59、終幕
「そうか、大聖女フローレンスはそちらの選択をしたか……」
数週間後、四人が訪れていたのは帝都であった。そして今はノクスフェルド帝国の皇帝陛下であるジルヴェスター・フォン・ノクスフェルドが目の前にいる。
四人は辺境伯領で腕輪を返却した時、辺境伯から「皇帝より四人宛に依頼が来ている」と告げられた。ミナとレアは顔を見合わせていたが、ベルドとウルはむしろ予想通りの展開だったのか、どこか確信している雰囲気を醸し出していた。
帝都へと訪れた一行は、翌日案内人に連れられ……皇族以外は許可が降りた者たちのみが入ることのできる、離宮の小部屋を訪れる。
そしてこの度の件に関して、ベルドが説明したのだった。
ジルヴェスターは彼の話に口を挟むことなく、静かに聞く。そして彼が話し終え、開口一番に告げた言葉がそれだった。彼は顔を上げて、ミナとレアを見つめる。そして彼はいきなり二人に向けて頭を下げた。
「まずは、辺境伯領に巣食う『瘴気溜まり』の浄化に尽力してくれたこと……心より感謝する。貴殿たちの力なくば、多くの民が命を落としていただろう」
帝国の頂点に立つ男が、椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。レアは彼の行動を見て、明らかに動揺し始めている。一方でミナは、それを冷静に受け止めた。
「……もったいないお言葉です。どうか、お顔をお上げください。私たちは成すべき務めを果たしたに過ぎませんから」
「……ありがとう。聖女たちよ」
ミナとレアだけにかろうじて聞こえるような小声で、ジルヴェスターは改めて感謝を述べた。二人はその言葉を聞いて、優しく微笑む。
「こちらこそ、民籍についてご尽力いただき、ありがとうございました」
「あ……ありがとうございます!」
ミナとレアはジルヴェスターに感謝を述べる。ジルヴェスターは二人の民籍書類を辺境伯の遣いであるローレンツから受け取った後、皇帝陛下直々に民籍書類にある魔法契約を施したそう。
それはこのような契約だった。
――本人の意に反して、この民籍を排することを何人たりからも行わせない。
ただし、本人たちが帝国籍を抜けたい、と考えればいつでも抜けることができるという契約。簡易契約なので、掛けた本人……ジルヴェスターがいつでも解除できるのだそう。
二人の民籍書類を取り出したジルヴェスターは、それに手をかざす。すると二枚の書類が淡い光に包まれた後、霧散していく。どうやら解除してくれたようだ。
「念の為掛けておいたが……それを使わずとも、言葉だけで自滅してくれたのは助かったな。大司教クラスであれば、解除することもできるからな。相手がそこに思い至らないようで助かった」
ジルヴェスターは民籍書類を宰相に手渡す。そして宰相から二人へ書類が渡った。どうやら、確認をお願いしたいらしい。契約が解除されていることを確認した二人は、宰相へと書類を返却する。
二人が書類を確認し終えると、ジルヴェスターは腕を組んで話し始めた。
「総本山にはエルミナ嬢に関しては、帝国で受け入れると連絡を入れさせてもらった。そして、ベルナルドから聞いたが……アストレア嬢に関してはグランテの聖女だったと聞く。我が帝国民としてアストレア嬢も受け入れよう」
総本山は大聖女の選任に関しては口を出すが、聖女の承認に関しては各国に任せている。だから皇帝はレアについて何も言わなかったのだろう。
しかし、ミナと行動している時点でなんとなく彼女の立ち位置を察したのだ。
「我が国の領土は広大なため、聖女たちだけでなく魔道具も利用し、なんとか保たせているところがある……そのため、今回の辺境伯領のように知らず知らずのうちに瘴気溜まりができてしまう……もし可能であれば、その力を我々に貸してもらえないだろうか」
「皇帝陛下、それは――」
ベルドが反論しようと立ち上がる。一方、ミナとレアも口を一文字に結んでいた。
力を貸す、ということは二人が教会に詰めてくれ、という話なのだろうと思ったからだ。ベルドもそこを懸念して、声を上げたのだろう。公爵家の三男で皇帝直属とはいえ、彼の意見を否定してベルドは大丈夫なのか……とミナたちが心配していると、ジルヴェスターは気を悪くすることなく話を続けた。
「待て待て、最後まで話を聞けベルナルド。我々は別に教会に詰めてもらおう、とは考えていないのだ。だから殺気を向けるな」
ふっとジルヴェスターが口角を上げると、ベルドは先ほどまでの張り詰めた空気を緩める。
「俺が望むのは、ベルナルドとウルバーノ、お前たち二人に同行し、帝国各地を巡って浄化に力を貸してほしいということだ。……時には我の依頼が入るとは思うが、基本は旅をしながら好きなように動いてくれて構わぬ」
「え、いいの?!」
レアが目を丸くして思わず叫ぶと口を覆った。流石に無意識に口に出てしまったとはいえ、皇帝に対する言葉遣いではないと分かっているからだ。慌てて彼女は謝罪すると、ジルヴェスターは笑い声を上げる。
「問題ない。いいに決まっている」
そのやりとりを聞いてミナも声は出さなかったが、ジルヴェスターの言葉に唖然としている。ベルドとウルは、静かに胸を撫で下ろしていた。自分たちに関わったせいで、二人が雁字搦めになってしまうことを恐れていたからだ。
「我が国は領土に対して聖女が少ないこともあり、全てに手が回らない状況だ。それもあって帝都にいる聖女を派遣することが難しくてな。気づいた時には発覚が遅れて、後手に回ってしまうことが多い。だから身軽に駆けつけることのできる聖女はこちらとしてもありがたいと思っている。……ああ、もちろん礼は弾ませてもらう。帝国の『特別嘱託』として、活動費や滞在先の便宜も図らせよう。双方にとって悪い話ではないと思うのだが……どうだ?」
ミナとレアは顔を見合わせて頷いてから、後ろを向いた。
ミナはベルドへ、レアはウルへと視線を送る。そんな二人の視線を受けてベルドは微笑み、ウルは少し口角を上げた。そんな二人の表情を見たミナとレアは、ジルヴェスターへと体を向けた。
「「はい、よろしくお願いします」」
その清々しい返事と共に、彼女たちは「聖女」としてだけでなく、「一人の女性」としてこの国で新しい物語が動き出していく――
第59話の完結までお付き合いいただき、誠にありがとうございました!
ちょうど別作品の書籍発売という大きな節目と重なる時期に、この物語も最高の形で終えることができ、感無量です。
執筆中、皆様からいただいた温かい応援が、私の何よりの原動力でした。
ミナを、そしてレアを愛してくださって本当にありがとうございました。
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