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絶望の食卓  作者: 枝鳥
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鰻丼(上)

 鰻は11月にこそ食べたい。

 夏の間に痩せた身が、厳しい冬を前にして豊かな脂をまとっていく。


 平賀源内め。

 夏の鰻は夏バテして痩せているというのに、素敵キャッチコピーのせいで夏にも食べたくなるではないか。



 関東背開き、関西腹開き。

 関東では蒸してから焼くが、関西では焼きだけで仕上げる。

 そんな違いがあるらしいが、そんなことはどうでもいい。

 美味けりゃ何でもいいのだ。

 まあ、個人的には脂の少ない夏の鰻は関東で、秋冬のしっかり脂の乗った鰻は関西で食べたいものだ。

 養殖ならば、それこそ脂の乗り具合だけで選びたい。



 鰻丼、鰻重、櫃まぶし。

 枝鳥は掻き込みながら食べたいから、鰻丼がいい。

 近所の鰻屋は、並と上で300円変わる。

 並が1650円。

 上が1950円。

 この300円は決してケチってはならぬ。

 1650円でも高いとは思う。

 昨今は鰻丼ですら高級品だ。

 だが、並は鰻は半身。

 上ならば一尾なのだ。

 鰻が二倍になって300円ならば、絶対にここを惜しんではいけない。



 鰻屋も、これまた兎角待たされる。

 店内は昔からの鰻の匂いが染み付いていて、そこにいるだけで腹の虫が泣きやまない。

 それでもジッと座して待つ。



 美味い物を食べるということは、待つという苦行を伴うものなのだ。

 修行僧のようにこの荒行を乗り越えてこそ、さらに美味く感じるものなのだから。



 そうしてようやく、丼が枝鳥の卓に運ばれる。


 スーパーで買う鰻で自宅で鰻丼を作ることも難しいことではない。

 だが。

 店で食べる鰻丼にあって、家に食べる鰻丼にはないものがある。


 蓋。

 丼の蓋。

 この下に、まだ見ぬ宝を隠している蓋。


 自宅の丼には蓋などないし、どうせあっても洗い物が増えるだけなのでまず枝鳥は使わないだろう。


 丼の蓋を開けるというトキメキ。

 これぞロマン。


 神妙に蓋を開けると、飴色の艶々とした鰻。

 立ち上がる甘いタレの香り。


 もうね、この匂いだけでご飯食べられるんじゃないかと思う。

 この香りは、もういっそ暴力だ。


 まずは鰻を一口。

 カリッ。

 ジュワッ。


 香ばしい表面に、噛むと溢れ出す脂。

 すかさずタレの染みたご飯を掻き込む。

 ハフハフ。

 眼鏡が曇るのも構わない。

 散々待たされて焦らされた飢餓を、大きく頬張ることで解消する。

 お上品に食べたいならば、鰻重を食べれば良いのだ。

 ワッシャワッシャと食べたいからこそ鰻丼なのだ。


 そして、箸の先が丼の中の神秘に辿り着く。

 ご飯とご飯の間にも鰻がある!

 熱々のご飯に挟まれ、しっとりとその身を隠していた鰻。

 見ろ!

 これこそが、上なのだ!!

 並とは違うのだよ、並とは!!!

 まだまだ鰻がたっぷりあるという多幸感。


 ここらで気分を変えて、山椒を振るのもいいだろう。

 ワサビを載せても美味いだろう。

 なあに、鰻はまだまだあるんだ。


 フハハハハハ。

 内心の高笑いが止まらない。


 これだからこそ、鰻丼は上に限る。


 しかし素晴らしい時はやがて去り行く。

 だが抜かりはない。

 いつも通りにやや米を多めに食べ進むことで、最後の一口は鰻だけになる。


 ああ、愛しい人よ。

 思えば短い逢瀬だった。

 またしばらくは君に逢えない。

 だが、君のことは忘れない。


 最後の鰻をじっくり味わう。



 鰻への集中が途切れて、賑やかな声が気になって店内を見ると外国人の一団がいる。

 そうかそうか。

 ここで彼らも鰻を食べるんだな。

 どうだい?

 鰻のゼリー寄せなる食べ物と、どっちが美味いんだい?

 いつかは外国人、特にイギリス人に聞いてみたいものである。

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