近忙しくなってる? 学校行事で」
クラス対抗リレー絡みでのイジりが続きそうな気配があったのでわたしの方から話題を変えた。沙奈はわたしの急な話題転換に付いていけなかった事をアピールするように小首を傾げる。
「今の時期って体育祭とか文化祭の準備が始まるか始まらないかぐらいの微妙な時期で、忙しい人とそうじゃない人とで個人差がかなりあると思うんだけど、九重さんはどっち派の人?」
「ああなるほど」
そして沙奈は少し考え込むように瞳を伏せる。
「部活でちょっとだけそういう話が始まったわね、文化祭の展示の企画」
「書道部の展示の企画? 今から準備するものなの?」
「何かコンセプトを決めて書くっていう企画があるわね。古い書体を使ってみんなで書いてその書体の歴史的背景の解説文を添えるとかそういうちょっと勉強になる感じの展示」
「ほう、おーぅ、うーん……、ちょっとどういう感じなのかハッキリイメージできない」
「まぁ、そこは『当日のお楽しみ』って言うのが妥当かしら?」
「あはは、宣伝文句だ」
成程、文化祭の活動を観察する事で沙奈と部員との関わり方のサンプルケースを得るチャンスがあるかもしれない。要チェック。
「ウチは文化祭に関してはまだ全然。まだ体育祭の運営のやりくりを詰めてる段階だしね」
「ああ、なるほど。でもそれだとこれから結構忙しくなってくるわね、体育祭と文化祭が並行して」
「うーん、どうかな」
わたしは何となく沙奈から目を背け、窓の外の風景に視線を移した。
「ウチの部長が一人で進めてくれる部分が大いにあるから、楽出来ちゃってるんだよね」
「押し付けちゃってるの?」
「って言うより率先してやってくれてる。いや、甘えるのは駄目だってわかってるんだけどね」
申し訳無さそうに力無く笑うわたしはちょっとバツが悪くなって沙奈から視線を外した。バドミントン部二年生の余り褒められたモノでも無い内情を明かしてしまった事に若干後悔し、次の沙奈の発する言葉にギュッと身構えた。
しかし、沙奈からは特に何も返答は返って来なかった。
「ふーん」
返ってきたのは上の空みたいな気の無い相槌だけだった。
そして唐突な沈黙が二人を満たした。
何かはよく判らないけど何かが変。
わたしは窓の外に向けていた顔を沙奈に戻した。沙奈はわたしではなくもっと向うの方に視線を合わせていた。それは窓の外、わたしが見ていた方向とほぼ同じ。
わたしに見られているのに気付いたのか、沙奈は姿勢を正しつつわたしの方に向き直り、うっすらと笑みを浮かべて言った。
「もしかして、『秘密の箱庭』の方を見ていた?」
……その『笑み』というのが、先程のクラス対抗リレーに選出されたわたしを面白がる笑みよりもなお深い、加虐心すら覗かせる素敵な笑顔なのだ。
「ん、うえ、いや、そんな事無いけど?」
わたしは何故か反射的に否定してしまった。その沙奈の獲物を射抜くような笑みに気圧されたという部分もあるが、意外な人物に意外な単語を投げ掛けられた事で脊髄が勝手に防御姿勢を取るような言葉を発してしまったのだ。うん、沙奈の言葉がちゃんと脳に届いて来て事の異常さに気付いた。沙奈が『秘密の箱庭』の話題をわたしに振ってきた!?
「そう? わたしが教室に帰って来た時からずっと遠藤さんは山の方を見ていたみたいだったけど?」
そう言って沙奈は先程わたしと沙奈が見詰めていた方向、窓の向こう側にある『秘密の箱庭』が在ると噂される山肌の斜面の住宅街を眼で示した。
「ええと、そんなつもりは無いんだけどなぁ……」
わたしはまた反射的に誤魔化しながら自身に問い掛けていた。沙奈が返ってくる前、一人で物思いに耽っている間、わたしは山肌の斜面の住宅街を見詰めていたかどうかという事を。正直無意識だったのでハッキリ覚えていないというのが本当なのだが、そういえば確かにここ最近は何となく暇潰しに例の喫茶店があるかもしれない山肌へ視線を向けている機会が多かった気がしないでもない。
「ふうん、そうなんだ」
沙奈の表情からは先程までの悪い笑顔は薄らいでいたが、声色には若干、値踏みするような面白がるようなニュアンスが残っている。そしてここでようやく、無意識化で『秘密の箱庭』を探している事を本能的・反射的反応で否定した理由を脳が理解し始めた。わたしが『秘密の箱庭』に興味を持っている事が知られると、芋づる式に切っ掛けである深江能城子やその先に連なる奏一の話もせねばならないのではないかと警戒してしまったのだ。いや、勿論冷静に考えれば能城子や奏一の事など伏せて「個人的に興味がある」とでも言えばそれで済む話なのだが、わたしの本能というか嗜好が『沙奈の前で奏一と他の女子について話題にする』事を極端にタブー視していたが故に、それに連なる『秘密の箱庭』の話題を誤魔化すという不自然な行動をさせてしまったという訳だ。
「遠藤さんは、『秘密の箱庭』がどこにあるか知っているの?」
沙奈は、この校内において幾度となく投げ掛けられた議題を、屈託無くわたしに問うた。いや、屈託が無い素振りで話題を振ってきているが、本当は作為に満ち溢れているように思えてしまう。沙奈の真意が見えない。
「いや、わたしも知らない」
とりあえず当たり障り無い本心の回答で様子見。
「偶然見つけたんだけど」
ここで急に沙奈は椅子をわたしに近付けわたしに身を寄せ、こっそり囁くように打ち明けた。
「図書室にね、新聞部の新聞のバックナンバーが保管されているんだけど、その中に『秘密の箱庭』に関して詳しく書かれた記事があったの」
その疑似餌のような情報に、思わず身体がびくんと強張ってしまったのが自分でもわかってしまった。てか疑似餌と気付いた時には、沙奈の瞳を見つめ返して視線で「本当?」と問うていた後だった。身体が正直過ぎる。
「お店の中の様子とかがかなり詳しく書かれていたの」
「そう……、なんだ」
何かを誤魔化すようにあやふやな返事をして取り繕おうとしたわたしの動向を数秒観察した後沙奈は、
「やっぱり気になる?」
殆ど確信したようにわたしに再度訊いてきた。沙奈は完全にわたしが『秘密の箱庭』に興味を持っていると確信してしまっている。
「まぁ、その多少は」
仕方ないので認める。どうしてかと問われた場合は頑張って誤魔化す事にしよう。
が、次の沙奈の反応はわたしの予想を大きく超えたものだった。
「今度、二人で探しに行ってみない?」